自己免疫性脳炎(抗NMDA受容体脳炎など)とは?
自己抗体が脳を攻撃する治療可能な脳炎
医療監修
Yuya Kobayashi, MD, PhD
認知症専門外来・在宅診療医
自己免疫性脳炎(抗NMDA受容体脳炎など)について、「受診すべきか迷っている」「診断結果を聞いたが理解できない」という段階でも、2分の無料チェックで次に確認すべきことが分かります。
自己免疫性脳炎(抗NMDA受容体脳炎など)の重要ポイント
急速に悪化する若者の精神症状——精神科疾患と思わず抗NMDA受容体脳炎を必ず鑑別する
MRI正常でも自己免疫性脳炎は起きる——CSFの自己抗体検査(cell-based assay)が確定診断の要
EEGのextreme delta brush(デルタ刷子波)は抗NMDA受容体脳炎に特徴的なパターン
若い女性では骨盤MRIで卵巣奇形腫を必ず検索——腫瘍切除が根本治療となる
早期免疫療法(ステロイドパルス+IVIG)で完全回復が期待できる「治る脳炎」
抗精神病薬は常動行動を増悪させることがある——精神症状管理には注意が必要
再発率約12%(発症後2年以内)のため、長期フォローとリツキシマブ等の第2選択療法の準備が重要
体験談・具体的な事例
基礎知識の解説
精神科疾患と誤診されやすい脳炎
自己免疫性脳炎は、脳の神経細胞受容体や膜タンパクに対する自己抗体が産生され、脳を攻撃することで急性〜亜急性の精神症状・認知障害・けいれん・意識障害を引き起こす疾患群です。抗NMDA受容体脳炎が最も多く、若い女性に好発し、卵巣奇形腫などの悪性腫瘍との関連があります。MRIが正常でも発症し、精神科疾患と誤診されやすい点が特徴です。免疫療法と腫瘍切除により回復が期待できる「治る脳炎」の代表例であり、早期診断・早期治療が予後を大きく左右します。
主な症状
- 1急性〜亜急性の精神症状(幻覚・妄想・行動異常・興奮)
- 2認知機能低下・記憶障害(特に短期記憶の著明な低下)
- 3けいれん発作(難治性てんかんとして出現することがある)
- 4口・手の常動行動(繰り返す無目的な動き、抗精神病薬で増悪)
- 5意識障害・過眠・昏睡(重症例)
- 6自律神経障害(頻脈・血圧変動・体温異常・流涎過多)
- 7言語障害(言葉の減少・反響言語・無言症)
- 8挿管が必要になる重篤な呼吸障害(重症例)
- 9不穏・攻撃性・カタトニア(緊張病状態)
- 10睡眠障害(過眠・不眠の交互出現・概日リズムの乱れ)
原因・メカニズム
原因・メカニズム
抗NMDA受容体脳炎では、NMDA型グルタミン酸受容体のNR1サブユニットに対するIgG抗体が産生されます。この抗体が海馬・大脳皮質のNMDA受容体に結合し、受容体の架橋内在化(receptor internalization)を引き起こして受容体密度を低下させます。NMDA受容体機能の低下はグルタミン酸シナプス伝達の障害を生み、神経回路の過剰興奮(精神症状・てんかん)と抑制(認知機能低下・意識障害)の両方の症状が混在する原因となります。腫瘍関連例(傍腫瘍性脳炎)では、卵巣奇形腫内に含まれる神経組織がNMDA受容体を発現し、腫瘍抗原に対する免疫反応が脳のNMDA受容体に対する自己免疫反応を引き起こすと考えられています(分子模倣機序)。抗体のサブタイプ(IgG1/IgG3が主体)や補体活性化の有無が症状の重篤度に影響します。
診断
診断
