分類5脳の物理的な障害・圧迫10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

慢性硬膜下血腫とは?

頭を打った後に血腫が形成される治療可能な疾患

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

「受診すべきか迷っている」「診断結果を聞いたが理解できない」という段階の疑問を、認知症を専門とする医師が丁寧に回答します。

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体験談・具体的な事例

杉山昇さん(仮名・80歳)は、長野県の山間部で農業を営む元気な高齢者でした。毎朝5時に起きて畑に出るのが日課で、地域の老人会では囲碁の先生として慕われていました。妻のふさ子さん(76歳)と二人暮らしで、週末には東京の娘・幸恵さん(52歳)が頻繁に顔を見せていました。 1ヶ月前、庭の石段で足を滑らせ、縁石に後頭部を軽くぶつけました。「たいしたことない」と昇さんは取り合わず、その日は湿布を貼って就寝しました。ふさ子さんも「大丈夫そうだから」と様子を見ていました。ところが3週間後、幸恵さんが帰省すると父親の様子に違和感を覚えました。囲碁の石を並べる右手がぎこちなく、話しかけると返事が遅い。「最近頭が重くてね」と昇さん自身もぼそりと漏らしていました。 「お父さん、これはおかしい」——幸恵さんが強く勧めて救急病院を受診しました。頭部CTを撮ると、硬膜(脳を覆う膜)と脳の間に三日月形の液体貯留が確認されました。担当医から「慢性硬膜下血腫です。1ヶ月前の転倒で架橋静脈が破綻し、硬膜下腔にゆっくりと血液が溜まって脳を圧迫しています。左側の前頭葉・頭頂葉が特に圧迫されています」と説明がありました。造影MRIでは血腫の液状化が確認され、穿頭洗浄術の適応と判断されました。 翌日、局所麻酔で頭蓋骨に直径約1cmの小さな穴を2か所開け、シリコンチューブを挿入して血腫を吸引・洗浄する「穿頭洗浄術」が行われました。手術時間は約40分。術後は排液用のドレーンを24時間留置しました。手術当日の夕方、ふさ子さんが病室を訪れると、昇さんが「よく眠れたよ」と普段の口調で話しかけてきました。 術後3日目には右手の動きが元に戻り、言葉のつかえも消えました。「1ヶ月前の頭が重い感じが嘘みたいにすっきりした」と昇さんは言います。術後2週間で退院し、外来通院へ移行しました。ただし血腫の再貯留(再発)が10〜20%に起こるため、退院後1か月・3か月にCTで経過を確認することになりました。 術後2か月のCTでは再貯留なく、ほぼ完全な回復が確認されました。昇さんは畑仕事に戻り、老人会の囲碁教室も再開しました。幸恵さんは「あのとき無理やり病院に連れて行って本当によかった」と振り返ります。「軽く打っただけでも、後から来ることがあると知らなかった」というのが正直な感想でした。 医師からは「抗血小板薬(バイアスピリン)を内服されているため転倒リスクが特に高い。室内での手すり設置・滑り止めマットの活用・夜間の照明改善など転倒予防を徹底してください」と指導を受けました。昇さん一家はその言葉を胸に刻み、「次は転ばない生活」を家族で話し合い始めました。

基礎知識の解説

慢性硬膜下血腫とは

慢性硬膜下血腫は、頭部への軽微な外傷(転倒・頭部打撲)後に硬膜と脳の間(硬膜下腔)にゆっくりと血液が貯留し、数週間〜数ヶ月後に脳を圧迫して認知症様症状・運動障害・頭痛などを引き起こす疾患です。70〜80歳代の高齢者に好発し、抗凝固薬・抗血小板薬の内服者でリスクが増加します。穿頭洗浄術(小さな穴から血腫を洗い流す30〜60分の手術)で多くの場合に症状が劇的に改善し、「治る認知症」の代表的疾患として認識されています。転倒歴が明確でなくても発症することがあり、軽微な頭部打撲後の認知機能変化には常に本疾患を念頭に置く必要があります。

主な症状

  • 1認知機能低下(記憶・集中力・判断力の緩徐な低下)
  • 2頭痛(持続性・体位変換・朝方に増悪することがある)
  • 3片側の手足の脱力・しびれ(血腫の対側に出現)
  • 4構音障害(ろれつが回りにくい)
  • 5歩行障害・ふらつき
  • 6意識レベルの低下(重篤例)
  • 7「なんとなくおかしい」という緩徐で気づきにくい変化
  • 8排尿障害・失禁(前頭葉圧迫による)
  • 9転倒・頭部打撲から1〜3ヶ月後に発症することが多い
  • 10高齢者では転倒記憶がないことも少なくない

症状の進行

血腫形成期(外傷後〜数週間)外傷後〜数週間
  • 受傷直後は症状なし(「軽く打っただけ」と見過ごされやすい)

