分類7自己免疫・炎症性疾患10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

自己免疫性脳炎(抗NMDA受容体脳炎など)とは?

自己抗体が脳を攻撃する治療可能な脳炎

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体験談・具体的な事例

大島彩さん(仮名・24歳)は大学4年生でした。就職活動が終わった10月、内定先から採用通知が届いた翌週のことでした。「やっと終わった」と安堵していた矢先に、不思議な出来事が始まりました。 最初は友人も気づかないほど小さな変化でした。彩さんが急に無口になり、食欲がなくなりました。しかし1週間も経つと、夜中に起き上がって部屋を歩き回り、口や手を繰り返し動かす(口唇・手の常動行動)ようになりました。昼間は眠そうにしており、名前を呼ばれても反応が鈍い。「幻覚を見ているように見える」と同居の母が言いました。 最初に受診した精神科では「急性の精神疾患の可能性」として抗精神病薬が投与されましたが、症状は改善するどころか悪化しました。口を止めどなくもぐもぐと動かし、手が勝手に動く常動行動がさらに顕著になりました。「こんなに急速に悪化し、常動行動が目立つ精神疾患は珍しい」と精神科医が判断し、神経内科に紹介されました。 神経内科での精査では、MRIは正常範囲でした。しかし脳波(EEG)に異常が確認されました。「デルタ刷子波(extreme delta brush)——高振幅の徐波に速波が重なるパターンで、抗NMDA受容体脳炎に特異的です」と担当医は説明しました。脳脊髄液検査ではWBC 32/μL(リンパ球優位)と細胞数増多を認め、最も重要な抗NMDA受容体IgG抗体(NR1サブユニット)が陽性と確認されました。 骨盤MRIでは右卵巣に直径4cmの嚢胞性腫瘤が見つかりました。卵巣奇形腫でした。腫瘍内部に神経組織が含まれており、NMDA受容体が発現していることが、自己免疫反応のトリガーとなったと考えられました(傍腫瘍性機序)。 ICUに移されてから、彩さんの状態は一時的にさらに悪化しました。自律神経が不安定になり、頻脈と血圧の急変動が繰り返されました。呼吸も不安定になり、気管挿管による呼吸管理が1週間続きました。治療はステロイドパルス(メチルプレドニゾロン1g×3日)と免疫グロブリン大量静注(IVIG 0.4g/kg×5日)を並行して行いました。挿管抜管から2日後、彩さんは母の名前を呼びました。 1ヶ月後、腹腔鏡下で卵巣奇形腫が切除されました。腫瘍が除去されると免疫反応の源が絶たれ、彩さんの症状は着実に改善し始めました。3ヶ月後には大学に復学し、認知機能は神経心理検査上もほぼ正常に回復しました。「あのとき精神科だけで診ていたら、今の私はなかったかもしれない」と彩さんは言います。卒業後は予定通り会社に入社しました。

基礎知識の解説

自己免疫性脳炎(抗NMDA受容体脳炎など)とは

自己免疫性脳炎は、脳の神経細胞受容体や膜タンパクに対する自己抗体が産生され、脳を攻撃することで急性〜亜急性の精神症状・認知障害・けいれん・意識障害を引き起こす疾患群です。抗NMDA受容体脳炎が最も多く、若い女性に好発し、卵巣奇形腫などの悪性腫瘍との関連があります。MRIが正常でも発症し、精神科疾患と誤診されやすい点が特徴です。免疫療法と腫瘍切除により回復が期待できる「治る脳炎」の代表例であり、早期診断・早期治療が予後を大きく左右します。

主な症状

  • 1急性〜亜急性の精神症状(幻覚・妄想・行動異常・興奮)
  • 2認知機能低下・記憶障害(特に短期記憶の著明な低下)
  • 3けいれん発作(難治性てんかんとして出現することがある)
  • 4口・手の常動行動(繰り返す無目的な動き、抗精神病薬で増悪)
  • 5意識障害・過眠・昏睡(重症例)
  • 6自律神経障害(頻脈・血圧変動・体温異常・流涎過多)
  • 7言語障害(言葉の減少・反響言語・無言症)
  • 8挿管が必要になる重篤な呼吸障害(重症例)
  • 9不穏・攻撃性・カタトニア(緊張病状態)
  • 10睡眠障害(過眠・不眠の交互出現・概日リズムの乱れ)

