分類7自己免疫・炎症性疾患10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

橋本脳症とは?

甲状腺の自己免疫疾患に伴う脳症

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体験談・具体的な事例

小野絹子さん(仮名・52歳)は35歳のときに橋本甲状腺炎(慢性甲状腺炎)と診断されていました。その後TSHが4.2→8.5→15 mIU/L(基準値0.4〜4.0 mIU/L)と年々上昇したため、45歳からレボチロキシン(チラーヂンS)50µgの補充を開始し、TSHを2〜3 mIU/L前後に安定させてきました。「甲状腺の問題はコントロールできている」と安心していました。 異変が起きたのはある春の午後の社内会議中のことです。「天井がぐるぐると回り始め」、右手が自分の意思と関係なくピクピクと素早く動き始めました(ミオクローヌス)。気づけば同僚が名前を呼んで揺さぶっており、「2〜3分間、意識が飛んでいた」と後から教えられました。救急搬送されましたが、脳CTには異常なく経過観察となりました。しかし翌朝も同じような発作が繰り返されたため、脳神経内科を受診しました。 血液検査では抗TPO抗体3,200 U/mL(正常16 U/mL未満)・抗サイログロブリン抗体420 U/mL(正常28 U/mL未満)と著明に高値でした。甲状腺機能自体はTSH 2.8 mIU/Lとレボチロキシンによりコントロールされていました。MRIのT2/FLAIR画像では両側白質に散在する小さな点状高信号病変が複数みられました。脳波検査では「高振幅の広汎性徐波と散在性の棘波」が確認され、てんかん性活動と判断されました。 担当医は「橋本脳症(SREAT:ステロイド反応性自己免疫性甲状腺炎関連脳症)が強く疑われます。甲状腺機能が正常でも起こる、甲状腺とは別の自己免疫性脳症です」と説明しました。メチルプレドニゾロン1g/日×3日のステロイドパルス療法が開始されると、翌日にはミオクローヌスが消失し、「天井が回る感覚もなくなった」と小野さんは驚きました。 その後プレドニゾロン40mg/日の経口投与に切り替え、2週ごとに5mgずつ漸減し、6ヶ月かけて5mg/日の維持量まで減量しました。途中2度ほど「少し頭がぼんやりする」感覚が出ましたが、発作の再燃はありませんでした。「ステロイドがこんなに速く効くとは思わなかった。あの発作が自分の免疫のせいだとは信じられなかった」と小野さんは安堵の表情で語ります。 現在は抗TPO抗体価を3ヶ月ごとにモニタリングしながら、低用量ステロイドで管理を継続しています。長期ステロイドによる骨密度低下予防のため、アレンドロネート(週1回35mg)とビタミンD補充も行っています。「早期に正しい診断がついてよかった」と小野さんは言います。

基礎知識の解説

橋本脳症とは

橋本脳症(SREAT:Steroid-Responsive Encephalopathy Associated with Autoimmune Thyroiditis)は、橋本甲状腺炎(自己免疫性甲状腺炎)に関連した希少な自己免疫性脳症です。甲状腺機能が正常であっても発症し、認知機能障害・けいれん・ミオクローヌス・意識障害・精神症状が急性〜亜急性に出現します。抗TPO抗体・抗サイログロブリン抗体の著明な高値が診断の手がかりであり、ステロイドへの劇的な反応性が本疾患の最大の特徴です。「治療可能な認知症」「治る脳症」の一つとして早期発見が重要です。

主な症状

  • 1ミオクローヌス(顔面・上肢の速いぴくつき:不随意運動)
  • 2けいれん発作(焦点性または全般性)
  • 3認知機能低下(記憶・注意・見当識)
  • 4意識障害(発作性〜進行性)
  • 5精神症状(幻覚・妄想・急激な行動変容)
  • 6小脳失調(ふらつき・構音障害)
  • 7局所神経症状(一過性麻痺・失語)
  • 8睡眠障害(過眠・睡眠周期の乱れ)
  • 9頭痛・めまい
  • 10甲状腺機能は正常〜低下の範囲(脳症と機能低下は別のメカニズム)

