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基礎知識の解説
正常圧水頭症とは
特発性正常圧水頭症(iNPH: idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus)は、脳脊髄液の吸収障害によって脳室が拡大し、周囲の神経回路が圧迫されることで生じる疾患です。「歩行障害・認知機能障害・尿失禁」の三徴(Hakim の三徴)が特徴で、脳室腹腔シャント術(VP シャント)によって症状が改善する「治る認知症」の代表例として広く知られています。60〜80 歳代に多く、MRI による有病率調査では 70 歳代の約 1〜3%に存在するとされます。アルツハイマー病・パーキンソン病との合併も多く、これらとの鑑別と合併の評価が重要です。
主な症状
- 1歩行障害(三徴の中で最初に現れることが多い):小刻み歩行・すり足・足を床から上げない磁気歩行(magnetic gait)・歩行開始困難(freezing)
- 2方向転換の困難(くるっと振り返ろうとすると転倒しやすい)
- 3認知機能障害:注意力・実行機能・処理速度の低下が目立ち、記憶障害は比較的軽度な傾向
- 4精神運動速度の低下:反応が遅い・動作がゆっくり
- 5尿失禁:急迫性尿失禁(トイレに間に合わない)・頻尿(遅い歩行との組み合わせで失禁しやすい)
- 6表情の乏しさ・抑うつ傾向
- 7歩行障害が単独で始まり、認知症・尿失禁が後から加わるパターンが多い
- 8腰痛・頸部痛を伴う場合は脊柱管狭窄症との合併に注意
症状の進行
歩き方がゆっくりになる・小刻みになる
一歩目が出にくい(すくみ足)
方向転換のときにふらつく
頻尿・トイレが間に合わないことが増える
すり足・磁気歩行(床に吸い付くような歩行)が顕著に
転倒が増える
尿失禁が日常的になる
記憶力・注意力の低下、反応の遅さ
表情が乏しくなる・意欲が低下する
歩行速度・歩幅の改善(最も改善しやすい)
尿失禁の頻度が減少
認知機能の部分的な改善(記憶・注意)
シャント機能不全・過剰排液には定期フォローアップが必要
※ 進行速度・症状の現れ方は個人差が大きく、必ずしも順序通りに進むとは限りません。
原因・メカニズム
原因・メカニズム
脳脊髄液(CSF)は脳室内の脈絡叢で産生(1日約 500mL)され、くも膜顆粒(主にサグマタール静脈洞周囲)で吸収・循環します。iNPH ではくも膜顆粒での吸収能が低下し、CSF が脳室内に蓄積して脳室が拡大します(側脳室・第三脳室が優位に拡大、Evans 指数 > 0.3)。拡大した脳室が内側を走る神経線維束(運動野・補足運動野から脊髄へ向かう錐体路、排尿を制御する白質線維)を内側から機械的に圧迫し、歩行・排尿・認知機能の障害が生じます。脳表(特に高位円蓋部)での CSF の貯留が乏しく、シルビウス裂周囲に CSF が偏在する所見(DESH: disproportionately enlarged subarachnoid-hydrocephalus)が MRI 特徴として重視されます。二次性 NPH(くも膜下出血・外傷・髄膜炎後)と特発性に分類されます。
診断
診断
2020 年改訂の「特発性正常圧水頭症診療ガイドライン 第3版」(日本正常圧水頭症研究会)に基づいて診断します。
MRI で ① Evans 指数 > 0.3(側脳室最大幅 / 頭蓋内最大幅)② DESH 所見(シルビウス裂の開大と高位円蓋部での CSF 貯留減少)の両者を確認します。脳脊髄液 flow void(MRI 正中矢状断で第三脳室底〜水道の CSF 拍動亢進)も補助的に評価します。
外来または入院で腰椎穿刺を行い CSF を 30〜40mL 排除します。処置後 24〜48 時間以内に歩行速度・歩数などを定量評価(TUG テスト等)し、10% 以上の改善をもってタップテスト陽性とします。陽性の場合はシャント手術の有効性が高く予測されます(感度 26〜61%、特異度 83〜100%)。
脊柱管狭窄症・末梢神経障害・パーキンソン病などの歩行障害原因を除外します。
治療・ケア
治療・ケア
脳室腹腔シャント術(VP シャント)が第一選択です。頭部に小切開を置いてカテーテルを脳室に刺入し、皮下を通して腹腔まで誘導することで余剰な CSF を排出します。圧可変式バルブ(プログラマブルバルブ)により体外から磁石で排液圧を調整できます。
腰椎腹腔シャント術(LP シャント)は開頭不要の代替選択肢で、高齢者・開頭リスクの高い患者に適用されます。
歩行障害 > 尿失禁 > 認知機能障害(この順に改善しやすいとされる)。
感染(1〜5%)・シャント機能不全・硬膜下血腫・過剰排液(頭痛・頭蓋内低圧)。術後も年 1〜2 回の画像フォローアップと圧設定確認が必要です。
認知機能障害が重度になる前に手術すると改善率が高く、三徴が揃う前の歩行障害単独の段階での診断・手術が理想的です。
予後・経過
予後・経過
タップテスト陽性例へのシャント術では術後 50〜80% の患者で歩行の改善が見られます。認知機能障害・尿失禁の改善率は歩行に比べてやや低め(30〜60%)です。シャント術の効果は数年にわたって持続する場合がある一方、5〜10 年後にシャント機能不全・感染・再発により再手術が必要となることがあります。アルツハイマー病などの変性認知症を合併している場合は改善率が低下します。手術せず経過観察のみでは症状は進行するため、適応がある場合は早期に手術を検討することが重要です。
正常圧水頭症の重要ポイント
「歩行障害・認知症・尿失禁」の Hakim の三徴——特に「磁気歩行(床に吸い付くようなすり足)」は NPH を強く疑うサイン
タップテスト(腰椎穿刺 30〜40mL 排液)で歩行が改善すれば手術効果が期待できる——受診前にこの検査の存在を知っておく価値がある
治る認知症の代表——アルツハイマー病と誤診したまま手術機会を逃す例が多い。「歩き方がおかしい + もの忘れ」は NPH を除外してから
歩行障害が最初で最も改善しやすい——歩行障害だけの段階で診断・手術すると最も予後が良い
Evans 指数(側脳室幅 / 頭蓋内幅)> 0.3 と DESH 所見が MRI 診断の二本柱——神経内科 or 脳神経外科への紹介を急ぐ
プログラマブルバルブは MRI 後に圧がずれることがあるため、MRI 撮影後は必ず担当医に連絡する
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