Graus(2016)の自己免疫性脳炎診断基準では、①急性〜亜急性(3ヶ月以内)の発症、②精神症状・認知障害・けいれんのいずれかを含む神経症状、③脳脊髄液または血清の自己抗体陽性、④他疾患の除外が必要です。抗NMDA受容体抗体はcell-based assay(CBA)が最も感度・特異度が高く、脳脊髄液での検出が血清より信頼性が高いとされます。脳脊髄液では細胞数増多(WBC 5〜100/μL、リンパ球優位)を認めることが多いです。EEGの「extreme delta brush」パターンは抗NMDA受容体脳炎に特異性が高く、25%前後の患者に出現します。MRIはしばしば正常ですが、FLAIR/T2で辺縁系(海馬・扁桃体)の高信号を認めることがあります。若い女性では骨盤MRI・腹部超音波による卵巣奇形腫の検索が必須です。
治療・ケア
治療・ケア
第1選択免疫療法:ステロイドパルス(メチルプレドニゾロン1g×3〜5日)、免疫グロブリン大量静注(IVIG 0.4g/kg×5日)、血漿交換(PE)のいずれか、または組み合わせで行います。腫瘍切除が治療の中心であり、卵巣奇形腫の腹腔鏡切除により自己抗体産生源を絶つことが根本治療となります。第2選択免疫療法(難治例・再発例):リツキシマブ375mg/m²×4回(週1回)またはシクロホスファミド500〜1000mg/m²を投与します。てんかん管理では、近年の報告でNaチャネル遮断薬(フェニトイン・カルバマゼピン等)の方がレベチラセタムより発作抑制に有効との知見が示されていますが(主にLGI1抗体脳炎のコホート研究に基づく報告)、自己免疫性脳炎全般で特定の薬剤クラスが優れるとの確立したエビデンスはありません。精神症状に対してはロラゼパム・クロナゼパムが使われ、抗精神病薬は常動行動を増悪させる可能性があるため慎重に使用します。重症例では気道確保・自律神経管理のためICU管理が必要です。
予後・経過
予後・経過
早期に免疫療法と腫瘍切除を行うことで、約80%の患者が完全回復または軽度後遺症にとどまります。治療開始が遅れると回復に時間がかかり、認知機能・記憶の後遺症が残りやすいです。再発率は約12%(発症後2年以内)であり、再発時は第2選択免疫療法が有効なことが多いです。診断から治療開始までの期間が短いほど(4週間以内)予後が良好であることが示されています(Titulaer 2013)。
似た症状の疾患との違い
似た症状の疾患との違い
| 疾患名 | 見分け方のポイント |
|---|---|
| 単純ヘルペス脳炎 | ヘルペス脳炎は発熱・頭痛を伴う急性の経過が典型的で、MRIでは側頭葉内側に非対称性の高信号病変を認め、髄液HSV-PCR陽性で確定する。自己免疫性脳炎は発熱を伴わないことが多く、MRIが正常のことも多い点で区別されるが、ヘルペス脳炎後に二次的に自己免疫性脳炎(抗NMDA受容体脳炎)を発症する症例もあり、抗ウイルス薬治療後の症状再燃では両者を念頭に置く。 |
| クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD) | CJDも急速進行性の認知機能低下・精神症状を呈しうるが、ミオクローヌスとMRI拡散強調像でのコルティカルリボンサイン・基底核高信号、髄液RT-QuIC陽性が特徴的であり、免疫療法への反応性がない致死的経過をたどる。自己免疫性脳炎は早期の免疫療法・腫瘍切除で高率に回復しうる点で予後が大きく異なる。 |
| 統合失調症などの原発性精神疾患 | 統合失調症の初発は数週間〜数ヶ月かけて緩徐に進行し、常同行動・自律神経障害・けいれんを伴うことは通常ない。自己免疫性脳炎は数日〜数週の急性〜亜急性の経過で悪化し、抗精神病薬に反応しないばかりか症状を増悪させることが多く、この治療反応性の違いが鑑別の重要な手がかりとなる。 |