分類4代謝・内分泌・栄養の異常10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

クッシング症候群とは?

コルチゾール過剰による脳・認知機能への影響

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体験談・具体的な事例

石川和代さん(仮名・44歳)は、都内のデザイン会社でグラフィックデザイナーとして働くかたわら、週末は子ども二人と夫の四人家族で過ごすことを楽しみにしていました。アウトドアが好きで体を動かすことに自信があったのに、42歳ごろから体の変化が気になり始めました。 ダイエットをしているわけでもないのにお腹だけ丸くなり、手足は細いまま——顔はまるい満月のように変わり(ムーンフェイス)、首の後ろには脂肪のこぶのようなものができました(バッファローハンプ)。皮膚が薄くなってちょっとしたことで青あざができ、お腹や太ももには赤紫色の筋(皮膚線条)が現れました。月経も不順になり、やがて止まりました。「体型が変わった」以上に心配だったのは、「なんとなく頭がはっきりしない」という感覚が続くことでした。仕事でのミスが増え、会議で発言する前に言葉が出てこないことが増えました。夫に「最近ぼんやりしていることが多いね」と言われ、本人も「まさか認知症?」と不安になりました。 内科を受診した際、医師が「この体型変化と精神症状の組み合わせが気になる」として副腎皮質機能の精査を行いました。24時間蓄尿コルチゾール(尿中遊離コルチゾール:UFC)が 498 µg/day(基準値 10〜80 µg/day)と著明高値で、深夜唾液コルチゾールも高値でした。1 mg デキサメタゾン抑制試験(DST)では翌朝の血清コルチゾールが 12.8 µg/dL(基準値 1.8 µg/dL以下)と抑制されず、クッシング症候群の診断が確定しました。MRI検査で脳下垂体に径 7mm の微小腺腫(マイクロアデノーマ)が同定され、血漿ACTHも高値であったことから下垂体性クッシング病と診断されました。 脳神経外科で経鼻的内視鏡下腫瘍摘出術(transsphenoidal surgery: TSS)を受けました。術後24時間以内に血清コルチゾールが急落し、副腎不全予防のためヒドロコルチゾンの補充が開始されました。術後3ヶ月でコルチゾール値が正常域に入り、補充用量を徐々に減量していきました。 術後6ヶ月が経過したころ、和代さんの体型は徐々に改善し、ムーンフェイスが軽快して顔のラインが戻ってきました。「頭の霧が晴れてきた」という感覚が現れ、仕事のミスが減り、会議でも言葉がスムーズに出るようになりました。「あのぼんやりした感じがコルチゾールのせいだったとは、最初は信じられなかった」と和代さんは言います。 術後1年後の検査ではMMSEスコアが術前の23点から28点へと改善し、月経も再開しました。「手術で良くなると知って本当に安心した。あの状態が続いていたら仕事を続けられなかったかもしれない」——和代さんは今も定期的な内分泌科受診を続けながら、デザインの仕事に戻っています。

基礎知識の解説

クッシング症候群とは

クッシング症候群は、コルチゾール(副腎皮質ホルモン)の慢性的な過剰分泌により、特徴的な体型変化(中心性肥満・ムーンフェイス・水牛様脂肪沈着・皮膚線条)と多彩な合併症を引き起こす疾患です。原因は下垂体ACTH産生腺腫(クッシング病、全体の60〜70%)・副腎腺腫(副腎性クッシング症候群)・異所性ACTH産生腫瘍・外因性ステロイド薬の過剰使用に分類されます。人口100万人あたり約2〜3人/年の発症頻度で、20〜40代の女性に多いです。コルチゾールは海馬の神経細胞に直接の神経毒性を持ち、認知機能障害(記憶・集中・処理速度の低下)・抑うつ・不安を引き起こします。原因の治療によりコルチゾールが正常化すれば神経精神症状が改善する「治る認知症」の一つです。

主な症状

  • 1認知機能低下(記憶力・集中力・処理速度の低下)
  • 2抑うつ・不安・情動不安定
  • 3中心性肥満(腹部・体幹の肥満、四肢は細いまま)
  • 4ムーンフェイス(顔が丸くなる)・水牛様脂肪沈着(首後ろ)
  • 5皮膚の菲薄化・赤紫色の皮膚線条(腹部・太もも)
  • 6青あざのできやすさ・皮膚の脆弱化
  • 7筋力低下(特に近位筋:階段・立ち上がりが困難)
  • 8高血圧・耐糖能障害・糖尿病
  • 9骨粗鬆症・脆弱性骨折
  • 10女性:月経不順・無月経、男性:性欲低下・勃起不全

