分類5脳の物理的な障害・圧迫10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

慢性外傷性脳症(CTE)とは?

繰り返す頭部への衝撃が引き起こす脳変性

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

横山剛さん(仮名・52歳)は、かつてプロボクシングのスーパーフェザー級で活躍した元日本ランカーです。中学卒業後にジムへ入門し、17年間の現役生活で国内外の試合を通算120戦以上こなしました。引退後は地元の埼玉県でジムのコーチを務め、妻の由美子さん(48歳)と高校生の息子と3人で暮らしていました。趣味はプロ野球観戦と釣りで、地域の青少年育成活動にも熱心に取り組んでいました。 45歳を過ぎた頃から、由美子さんは夫の様子が変わってきたことに気づきはじめました。些細なことで激しく怒る。生徒の言葉を誤解して怒鳴りつける。「なんであんなことで怒るんだろう」と思いながらも、「年のせいかな」と見過ごしていました。49歳頃には抑うつ状態が顕著になり、「もう消えてしまいたい」という言葉を漏らすこともありました。記憶の問題も出てきて、練習メニューを忘れたり、言葉がつかえたりするようになりました。 転機は、精神科で「うつ病」の治療を受けていた51歳のとき、担当医が詳しい既往歴を聴取したことでした。コーチが長年の格闘技歴を持つと知った医師が「慢性外傷性脳症(CTE)の可能性がある」として、神経内科および大学病院のCTE専門外来への紹介状を書きました。頭部MRI検査では前頭葉・側頭葉の軽度萎縮と中隔透明腔の拡大が認められました。神経心理検査(MMSE 22点、COGNISTAT)では実行機能と注意機能の低下が確認されました。 専門医から「現時点では生前にCTEを確定診断できない」と丁寧な説明がありました。「ただ、17年間の格闘技歴・症状パターン・MRI所見・神経心理検査の結果を総合すると、CTE の可能性が高いと臨床的に判断されます」とのことでした。タウPET検査(研究段階)では前頭葉・辺縁系に異常タウの蓄積を示唆する所見が得られました。同時期に抑うつ・易怒性に対してSSRI(エスシタロプラム10mg/日)が開始され、認知行動療法も並行して行われました。 薬物療法を開始してから3ヶ月ほどで、気分の波が以前よりも穏やかになってきました。由美子さんは「あの怒鳴り声がずいぶん減った」と感じています。ただ、記憶や言語の問題は完全には改善せず、生徒への指導が以前のように手際よくできなくなってきました。「夫がリングで積み重ねてきた傷が、少しずつ出てきているのかもしれない」と由美子さんは複雑な思いを抱えています。 現在、横山さんはジムでのコーチ業を縮小し、週2日に絞っています。神経内科の外来には3ヶ月ごとに通院し、認知機能・精神症状のモニタリングを続けています。自殺念慮についても精神科医と連携してフォローしており、危機介入計画を家族と共有しています。由美子さんは「確定診断ができないことが、一番つらい」と言いながらも、「夫の苦しさに寄り添いたい」と毎回の外来に同行しています。 横山さんは最近、「若い選手たちに同じ思いをさせたくない」とジムのコーチ仲間にコンカッションプロトコルの重要性を話すようになりました。彼の経験は、競技スポーツにおける脳の安全を守るための、小さくも大切なメッセージになっています。

基礎知識の解説

慢性外傷性脳症(CTE)とは

慢性外傷性脳症(CTE: Chronic Traumatic Encephalopathy)は、繰り返す頭部への衝撃(コンタクトスポーツ・格闘技・軍事訓練など)によって引き起こされる進行性の神経変性疾患です。異常リン酸化タウタンパクが脳内(前頭葉・側頭葉・辺縁系・脳幹の血管周囲)に特徴的なパターンで蓄積し、行動変容・易怒性・抑うつ・自殺リスク増加・認知機能低下をもたらします。現時点では死後の脳組織病理検査(剖検)でのみ確定診断が可能であり、生前診断の確立が世界的な研究課題です。好発対象はプロボクサー・アメリカンフットボール選手・ラグビー選手・格闘技選手などで、発症は競技引退後10〜20年後のことが多いとされています。

