分類8その他・稀な遺伝性疾患10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

ダウン症候群に伴う早期アルツハイマー病とは?

染色体異常に伴う早期発症アルツハイマー型認知症

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

島田隆さん(仮名・52歳)はダウン症候群(21トリソミー)を持ちながら、20年以上、地域の就労支援施設で陶芸の仕事を担当してきました。丁寧な手仕事が施設スタッフにも評判で、毎週水曜日に開かれる「陶芸クラブ」では若い利用者のお手本のような存在でした。姉の洋子さんと二人暮らしで、近所のスーパーへの買い物ルートも隆さんが先導するほど生活力がありました。 48歳のころから、少しずつ変化が現れてきました。毎週楽しみにしていた陶芸クラブに「今日は行きたくない」と言う日が増え始め、施設スタッフが「いつもより口数が少なくなった」と洋子さんに報告しました。翌年には、10年以上通い慣れたバス路線で乗り過ごすミスが続き、「今日は何曜日?」と尋ねても答えられないことが増えました。HDS-R(長谷川式認知症スケール)を施設の看護師が試みると、かつて25点前後だったスコアが15点に低下していました。 洋子さんが専門医を受診すると、担当医から「ダウン症候群の方は21番染色体上のAPP遺伝子が3コピーになるため、アミロイドβが通常の1.5倍以上産生され続けます。40歳代にはほぼ全員に脳内アルツハイマー病変が形成され、50歳代には80〜90%が認知症を発症します」と説明を受けました。脳MRIでは海馬の萎縮と側頭葉の軽度萎縮が確認され、ダウン症候群専用の認知評価ツールCAMCOG-DSでベースラインからの明確な低下が記録されました。 「ダウン症候群に伴うアルツハイマー型認知症」の診断が確定しました。コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル3 mg/日から開始)が処方され、「一般的なアルツハイマー病に準じた治療ですが、ダウン症候群の方への適応は慎重に経過を見ながら判断します」と担当医は説明しました。服薬から3ヶ月後、睡眠リズムが安定し、朝の準備を自分でこなせる日が増えました。 「隆さんには説明しなくていいのでしょうか」と洋子さんが尋ねると、担当医は「できる限り分かりやすい言葉で、隆さんに合ったペースで伝えることが大切です。隆さん自身も自分に何かが起きていると感じているはずです。伝えることが尊厳を守ることにつながります」と答えました。洋子さんは隆さんと一緒に絵カードを使ってゆっくりと「脳の一部が少し疲れてきている」と話しました。隆さんは静かにうなずきました。 それから半年後、隆さんは週3日の施設通所を継続しています。陶芸の複雑な工程は難しくなりましたが、粘土をこねる作業は今も楽しめています。施設のスタッフがルーティンを視覚化したボードを作成し、見通しが立つことで隆さんの不安が減りました。洋子さんは「毎朝『今日も陶芸、楽しみだね』と声をかけると、隆さんが笑顔になる。それが私の一番の励みです」と話します。 ダウン症候群に伴うアルツハイマー型認知症は「生物学的な必然」として起きますが、早期からのベースライン評価と多職種支援によって、本人が「できること」を長く保つことができます。家族と医療・福祉チームが一体となって歩む道のりが、その人らしい生活を守ります。

基礎知識の解説

ダウン症候群に伴う早期アルツハイマー病とは

ダウン症候群(21トリソミー)ではAPP遺伝子が3コピーとなるためアミロイドβが過剰産生され、40歳代にはほぼ全員に脳内アルツハイマー病変が形成される。50歳代では80〜90%がアルツハイマー型認知症を発症するとされ、知的障害を持たない人に比べて20〜30年早く発症する。主な症状は日課の崩れ・記憶障害・言語退行・行動変容(無気力・易怒性)・てんかん発作の増加で、知的障害のベースラインがあるため「ベースラインからの変化」を評価することが診断の鍵となる。世界に約600万人、日本に約10万人のダウン症候群者がいるとされ、高齢化に伴いアルツハイマー対策は急務となっている。

