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基礎知識の解説
橋本脳症とは
橋本脳症(SREAT:Steroid-Responsive Encephalopathy Associated with Autoimmune Thyroiditis)は、橋本甲状腺炎(自己免疫性甲状腺炎)に関連した希少な自己免疫性脳症です。甲状腺機能が正常であっても発症し、認知機能障害・けいれん・ミオクローヌス・意識障害・精神症状が急性〜亜急性に出現します。抗TPO抗体・抗サイログロブリン抗体の著明な高値が診断の手がかりであり、ステロイドへの劇的な反応性が本疾患の最大の特徴です。「治療可能な認知症」「治る脳症」の一つとして早期発見が重要です。
主な症状
- 1ミオクローヌス(顔面・上肢の速いぴくつき:不随意運動)
- 2けいれん発作(焦点性または全般性)
- 3認知機能低下(記憶・注意・見当識)
- 4意識障害(発作性〜進行性)
- 5精神症状(幻覚・妄想・急激な行動変容)
- 6小脳失調(ふらつき・構音障害)
- 7局所神経症状(一過性麻痺・失語)
- 8睡眠障害(過眠・睡眠周期の乱れ)
- 9頭痛・めまい
- 10甲状腺機能は正常〜低下の範囲(脳症と機能低下は別のメカニズム)
原因・メカニズム
原因・メカニズム
橋本脳症の病態は完全には解明されていませんが、自己免疫性の血管炎または直接的な抗体介在性神経障害が主要な機序と考えられています。Ochi 2002らが報告した抗α-エノラーゼ抗体(NAE抗体:NH2末端α-エノラーゼに対する抗体)は脳血管内皮細胞に結合し、自己免疫性血管炎を引き起こす可能性が指摘されています。また橋本脳症ではNMDA受容体・GABA-B受容体など他の自己免疫性脳炎抗体が共存するケースもあり、これらとの鑑別・合併を考慮する必要があります。抗TPO抗体・抗サイログロブリン抗体は甲状腺に対する自己抗体ですが、神経系への直接的障害作用については議論が続いています。甲状腺機能低下と脳症の程度は相関しないことが多く、甲状腺補充だけでは脳症は改善しません。
診断
診断
Brain 2012(Chong JY, et al.)が整理したSREAT診断基準に基づき、①亜急性〜急性の脳症(認知機能障害・てんかん・ミオクローヌスなど)、②抗TPO抗体および/または抗サイログロブリン抗体の著明な高値、③ステロイドへの反応性、④他の脳症原因の除外、という4条件を確認します。血清抗NAE抗体(NH2末端α-エノラーゼ抗体)の陽性が橋本脳症に特異的との報告があります。脳波では広汎性徐波(θ・δ波優位)と散在性棘波が典型的なパターンです。MRIはT2/FLAIR白質高信号を示すことがありますが、正常例も多くあります。除外すべき疾患には感染性脳炎(単純ヘルペス・結核性髄膜炎)・自己免疫性脳炎(抗NMDAR脳炎・抗LGI1脳炎)・Creutzfeldt-Jakob病・代謝性脳症(ウェルニッケ・肝性)などが含まれます。
治療・ケア
治療・ケア
第一選択はステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1g/日×3〜5日)で、多くの場合に速やかな改善が得られます。パルス後はプレドニゾロン経口(30〜60mg/日)に切り替え、12〜18ヶ月かけて5〜10mg/日まで緩徐に漸減します。再発例や難治例には免疫抑制薬(アザチオプリン50〜150mg/日、またはミコフェノール酸モフェチル1〜2g/日)の追加、あるいは免疫グロブリン大量静注療法(IVIG:400mg/kg/日×5日)が選択肢となります。甲状腺機能低下症(TSH高値)がある場合はレボチロキシンで適切に補充しますが、これは脳症そのものへの直接効果ではなく甲状腺機能の是正です。長期ステロイド使用に対してはビスホスホネート(骨粗鬆症予防)・PPI(胃粘膜保護)・血糖管理を並行して行います。
予後・経過
予後・経過
ステロイド治療への反応は全体的に良好で、多くの患者で症状が著明に改善します。ただしステロイド減量中・中止後に再発するケースが約30〜50%に見られるため、長期的な少量維持療法と抗体価モニタリングが必要です。早期に診断・治療された例ほど認知機能の完全回復率が高く、診断の遅れが転帰に影響します。「治療可能な認知症」として認識され、甲状腺疾患の既往を持つ脳症患者では積極的に検索されるべき疾患です。
橋本脳症の重要ポイント
「甲状腺機能が正常でも橋本甲状腺炎の患者に亜急性脳症が出現したらSREATを疑う」——甲状腺機能正常が除外理由にならない
抗TPO抗体・抗サイログロブリン抗体の著明高値(TPO>200 U/mL)と急性脳症の組み合わせが診断の核心
脳波(広汎性徐波・棘波)は必須検査——Creutzfeldt-Jakob病・抗NMDAR脳炎との鑑別に重要
ステロイドパルス(メチルプレドニゾロン1g×3日)で翌日に急改善することが診断的治療の証拠になる
再発率が高い(約30〜50%)——ステロイド減量は慎重に・抗TPO抗体価を3〜6ヶ月ごとにモニタリング
難治・再発例にはアザチオプリン・ミコフェノール酸モフェチル・IVIGを検討
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