原因・メカニズム

コルチゾールは視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)のネガティブフィードバックを介して調節されますが、クッシング症候群ではこの制御が失われ、慢性的な高コルチゾール血症が続きます。脳への影響はとくに海馬において顕著で、グルコ コルチコイド受容体(GR)が高密度に発現する海馬CA1・CA3・歯状回の錐体細胞は高コルチゾールによる直接毒性に脆弱です。Starkman ら(1992年)はクッシング症候群患者で海馬体積の有意な縮小と記憶機能障害の相関を報告しています。分子メカニズムとして、過剰なコルチゾールはグルタミン酸の興奮毒性を増強し、BDNF(脳由来神経栄養因子)の産生を抑制して神経細胞の生存・シナプス可塑性を障害します。またセロトニン系・ドーパミン系の調節が乱れ、抑うつ・不安・無気力が生じます。さらに高血圧・糖尿病・脂質異常症を介した脳血管障害という間接的な影響も認知機能低下を加速させます。

診断

日本内分泌学会のクッシング症候群診療ガイドラインに基づき、スクリーニングには24時間尿中遊離コルチゾール(UFC)・深夜唾液コルチゾール・1mg デキサメタゾン抑制試験(DST)の3つが推奨されています。いずれか2つ以上が異常値を示した場合に診断が確定します。原因診断には血漿ACTH測定(ACTH依存性・非依存性の鑑別)と、下垂体MRI(クッシング病の検索)・腹部CT(副腎腺腫の検索)・全身PET/CT(異所性ACTH産生腫瘍の検索)を組み合わせます。クッシング病(下垂体性)の確定には両側下錐体静脈洞サンプリング(BIPSS)が必要な場合があります。認知機能評価にはMMSE・MoCA・ストループテスト(前頭前野機能)を用い、コルチゾール値・海馬体積(MRI)との相関を評価します。

治療・ケア

下垂体腺腫(クッシング病)には経鼻的内視鏡下腫瘍摘出術(TSS)が第一選択で、経験豊富な施設での寛解率は70〜80%です。副腎腺腫には腹腔鏡下副腎摘出術が有効で、単発腺腫の根治率は高いです。異所性ACTH産生腫瘍は原発巣の切除が根治療法です。外因性ステロイドが原因の場合は、原疾患の状態を考慮しながら慎重な漸減が必要です。手術が困難な場合の薬物療法には、メチラポン・ケトコナゾール・ミトタン(副腎コルチゾール産生抑制薬)が使用されます。2012年に承認されたパシレオチド(ソマトスタチンアナログ)は下垂体からのACTH分泌を抑制します。術後はコルチゾールが急落するため副腎不全に対するヒドロコルチゾン補充が不可欠で、HPA軸の回復を定期的な刺激試験で確認しながら数ヶ月〜1年かけて漸減します。

予後・経過

コルチゾールが正常化すると、認知機能・抑うつなどの神経精神症状は多くの場合に改善します。Starkman ら(1992年)は術後の海馬体積の回復と記憶機能の改善を報告しており、術後1年で認知機能検査のスコアが有意に上昇することが確認されています。ただし長期間(数年)にわたった高コルチゾール状態では、海馬萎縮や神経変性が不可逆的になる場合があり、完全な認知機能回復が得られないこともあります。術後も高血圧・骨粗鬆症・心血管リスクの長期管理が必要です。クッシング病の再発率は5〜10年で20〜30%とされ、定期的なコルチゾール評価による再発のモニタリングが不可欠です。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Newell-Price J, Bertagna X, Grossman AB, Nieman LKCushing's syndromeLancet (2006)
  2. [2]Starkman MN, Gebarski SS, Berent S, Schteingart DEHippocampal formation volume, memory dysfunction, and cortisol levels in patients with Cushing's syndromeBiological Psychiatry (1992)
  3. [3]日本内分泌学会クッシング症候群の診療ガイドライン日本内分泌学会 (2020)
  4. [4]Ragnarsson O, Berglund P, Eder DN, Johannsson GLong-term cognitive impairments and anxiety in patients with Cushing's syndrome compared to patients with non-functioning adrenal tumorsEuropean Journal of Endocrinology (2012)
  5. [5]Starkman MN, Giordani B, Gebarski SS, Schteingart DEImprovement in learning associated with increase in hippocampal formation volumeBiological Psychiatry (2003)

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