分類5脳の物理的な障害・圧迫10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

脳腫瘍(良性・悪性)とは?

腫瘍による脳への圧迫が引き起こす認知障害

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体験談・具体的な事例

吉岡誠さん(仮名・56歳)は、大阪の建設会社で現場監督として20年以上のキャリアを持つ職人気質の人でした。休日は妻の和子さん(53歳)と近所の山を歩くハイキングを楽しみ、週末は息子(26歳)と野球中継を観るのが家族の習慣でした。健康診断でも特に異常はなく、「60歳まで現場で働く」と話していました。 異変は49歳頃から始まりました。仕事の段取りが組めなくなり、見積書の数字を繰り返し間違える。現場で部下への指示が途中で止まり、「何を言おうとしていたかわからなくなった」と言うようになりました。和子さんは「若年性認知症かもしれない」とかかりつけ医に相談し、神経内科を受診しましたが、認知症検査では確定診断に至りませんでした。「仕事のストレスでは」と様子を見ていた半年後、仕事中に突然の意識消失と全身けいれん発作が起きました。 救急搬送先で撮影した頭部CTで、右前頭葉に約3.5cmの腫瘤性病変が発見されました。造影MRIでは腫瘍辺縁が不均一なリング状増強効果を示し、周囲の浮腫が顕著でした。神経放射線科医の読影では「グリオブラストーマ(膠芽腫、WHO grade IV)が最も疑われる」との所見でした。和子さんは「認知症と思っていたのに、まさか脳腫瘍だとは」と衝撃を受けました。前頭葉腫瘍が実行機能・言語の脳回路を圧迫していたことが、誠さんの症状の原因でした。 開頭腫瘍摘出術(最大安全切除)が行われ、術後の病理診断でグリオブラストーマ(MGMT プロモーターメチル化あり)が確定しました。術後は標準的なスタップ療法(Stupp レジメン:放射線照射 60Gy+テモゾロミド 75mg/m² 同時投与、続いてテモゾロミド 150〜200mg/m² 6サイクル維持療法)が開始されました。MGMT メチル化陽性のため、テモゾロミドへの反応が期待されました。 治療開始後3ヶ月間は、誠さんの実行機能・言語能力がある程度回復し、和子さんとの会話が以前に近い形でできるようになりました。現場監督の仕事には戻れませんでしたが、在宅で書類整理などができる時期もありました。家族は緩和ケアチームとも早期から連携し、誠さんの「つらいことを正直に話したい」という希望を尊重したコミュニケーションを続けました。 術後14ヶ月、定期MRIで再発が確認されました。二次治療としてベバシズマブ(アバスチン)の投与が検討されましたが、誠さんは副作用への不安と療養の質を優先し、緩和ケア中心の治療方針を選択しました。「最後まで自分らしくいたい」という誠さんの意思を、和子さんと息子は精一杯尊重しました。 誠さんは術後21ヶ月で自宅において永眠しました。和子さんは「あの発作がなければ、もっと遅くに見つかっていた。発見が早かったことで、一緒に過ごせる時間が少しでも伸びた」と語ります。「夫が最後まで自分の言葉で思いを伝えてくれたことが、今の私の支えです」と和子さんは涙とともに振り返ります。

基礎知識の解説

脳腫瘍(良性・悪性)とは

脳腫瘍(良性・悪性)は、腫瘍による脳組織の圧迫・浸潤・浮腫により認知機能障害・人格変化・神経症状(麻痺・失語・てんかん発作)を引き起こします。頭蓋内原発腫瘍は年間約10万人に10〜17人に発生し(CBTRUS統計 2021年)、転移性脳腫瘍はさらに多いとされます。腫瘍の種類(良性・悪性)・部位・大きさによって症状・予後が大きく異なります。良性腫瘍(髄膜腫・聴神経腫瘍など)は手術切除で回復が期待できますが、悪性腫瘍(グリオブラストーマなど)は予後が限られ、認知症様症状が前景に立つため診断が遅れることがあります。特に前頭葉腫瘍は実行機能障害・人格変化が先行し、若年性認知症・うつ病と誤診されやすいです。