主な症状

  • 1以前できていた活動(仕事・趣味・日課)への参加意欲の低下
  • 2見当識障害(日時・曜日・場所の混乱)
  • 3記憶障害(特に直近の出来事の忘却)
  • 4言語・コミュニケーション能力の退行(語彙の縮小・会話の簡略化)
  • 5慣れたルートでの道迷い・乗り過ごし
  • 6行動変容(無気力・易怒性・不安の増大)
  • 7睡眠障害(夜間の覚醒・昼夜逆転)
  • 8てんかん発作の新規発症または頻度増加
  • 9日常生活動作(ADL)の段階的な低下
  • 10ベースライン認知機能評価スコア(CAMCOG-DS等)の有意な低下

原因・メカニズム

21番染色体上のAPP(アミロイド前駆体タンパク)遺伝子がトリソミーにより3コピーとなるため、アミロイドβの産生量が通常の1.5倍以上となる。産生過剰のアミロイドβ42は神経細胞外に凝集して老人斑を形成し、タウタンパクのリン酸化亢進を誘発して神経原線維変化(NFT)を生じさせる。この過程でシナプス機能が障害され、コリン作動性神経回路(基底核から海馬・前頭葉への投射)が失われることで記憶・注意・実行機能が低下する。さらに21番染色体上には炎症関連遺伝子(DYRK1A等)も存在し、神経炎症の亢進がアルツハイマー病変の形成を加速するとされる。知的障害のベースラインが存在するため、認知症の早期変化が見逃されやすいことが臨床上の大きな問題となっている。

診断

診断の基本は「ベースラインからの変化」の評価であり、成人期早期にベースライン認知機能を記録しておくことが推奨される(英国国民保健サービスのガイドラインでは35歳からの定期評価を推奨)。ダウン症候群専用の評価ツールとしてCAMCOG-DS(Cambridge Cognitive Examination for Older Adults with Down Syndrome)やDSDS(Dementia Scale for Down Syndrome)が用いられる。脳MRI所見(海馬・側頭葉萎縮)はアルツハイマー型の変化を確認するために有用であり、アミロイドPETは脳内アミロイド蓄積の生前確認に用いられる。てんかん発作の有無の評価(脳波検査)も重要で、発作が認知機能の急激な悪化要因となりうる。鑑別診断には甲状腺機能低下症・うつ病・睡眠時無呼吸症候群が含まれる。

治療・ケア

コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル・リバスチグミン・ガランタミン)が一般的なアルツハイマー病に準じて使用される。ダウン症候群を対象とした大規模試験(DOME試験)ではドネペジルの有意な認知機能改善は示されなかったが、行動症状・ADLへの部分的な効果を認める症例報告もあり、個別に適応を判断する。行動・精神症状(BPSD)に対しては非薬物療法を優先し、薬物療法は症状が強い場合に抗精神病薬(少量)または抗うつ薬(SSRI)を慎重に用いる。構造化された日課・視覚的なスケジュールボード・安心できる環境の維持が行動の安定に有効である。てんかん発作に対しては抗てんかん薬(レベチラセタム・ラモトリギン等)を用い、バルプロ酸は認知機能への影響を考慮して慎重に使用する。多職種連携(医療・福祉・就労支援・家族)が不可欠である。

予後・経過

アルツハイマー病変の形成は40歳代にほぼ全員で始まるが、認知症として発症する時期・進行速度には個人差がある。発症後の進行は一般的なアルツハイマー病と同様の経過をたどるとされるが、知的障害のベースライン機能が低いため「残存機能」の丁寧な評価が重要となる。てんかん発作の増加・感染症・睡眠障害が認知機能を急激に悪化させる要因となる。適切なてんかん管理と生活環境の整備により、施設通所・就労支援への参加を長く継続できる例も多い。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

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  2. [2]Fortea J, Carmona-Iragui M, Benejam B, et alPlasma and CSF biomarkers for the diagnosis of Alzheimer's disease in adults with Down syndrome: a cross-sectional studyLancet Neurol (2018)
  3. [3]Wiseman FK, Al-Janabi T, Hardy J, et alA genetic cause of Alzheimer disease: mechanistic insights from Down syndromeNat Rev Neurosci (2015)
  4. [4]Fortea J, Zaman SH, Hartley S, et alAlzheimer's disease associated with Down syndrome: a position paper from the International Down Syndrome and Alzheimer's Disease ConsortiumLancet Neurol (2021)

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