原因・メカニズム

抗NMDA受容体脳炎では、NMDA型グルタミン酸受容体のNR1サブユニットに対するIgG抗体が産生されます。この抗体が海馬・大脳皮質のNMDA受容体に結合し、受容体の架橋内在化(receptor internalization)を引き起こして受容体密度を低下させます。NMDA受容体機能の低下はグルタミン酸シナプス伝達の障害を生み、神経回路の過剰興奮(精神症状・てんかん)と抑制(認知機能低下・意識障害)の両方の症状が混在する原因となります。腫瘍関連例(傍腫瘍性脳炎)では、卵巣奇形腫内に含まれる神経組織がNMDA受容体を発現し、腫瘍抗原に対する免疫反応が脳のNMDA受容体に対する自己免疫反応を引き起こすと考えられています(分子模倣機序)。抗体のサブタイプ(IgG1/IgG3が主体)や補体活性化の有無が症状の重篤度に影響します。

診断

Graus(2016)の自己免疫性脳炎診断基準では、①急性〜亜急性(3ヶ月以内)の発症、②精神症状・認知障害・けいれんのいずれかを含む神経症状、③脳脊髄液または血清の自己抗体陽性、④他疾患の除外が必要です。抗NMDA受容体抗体はcell-based assay(CBA)が最も感度・特異度が高く、脳脊髄液での検出が血清より信頼性が高いとされます。脳脊髄液では細胞数増多(WBC 5〜100/μL、リンパ球優位)を認めることが多いです。EEGの「extreme delta brush」パターンは抗NMDA受容体脳炎に特異性が高く、25%前後の患者に出現します。MRIはしばしば正常ですが、FLAIR/T2で辺縁系(海馬・扁桃体)の高信号を認めることがあります。若い女性では骨盤MRI・腹部超音波による卵巣奇形腫の検索が必須です。

治療・ケア

第1選択免疫療法:ステロイドパルス(メチルプレドニゾロン1g×3〜5日)、免疫グロブリン大量静注(IVIG 0.4g/kg×5日)、血漿交換(PE)のいずれか、または組み合わせで行います。腫瘍切除が治療の中心であり、卵巣奇形腫の腹腔鏡切除により自己抗体産生源を絶つことが根本治療となります。第2選択免疫療法(難治例・再発例):リツキシマブ375mg/m²×4回(週1回)またはシクロホスファミド500〜1000mg/m²を投与します。てんかん管理はレベチラセタム(500〜1500mg/日)が選択されますが、フェニトインは奏効しない場合が多いです。精神症状に対してはロラゼパム・クロナゼパムが使われ、抗精神病薬は常動行動を増悪させる可能性があるため慎重に使用します。重症例では気道確保・自律神経管理のためICU管理が必要です。

予後・経過

早期に免疫療法と腫瘍切除を行うことで、約80%の患者が完全回復または軽度後遺症にとどまります。治療開始が遅れると回復に時間がかかり、認知機能・記憶の後遺症が残りやすいです。再発率は約20〜25%であり、再発時は第2選択免疫療法が有効なことが多いです。診断から治療開始までの期間が短いほど(4週間以内)予後が良好であることが示されています(Titulaer 2013)。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Dalmau J, et al.Anti-NMDA-receptor encephalitis: case series and analysis of the effects of antibodiesLancet Neurol. 2008;7(12):1091-1098 (2008)
  2. [2]Graus F, et al.A clinical approach to diagnosis of autoimmune encephalitisLancet Neurol. 2016;15(4):391-404 (2016)
  3. [3]Titulaer MJ, et al.Treatment and prognostic factors for long-term outcome in patients with anti-NMDA receptor encephalitisLancet Neurol. 2013;12(2):157-165 (2013)
  4. [4]日本神経学会自己免疫性脳炎診療ガイドライン2017医学書院, 2017 (2017)

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