主な症状

  • 1頭痛(朝方に強い・体位変換で増悪する頭蓋内圧亢進型)
  • 2てんかん発作(初発症状になることが多い)
  • 3認知機能低下(部位による:記憶・言語・実行機能)
  • 4人格変化・感情障害・脱抑制(前頭葉腫瘍)
  • 5運動麻痺・感覚障害(運動野・感覚野近傍の腫瘍)
  • 6失語・構音障害(言語野近傍の腫瘍)
  • 7視野障害・複視(後頭葉・視路・眼球運動野)
  • 8嘔吐・乳頭浮腫(頭蓋内圧亢進の後期症状)
  • 9歩行失調・協調運動障害(小脳・脳幹腫瘍)
  • 10意識障害・傾眠(重篤例・中線構造圧排)

原因・メカニズム

脳腫瘍は局所の神経細胞・グリア細胞を直接破壊または圧排し、神経回路の機能不全をもたらします。さらに腫瘍周囲の浮腫(血液脳関門の破綻による血管原性浮腫)が周辺の正常脳組織を障害し、症状の範囲が腫瘍自体よりも広くなることがあります。腫瘍が拡大すると頭蓋内圧が上昇し、脳ヘルニア(脳が頭蓋の開口部に嵌入)という生命に関わる状態になります。

てんかん発作は腫瘍周囲の皮質の過剰興奮(グルタミン酸系の亢進・GABA系の抑制低下)によって生じ、腫瘍の増大とともに発作頻度が増すことがあります。グリオブラストーマなどの悪性神経膠腫は正常脳実質に浸潤して増殖するため、浸潤した神経回路の機能が失われ、認知症に類似した広範な機能低下をもたらします。前頭葉・側頭葉の腫瘍は前頭前野回路(ワーキングメモリ・実行機能・感情調節)や辺縁系(記憶・感情処理)を障害します。

診断

頭部MRI(造影剤使用)が診断の中心です。T1強調造影像での腫瘍の部位・形態・増強パターン(均一増強・リング状増強)、T2/FLAIR での浮腫の範囲、拡散強調画像での細胞密度の推定により、良悪性・腫瘍の種類を推定します。グリオブラストーマは不均一なリング状増強効果と著明な周囲浮腫が特徴的です。

確定診断は手術または定位脳生検による病理組織診断が必須です(WHO 脳腫瘍分類 2021年版)。分子病理マーカー(MGMT プロモーターメチル化・IDH 変異・1p/19q 共欠失)が予後予測と治療選択に重要です。髄液細胞診は播種・転移の評価に用います。若年者の認知症様症状・前頭葉症状にはMRIによる除外診断が必須です。

治療・ケア

良性腫瘍(髄膜腫・聴神経腫瘍・下垂体腺腫等)は手術切除が根治的で、全摘できれば再発リスクは低くなります。手術不能例や残存腫瘍には定位放射線手術(ガンマナイフ・サイバーナイフ)が行われます。

悪性神経膠腫(グリオブラストーマ)には Stupp レジメン(放射線照射 60Gy+テモゾロミド 75mg/m² 同時投与+テモゾロミド 150〜200mg/m² 6サイクル維持療法)が標準です(Stupp R et al., N Engl J Med 2005)。MGMT メチル化陽性例でテモゾロミドの有効性が高まります。再発時にはベバシズマブ・ロムスチン・腫瘍治療電場療法(TTFields)が選択肢です。転移性脳腫瘍には原発巣治療+全脳照射または定位手術的照射(SRS)が行われます。すべての悪性脳腫瘍において、早期からの緩和ケアとの連携・QOL 維持が治療の重要な柱です。

予後・経過

良性腫瘍(髄膜腫・聴神経腫瘍等)は手術全摘で良好な予後が期待でき、10年生存率も高い疾患です。悪性神経膠腫は予後不良で、グリオブラストーマの生存中央値は標準治療下で15〜20ヶ月程度です(MGMT メチル化陽性例ではやや良好)。低悪性度神経膠腫(IDH 変異型)は5〜10年以上の経過をたどることがあります。転移性脳腫瘍の予後は原発巣の種類と全身病変の制御状況に大きく依存します。認知機能・QOL の維持を目標とした包括的な神経腫瘍ケアが重要です。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Stupp R, Mason WP, van den Bent MJ, et al.Radiotherapy plus concomitant and adjuvant temozolomide for glioblastomaN Engl J Med (2005)
  2. [2]Ostrom QT, Price M, Neff C, et al.CBTRUS Statistical Report: primary brain and other central nervous system tumors diagnosed in the United States in 2015-2019Neuro Oncol (2022)
  3. [3]Louis DN, Perry A, Wesseling P, et al.The 2021 WHO Classification of Tumors of the Central Nervous System: a summaryNeuro Oncol (2021)

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