分類8その他・稀な遺伝性疾患10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

ミトコンドリア脳筋症(MELAS)とは?

ミトコンドリアの異常による脳卒中様発作

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体験談・具体的な事例

片山奈緒さん(仮名・32歳)は、大阪府内の小学校で音楽を教える教員でした。子どものころから体力はそれほど強くなく、同年代の子より疲れやすかったものの、ピアノを弾くのが大好きで、音楽教師になる夢を実現させた努力家でした。夫と二人暮らしで、週末には夫婦で料理をしながら過ごすのが日課でした。 異変が起きたのは28歳の秋、授業中のことでした。突然、右半身に力が入らなくなり、言葉が出てこなくなりました。同僚教師がすぐに気づき、救急車を呼びました。救急搬送先の病院で頭部MRIを撮ると、左大脳半球に広範な異常信号が検出されました。「脳梗塞のような病変ですが、患者さんの年齢や血管リスク因子から考えると通常の脳梗塞ではありません」と担当医は説明しました。 神経内科専門医が「この拡散強調画像でのパターン——血管支配域に一致しない大脳皮質〜皮質下の病変——はミトコンドリア脳筋症を強く示唆します」と述べました。血液検査では血清乳酸が7.2 mmol/L(基準値2.0以下)と著明に上昇しており、ピルビン酸も高値でした。腰椎穿刺では髄液乳酸も高値を示しました。 筋生検(左大腿四頭筋)ではゴモリ変法トリクローム染色でRRF(破れた赤色線維、Ragged Red Fiber)が確認され、電子顕微鏡でミトコンドリアの異常な蓄積が観察されました。血液・筋肉・尿沈渣のミトコンドリアDNA(mtDNA)変異解析でm.3243A>G変異が検出され、「MELAS(ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作)」の確定診断がつきました。さらに、母親が同じm.3243A>G変異を持ちながら軽度の難聴と糖尿病のみで経過していることが判明し、母系遺伝の確認となりました。 「私の疲れやすさ、頭痛、難聴——全部これだったんですね」と奈緒さんは言いました。急性期にはL-アルギニン静注(0.5 g/kg/日)による脳卒中様発作の治療を行い、回復後からコエンザイムQ10・L-カルニチン・リボフラビンによる補助療法を開始しました。抗てんかん薬にはバルプロ酸を避け、ラモトリギンを選択しました。 治療後、奈緒さんは言語機能・右半身の運動機能をほぼ回復させ、復職することができました。「完治はできないが、発作を減らしながら生活の質を保つことが目標」という主治医の言葉を胸に、定期的な外来通院と多臓器管理(心臓・内分泌・腎臓)を継続しています。 「音楽は脳と心をつなぐもの。また生徒たちとピアノを弾ける日常が戻ってきた」と語る奈緒さんの表情は、前向きな光に満ちていました。稀少疾患であっても、正確な診断と包括的ケアが生活を支えることができる——彼女の歩みがそれを証明しています。

基礎知識の解説

ミトコンドリア脳筋症(MELAS)とは

MELAS(Mitochondrial Encephalomyopathy, Lactic Acidosis, and Stroke-like episodes)は、ミトコンドリアDNA(mtDNA)変異(最多:m.3243A>G)によりエネルギー産生(酸化的リン酸化)が障害される母系遺伝性疾患です。有病率は日本で約2〜3万人に1人と推定されています。幼児期〜中年期に発症し、繰り返す脳卒中様発作・認知機能低下・難聴・筋力低下・乳酸アシドーシスが主症状です。血管支配に一致しないMRI病変と血清乳酸高値が診断の重要な手がかりです。

主な症状

  • 1脳卒中様発作(片麻痺・失語・視野障害・意識障害)
  • 2けいれん発作(部分発作・全般化発作)
  • 3認知機能低下(繰り返す発作後に段階的に蓄積)
  • 4感音性難聴(両側性、進行性)
  • 5筋力低下・筋疲労(近位筋優位)
  • 6乳酸アシドーシス(血清乳酸・ピルビン酸の上昇)
  • 7片頭痛様頭痛・嘔吐(発作前後)
  • 8糖尿病(母系遺伝性糖尿病との関連、m.3243A>G保有者の約20%)
  • 9心筋症・WPW症候群・不整脈
  • 10低身長・視神経萎縮(一部症例)

原因・メカニズム

ミトコンドリアDNA(mtDNA)のm.3243A>G変異はtRNALeu(UUR)遺伝子に生じ、ミトコンドリアのタンパク合成が障害されます。これにより呼吸鎖複合体(特に複合体I・III・IV)の機能が低下し、ATP産生が著明に減少します。エネルギー需要の高い脳・筋肉・心臓が特に障害を受けます。脳卒中様発作は通常の血管閉塞による脳梗塞ではなく、「エネルギー代謝不全による局所的な神経細胞死(サイトトキシック浮腫)」であり、血管支配域に一致しない病変分布が特徴です。mtDNA変異は卵細胞を通じて母系遺伝し、heteroplasmy(正常mtDNAと変異mtDNAの混在)の割合が臨床重症度に影響します。

診断

日本神経学会ミトコンドリア病診療ガイドラインに基づき、以下の手順で診断します。血清乳酸(≧2.0 mmol/L)・ピルビン酸の上昇が重要なスクリーニング指標です。頭部MRI(拡散強調像)では血管支配域に一致しない大脳皮質〜皮質下白質の高信号が特徴的です(「MELAS病変」)。筋生検でRRF(ゴモリ変法トリクローム染色)・COX欠損線維・電子顕微鏡でのミトコンドリア異常増殖を確認します。確定診断はmtDNA変異解析(血液・筋肉・尿沈渣)で行います。尿沈渣は変異割合が高い場合があり有用です。脳波・心エコー・聴力検査・内分泌評価を組み合わせた多臓器評価を行います。

治療・ケア

根治療法はありません。脳卒中様発作の急性期にはL-アルギニン静注(0.5 g/kg/日、最大10 g/日)が血管拡張・発作軽減に有効とされています(El-Hattab ら 2012)。発作予防にも経口L-アルギニンが投与される場合があります。補助療法としてコエンザイムQ10・L-カルニチン・リボフラビン・チアミンが補助的に使用されます。けいれんにはバルプロ酸を原則避け(ミトコンドリア機能をさらに悪化させる可能性)、ラモトリギン・レベチラセタムを選択します。難聴には補聴器、糖尿病にはインスリン療法、心筋症には循環器科との連携管理を行います。

予後・経過

繰り返す脳卒中様発作で認知機能が段階的に低下します。m.3243A>G変異のheteroplasmy比率が高いほど重症化しやすい傾向があります。難聴・糖尿病・心筋症などの合併症が予後を悪化させます。発作の予防と合併症の早期管理が生活の質を大きく左右します。発症年齢・変異割合・臓器合併症の有無により予後は大きく異なります。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Dimauro S, Schon EAMitochondrial respiratory-chain diseasesN Engl J Med (2003)
  2. [2]El-Hattab AW, Adesina AM, Jones J, Scaglia FMELAS syndrome: Clinical manifestations, pathogenesis, and treatment optionsMol Genet Metab (2015)
  3. [3]Yatsuga S, Povalko N, Nishioka J, et al.MELAS: a nationwide prospective cohort study of 96 patients in JapanBiochim Biophys Acta (2012)

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