主な症状

  • 1行動・感情の変化(易怒性・攻撃性・衝動制御困難)
  • 2抑うつ・絶望感(高い自殺リスクを伴う)
  • 3不安・パラノイア・躁状態
  • 4認知機能低下(記憶・注意・実行機能)
  • 5言語障害(言葉が出にくい・構音障害)
  • 6短期記憶の障害(出来事を繰り返し忘れる)
  • 7パーキンソン様運動症状(後期:動作緩慢・筋強剛)
  • 8進行性認知症(重症例)
  • 9頭痛・光過敏・睡眠障害(初期症状として出現)
  • 10症状出現は競技引退から数年〜数十年後が多い

原因・メカニズム

CTE の病態の核心は、異常リン酸化タウタンパク(p-tau)の脳内への沈着です。頭部への繰り返す衝撃——特にサブコンカッション(自覚症状を伴わない軽微な衝撃の蓄積)が長期間続くことで、神経細胞内のタウタンパクが異常リン酸化を受け凝集します。CTE に特徴的なのは「血管周囲タウ病理」で、大脳皮質の深い溝(脳溝底部)の血管周囲に神経原線維変化(NFT)と神経突起糸状体が沈着するパターンを示します。これはアルツハイマー病のタウ分布(海馬優位)とは明確に異なります。

同時に、繰り返す衝撃による軸索損傷(びまん性軸索損傷)、血液脳関門の破綻、慢性神経炎症(ミクログリアの持続活性化、IL-1β・TNF-αなどの炎症性サイトカインの上昇)が複合的に関与し、神経変性を加速させます。前頭葉・側頭葉・辺縁系の神経回路が傷害されることで、行動制御・感情調節・記憶形成の障害として症状が現れます。

診断

現時点でCTEの確定診断は死後の脳剖検(病理検査)に限られます(McKee らの提唱するNCCTS診断基準 2016 年版)。生前診断は臨床的推定にとどまります。

臨床評価では、①コンタクトスポーツ・格闘技・軍事訓練などの頭部衝撃歴の詳細な聴取、②神経心理検査(MMSE・MoCA・実行機能検査・COGNISTAT)による認知プロファイルの把握、③精神科的評価(抑うつ・自殺リスク・衝動性の評価)を行います。頭部MRIでは高度進行例に前頭葉・側頭葉萎縮・中隔透明腔の拡大が見られますが、初期には明確な所見がないことが多いです。タウPET検査(18F-flortaucipir 等)は研究段階であり、CTE 特異的所見の確立が進んでいます。アルツハイマー病・FTLD・うつ病・PTSD との鑑別が重要です。

治療・ケア

根治療法は現時点では存在しません。症状に応じた対症療法が中心となります。

抑うつ・不安には SSRI(エスシタロプラム・セルトラリンなど)や気分安定薬(バルプロ酸)が用いられます。易怒性・攻撃性には少量の非定型抗精神病薬が補助的に使われる場合があります。認知機能障害に対するエビデンスに基づいた特異的薬物療法はなく、アルツハイマー病治療薬(コリンエステラーゼ阻害薬)の効果は確立されていません。

非薬物療法として、認知行動療法(CBT)による感情調節スキルの訓練、社会的支援(家族心理教育・ピアサポート)、自殺リスクの継続的モニタリングと危機介入計画の策定が重要です。パーキンソン様症状には理学療法・作業療法を行います。

予後・経過

CTE は一般的に緩徐進行性であり、症状の重さ・進行速度は競技歴の長さ・受傷回数・遺伝的素因(APOE ε4 など)によって個人差が大きいです。最大の死亡原因のひとつが自殺であり、精神科的管理が生命予後に直結します。認知症が進行すると日常生活全般の介護が必要になります。現段階で病勢を止める疾患修飾療法はなく、症状管理と Quality of Life の維持が治療目標です。コンタクトスポーツのコンカッションプロトコル整備・ヘッドギア着用義務化が最善の予防策とされています。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]McKee AC, Cairns NJ, Dickson DW, et al.The first NINDS/NIBIB consensus meeting to define neuropathological criteria for the diagnosis of chronic traumatic encephalopathyActa Neuropathol (2016)
  2. [2]Mez J, Daneshvar DH, Kiernan PT, et al.Clinicopathological evaluation of chronic traumatic encephalopathy in players of American footballJAMA (2017)
  3. [3]Montenigro PH, Corp DT, Stein TD, et al.Chronic traumatic encephalopathy: historical origins and current perspectiveAnnu Rev Clin Psychol (2015)

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