原因・メカニズム

橋本脳症の病態は完全には解明されていませんが、自己免疫性の血管炎または直接的な抗体介在性神経障害が主要な機序と考えられています。Ochi 2002らが報告した抗α-エノラーゼ抗体(NAE抗体:NH2末端α-エノラーゼに対する抗体)は脳血管内皮細胞に結合し、自己免疫性血管炎を引き起こす可能性が指摘されています。また橋本脳症ではNMDA受容体・GABA-B受容体など他の自己免疫性脳炎抗体が共存するケースもあり、これらとの鑑別・合併を考慮する必要があります。抗TPO抗体・抗サイログロブリン抗体は甲状腺に対する自己抗体ですが、神経系への直接的障害作用については議論が続いています。甲状腺機能低下と脳症の程度は相関しないことが多く、甲状腺補充だけでは脳症は改善しません。

診断

Brain 2012(Chong JY, et al.)が整理したSREAT診断基準に基づき、①亜急性〜急性の脳症(認知機能障害・てんかん・ミオクローヌスなど)、②抗TPO抗体および/または抗サイログロブリン抗体の著明な高値、③ステロイドへの反応性、④他の脳症原因の除外、という4条件を確認します。血清抗NAE抗体(NH2末端α-エノラーゼ抗体)の陽性が橋本脳症に特異的との報告があります。脳波では広汎性徐波(θ・δ波優位)と散在性棘波が典型的なパターンです。MRIはT2/FLAIR白質高信号を示すことがありますが、正常例も多くあります。除外すべき疾患には感染性脳炎(単純ヘルペス・結核性髄膜炎)・自己免疫性脳炎(抗NMDAR脳炎・抗LGI1脳炎)・Creutzfeldt-Jakob病・代謝性脳症(ウェルニッケ・肝性)などが含まれます。

治療・ケア

第一選択はステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1g/日×3〜5日)で、多くの場合に速やかな改善が得られます。パルス後はプレドニゾロン経口(30〜60mg/日)に切り替え、12〜18ヶ月かけて5〜10mg/日まで緩徐に漸減します。再発例や難治例には免疫抑制薬(アザチオプリン50〜150mg/日、またはミコフェノール酸モフェチル1〜2g/日)の追加、あるいは免疫グロブリン大量静注療法(IVIG:400mg/kg/日×5日)が選択肢となります。甲状腺機能低下症(TSH高値)がある場合はレボチロキシンで適切に補充しますが、これは脳症そのものへの直接効果ではなく甲状腺機能の是正です。長期ステロイド使用に対してはビスホスホネート(骨粗鬆症予防)・PPI(胃粘膜保護)・血糖管理を並行して行います。

予後・経過

ステロイド治療への反応は全体的に良好で、多くの患者で症状が著明に改善します。ただしステロイド減量中・中止後に再発するケースが約30〜50%に見られるため、長期的な少量維持療法と抗体価モニタリングが必要です。早期に診断・治療された例ほど認知機能の完全回復率が高く、診断の遅れが転帰に影響します。「治療可能な認知症」として認識され、甲状腺疾患の既往を持つ脳症患者では積極的に検索されるべき疾患です。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

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  3. [3]Ochi H, Horiuchi I, Araki N, et al.Proteomic analysis of human brain identifies alpha-enolase as a novel autoantigen in Hashimoto's encephalopathy.FEBS Lett. 2002;528(1-3):197-202. (2002)
  4. [4]日本神経学会(監修)自己免疫性脳炎診療ガイドライン2017.医学書院, 2017. (2017)
  5. [5]Graus F, Titulaer MJ, Balu R, et al.A clinical approach to diagnosis of autoimmune encephalitis.Lancet Neurol. 2016;15(4):391-404. (2016)

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