分類2血管性認知症10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

多発梗塞性認知症とは?

小さな脳梗塞が積み重なって起こる認知症

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

三好清三さん(仮名・73歳)が最初の脳梗塞を経験したのは65歳の夏でした。夕食の最中、右手でつかんでいた湯呑みがすべり落ちました。「あれ、力が入らない」。同時に右口角が少し下がり、妻の幸子さんが「顔がゆがんでいる」と気づきました。救急搬送された病院で撮影したMRIには、「右被殻に約8mmのラクナ梗塞、Fazekas grade 2の白質病変」という所見が記されていました。 神経内科の担当医は「今回はごく小さな梗塞で、後遺症はほぼない」と説明し、アスピリン100mg/日を処方しました。清三さんは「助かった」と胸をなで下ろし、1週間ほどで仕事に復帰しました。このとき測定したMMSEは29/30——ほぼ正常でした。 翌年の秋、2回目の梗塞が起きました。今度は左放線冠のラクナ梗塞で、言葉がわずかにつかえるようになりました。清三さん本人は「少し話しにくいだけ」と気にしませんでしたが、幸子さんには夫が「なんとなく変わった」と感じられました。計算が遅くなった、段取りが悪くなった——見えにくい変化でしたが確実に進んでいた。2回目の梗塞後のMMSEは26/30でした。 3回目の梗塞は67歳の冬でした。橋の穿通枝領域に小梗塞が生じ、歩行がわずかにふらつくようになりました。この梗塞を境に、清三さんの変化は明らかになりました。「ゆっくり悪くなるんじゃなくて、梗塞のたびに突然一段落ちる感じ」と幸子さんは表現します。梗塞と梗塞の間は比較的安定しており、悪化した後も少しだけ回復することもある。しかしトータルで見ると確実に下り階段を歩んでいた。3回目後のMMSEは21/30——「多発梗塞性認知症」の診断が確定しました。 再梗塞予防の「3本柱」が強化されました。第一に抗血小板療法——アスピリン100mgに加え、クロピドグレル75mg/日を追加(デュアル療法は短期間使用後、クロピドグレル単剤へ移行)。第二に降圧療法——ARB(テルミサルタン40mg/日)で目標を「収縮期130 mmHg未満、拡張期80 mmHg未満」に設定。第三に脂質管理——スタチン(アトルバスタチン10mg/日)でLDL-Cを70mg/dL未満に保ちます。「この3本柱が揃わないと、また梗塞が起きる」と担当医に言われた言葉を、幸子さんは決して忘れませんでした。 現在の清三さんは、薬の管理が自分ではできなくなり、外出時には幸子さんが付き添います。「朝ごはんの前に必ず飲む」というルーティンを維持するため、幸子さんは毎朝、分薬ケースから1日分を取り出して清三さんの茶碗の横に置きます。「もうこれ以上梗塞を起こさないようにすることが、唯一できること」——その言葉が、幸子さんが毎日服薬を見守る理由です。

基礎知識の解説

多発梗塞性認知症とは

多発梗塞性認知症(MID; Multi-Infarct Dementia)は、脳内の複数の部位に小さな梗塞(ラクナ梗塞)が繰り返し生じることで認知機能が低下する血管性認知症の代表的な型です。梗塞が起きるたびに「階段状」に認知機能が低下し、その間は比較的安定するパターンが特徴です。高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙などの生活習慣病が主な危険因子で、再梗塞予防が治療の根幹となります。

主な症状

  • 1「階段状」の認知機能低下(梗塞のたびに段階的に悪化し、間は比較的安定)
  • 2記憶障害(特に近時記憶——5分前の会話を忘れる)
  • 3実行機能障害(段取りが立てられない・計画が難しい)
  • 4歩行障害(小刻み歩行・すり足・転倒リスク増大)
  • 5感情失禁(些細なことで涙が出たり突然笑ったりする)
  • 6注意力・集中力の低下
  • 7夜間の混乱・せん妄(梗塞直後に特に多い)
  • 8尿失禁
  • 9構音障害・嚥下障害(橋・延髄に梗塞が及んだ場合)
  • 10焦燥感・抑うつ・無関心