  • 数週間後から頭痛・頭重感が出始める

  • ぼんやりする・反応が遅くなる

  • 高齢者は脳が萎縮し硬膜下腔が広いため血腫が拡大しやすい

脳圧迫期(外傷後1〜3ヶ月)外傷後1〜3ヶ月
  • 片側の手足の脱力・しびれが現れる

  • ろれつが回りにくくなる

  • 認知症様症状(記憶力低下・判断力低下)

  • 意識障害(重篤例)

治療後(回復期)穿頭術後
  • 穿頭術(小さな穴から血を抜く手術)で劇的に改善

  • 手術後数時間で言語・運動機能が回復することも

  • 再貯留(10〜20%)には再手術が必要

  • 原因となった抗凝固薬・転倒リスクへの対策が再発防止に重要

※ 進行速度・症状の現れ方は個人差が大きく、必ずしも順序通りに進むとは限りません。

原因・メカニズム

高齢者は加齢による脳萎縮で硬膜下腔が生理的に広がっており、硬膜と脳表をつなぐ架橋静脈が伸展した状態になっています。軽微な頭部衝撃でこの架橋静脈が破綻し、硬膜下腔に少量の出血が生じます(急性期)。出血周囲には数日以内に外膜(新生血管に富む血腫膜)が形成されます。この新生血管は易出血性で、さらに滲出液が血腫内に流入するとともに反復性の微小出血が加わることで血腫が徐々に拡大します(亜急性〜慢性期への移行)。

抗凝固薬(ワルファリン・DOAC)や抗血小板薬(アスピリン・クロピドグレル)の内服によって止血機構が障害されている場合、血腫はさらに拡大しやすくなります。最終的に血腫が大脳皮質を圧迫し、運動野・言語野・前頭葉機能を障害することで症状が現れます。

診断

頭部CT検査が第一選択であり、硬膜下腔の三日月形の低〜等吸収域として描出されます。ただし受傷後3〜4週間の亜急性期には血腫が等吸収域となり脳実質と区別が難しくなるため、MRI(T2*強調画像・FLAIR)が診断精度を高めます。受傷から検査まで時間が経過した慢性期では、CT上で低吸収の液状血腫として確認しやすくなります。

問診では「1〜3ヶ月前の転倒・頭部打撲歴」を積極的に聴取することが重要で、患者本人が受傷を記憶していない場合も多いため家族からの情報収集が欠かせません。血液検査(凝固機能・血小板数)で出血リスクを評価します。認知症との鑑別では「比較的急速な経過・片側優位の神経症状・頭痛の合併」が慢性硬膜下血腫を強く示唆します。

治療・ケア

中等度〜重篤例(神経症状あり・CTで血腫厚 10mm 以上)には穿頭洗浄術が第一選択です。局所麻酔下に頭蓋骨に直径約1cmの穴(穿頭孔)を1〜2か所開け、シリコンチューブで血腫を吸引・生理食塩水で洗浄します。手術時間は30〜60分程度で全身麻酔を必要とせず、高齢者でも比較的安全に施行できます。術後は24〜48時間ドレーンを留置して残留血腫を排出します。再貯留(再発)は10〜20%に生じ、再手術が必要になることがあります。

軽症例(神経症状軽微・血腫厚が薄い)では保存的治療(安静・経過観察)が選択されます。トラネキサム酸内服が血腫縮小を促進するとのエビデンスが蓄積しつつあります(Santarius T et al., Lancet 2009 参照)。抗凝固薬は術前に一時休薬し、術後の再開タイミングは主治医と血栓症リスクを慎重に検討します。

予後・経過

穿頭洗浄術後の神経症状回復は一般的に良好で、多くの患者が術前以上の機能を取り戻します。高齢・術前の意識レベル低下・重篤な合併症がある場合には回復が不完全なことがあります。再発予防のため術後1〜3か月は定期的なCTフォローを行います。抗凝固薬・抗血小板薬を使用している場合は再開タイミングを慎重に判断します。転倒予防(室内環境の整備・歩行補助具の使用・薬剤の見直し)が再発予防と並んで重要です。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Santarius T, Kirkpatrick PJ, Ganesan D, et al.Use of drains versus no drains after burr-hole evacuation of chronic subdural haematoma: a randomised controlled trialLancet (2009)
  2. [2]Weigel R, Schmiedek P, Krauss JK.Outcome of contemporary surgery for chronic subdural haematoma: evidence based reviewJ Neurol Neurosurg Psychiatry (2003)
  3. [3]Brennan PM, Kolias AG, Joannides AJ, et al.The management and outcome for patients with chronic subdural hematoma: a prospective, multicenter, observational cohort study in the United KingdomJ Neurosurg (2017)

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