症状の進行

初期梗塞後〜
  • 梗塞の度に認知機能が段階的に悪化する(階段状進行)

  • 「まだら認知症」:できることとできないことが混在

  • 歩行の不安定さ・小股歩き

  • 感情のコントロールが難しくなる(感情失禁)

中期進行とともに
  • 日常生活全般に介助が増える

  • 尿失禁が現れる

  • 片側の手足に麻痺・しびれが残ることがある

  • 新しい梗塞のたびに症状が悪化する

後期重症化後
  • 嚥下障害による誤嚥性肺炎

  • 寝たきりに近い状態

  • コミュニケーションの著しい困難

  • 新たな脳梗塞・脳出血の予防が重要課題

※ 進行速度・症状の現れ方は個人差が大きく、必ずしも順序通りに進むとは限りません。

原因・メカニズム

高血圧・糖尿病・脂質異常症などにより脳の穿通枝(lenticulostriate arteries・視床穿通枝など)の血管壁が肥厚・硬化し、内腔が閉塞します。閉塞した先の脳組織に15mm未満の小梗塞(ラクナ梗塞)が生じ、基底核・視床・橋・放線冠などに集積するパターンが特徴的です。一回の梗塞は小さくとも、複数箇所に蓄積すると認知機能に著しい影響をもたらします。白質病変はFazekas分類(grade 0〜3)で評価され、grade 2以上で認知機能・歩行への影響が顕在化します。高齢者ではアルツハイマー病変(アミロイド・タウ)との合併(混合型認知症)が40〜50%以上の頻度で生じ、単純な鑑別が難しくなります。

診断

MRIのFLAIR画像で多発するラクナ梗塞・大脳白質病変(Fazekas grade評価)を確認します。Hachinski虚血スコア(≥7で血管性認知症を強く示唆、≤4でアルツハイマー病を示唆)が鑑別の補助として用いられます。Roman(NINDS-AIREN)基準(1993)では「認知症の存在」「脳血管疾患の存在」「両者の時間的・解剖学的関連」の3条件が求められます。臨床的には「突然の発症または段階的な悪化」「神経局所症状・徴候」「脳血管疾患の危険因子の存在」が診断の鍵となります。神経心理検査では実行機能・注意・処理速度の低下が記憶障害より目立つ傾向があります。

治療・ケア

再梗塞予防が最も重要な治療です。抗血小板薬(アスピリン100mg/日またはクロピドグレル75mg/日)を継続します。降圧目標は収縮期130 mmHg・拡張期80 mmHg未満(ARB・ACE阻害薬・Ca拮抗薬を使用)。脂質管理ではLDL-Cを70mg/dL未満(心血管イベント後の高リスク群)に保つためスタチン(アトルバスタチン・ロスバスタチンなど)を用います。糖尿病を合併する場合はHbA1c 7%未満を目標とします。認知症状に対してコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル5〜10mg/日)やメマンチンが一部の患者に有効とされます。リハビリテーション(歩行訓練・作業療法)が機能維持に有効で、デイサービスの活用が介護負担軽減にも役立ちます。

予後・経過

再梗塞を防ぐことで進行を止められる可能性がある点が、アルツハイマー病などの変性性認知症との大きな違いです。しかし一度失われた神経機能は完全には回復しません。心臓病(心筋梗塞・心不全)・誤嚥性肺炎・転倒・骨折が主な死亡原因です。危険因子の厳格な管理が長期予後を左右します。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Hachinski V, Iadecola C, Petersen RC, et al.National Institute of Neurological Disorders and Stroke-Canadian Stroke Network vascular cognitive impairment harmonization standardsStroke (2006)
  2. [2]Roman GC, Tatemichi TK, Erkinjuntti T, et al.Vascular dementia: diagnostic criteria for research studies. Report of the NINDS-AIREN International WorkshopNeurology (1993)
  3. [3]日本神経学会血管性認知症診療ガイドライン2017日本神経学会 (2017)
  4. [4]O'Brien JT, Erkinjuntti T, Reisberg B, et al.Vascular cognitive impairmentLancet Neurol (2003)

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