分類3感染症によるもの10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

進行性多巣性白質脳症(PML)とは?

免疫低下時に発症するウイルス性脳疾患

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

症状のことや介護の悩みを、認知症を専門とする医師に直接相談できます。初回500円・48時間以内に回答。

相談する

体験談・具体的な事例

小泉誠さん(仮名・38歳)は、4年前に再発寛解型多発性硬化症(MS)と診断されたシステムエンジニアでした。診断当初は年に2〜3回の再発があり、仕事を休みがちになっていましたが、ナタリズマブ(タイサブリ)を開始してからは再発がほぼゼロになり、「薬を変える理由はない」と感じていました。 転機は2年前のJCウイルス抗体検査でした。定期検査で抗体指数(AI)が1.8に上昇し、担当医から「PMLリスクが高まっています。治療薬の変更を検討しましょう」と勧められました。しかし誠さんは「症状が落ち着いているのに薬を変えるのは怖い」と継続を選択しました。その後もAIは2.0、2.2と上昇し続けましたが、本人の希望でナタリズマブ投与を続けました。 ある月曜日の朝、妻の真由美さんが気づきました。誠さんの右手が思うように動かず、コーヒーカップを落としてしまいました。最初は「寝違えたか」と思いましたが、昼には言葉も詰まるようになり、「た行」がうまく発音できなくなりました。真由美さんはすぐに誠さんをかかりつけのMS専門病院に連れて行きました。 緊急MRIでは、左半球の大きな白質病変が確認されました。JCウイルス抗体指数は2.3に達しており、脳脊髄液のJCV-DNA PCR検査では3,200 copies/mLという高値が検出されました。「進行性多巣性白質脳症(PML)」——ナタリズマブが脳への免疫監視を遮断した結果、潜伏していたJCウイルスが脳内で増殖し始めた致死的な日和見感染症でした。 ナタリズマブは即座に中止されました。血漿交換療法(PLEX)を5回施行し、血中のナタリズマブを速やかに除去しながら免疫機能の回復を図りました。しかし中止6週間後、誠さんは突然、高熱と急激な意識レベルの低下を来たしました。IRIS(免疫再構築炎症症候群)の発症でした。免疫機能が回復する過程でウイルス感染部位に激しい炎症が起き、症状が一時的に悪化するのです。ICUへの転棟となり、メチルプレドニゾロン1g×5日のパルス療法を施行しました。 3ヶ月後、誠さんは一般病棟に戻りました。右上肢のMMTは3(重力に逆らって動かせる程度)まで改善し、失語も部分的に回復してWAB失語商は65から82へと上昇しました。リハビリテーション病棟への転院後、作業療法と言語聴覚療法を6ヶ月続け、キーボード入力はゆっくりとながらできるようになりました。 MSの治療薬はフマル酸ジメチル(テクフィデラ)に切り替えられました。JCウイルス感染リスクのない薬剤を選ぶ判断でした。「あのとき先生の勧めに従って薬を変えていれば」——真由美さんはそう言いますが、誠さんは「自分で選んだことだから」と静かに答えます。PML後の人生を、二人は一緒に歩み続けています。

基礎知識の解説

進行性多巣性白質脳症(PML)とは

進行性多巣性白質脳症(PML)は、健常者の60〜80%に潜伏しているJCウイルス(ポリオーマウイルス科)が免疫低下状態で再活性化し、脳内のオリゴデンドロサイト(髄鞘産生細胞)に感染・破壊を起こす致死的な日和見感染症です。HIV/AIDS・白血病・臓器移植患者に加え、ナタリズマブ・リツキシマブなどの生物学的製剤使用者での発症が増加しています。急速に進行する片麻痺・失語・認知障害が特徴で、早期の免疫回復が予後を左右します。

主な症状

  • 1片側性の運動麻痺・歩行障害(病変側の対側肢に出現)
  • 2構音障害・失語(左半球病変で出現しやすい)
  • 3視覚障害(半盲・皮質盲・複視)
  • 4認知機能低下・記憶障害・人格変化
  • 5小脳性運動失調・協調運動障害
  • 6てんかん発作(20〜50%の症例)
  • 7急速な進行(週〜月単位での悪化)
  • 8意識障害(重篤例・IRIS発症時)
  • 9感覚障害(しびれ・疼痛)
  • 10嚥下障害・嚥下性肺炎(進行例)

原因・メカニズム

JCウイルスは健常人の腎臓・リンパ節に潜伏感染しており、通常は細胞性免疫によって抑制されています。ナタリズマブはVLA-4(α4インテグリン)を遮断し、リンパ球の血液脳関門通過を阻害することでMSの再発を防ぎますが、同時に中枢神経系への免疫監視を低下させます。この免疫監視の空白を利用してJCウイルスが脳へ侵入し、オリゴデンドロサイト(髄鞘産生細胞)に直接感染・溶解することで多巣性の脱髄・白質壊死が生じます。ナタリズマブ使用者でのPMLリスクは、JCウイルス抗体指数(AI)・治療期間(24ヶ月超で急増)・prior 免疫抑制薬使用の3因子で層別化されます(Kappos 2011 risk stratification)。AIが2.0を超え、使用期間が2年を超えた場合のPMLリスクは1〜2%に達します。

診断

脳脊髄液のJCV-DNA PCR検査が診断の中心です(感度70〜90%、特異度ほぼ100%)。診断基準値は200 copies/mL以上とされますが、ナタリズマブ関連PMLでは低力価例も存在するため複数回検査が必要です。MRIではT2強調像で多巣性の白質高信号病変を認めますが、通常ガドリニウム増強効果はありません(IRIS 発症時は増強を認めることがある)。病変はMSの再発病変より大きく辺縁不明瞭で皮質下に及ぶことが多い点で鑑別されます。脳生検(ウイルス封入体の電子顕微鏡確認・PCR)で確定診断が可能ですが、侵襲性から行われることは少なくなっています。Kappos 2011のリスク層別化(JCV抗体指数・治療期間・prior IS使用の3因子)が治療継続の判断に用いられます。

治療・ケア

最優先はナタリズマブの即時中止です。続いて血漿交換療法(PLEX)を5〜7回施行し、血中ナタリズマブを速やかに除去して免疫機能の回復を図ります。IRIS発症(中止後4〜8週が多い)に対してはメチルプレドニゾロン1g×3〜5日のパルス療法を施行します。抗JCウイルス薬としてメフロキン・マラビロクが試みられていますが、効果は限定的であり臨床試験段階です。MS治療薬の切り替えには、JCウイルス感染リスクのないフマル酸ジメチル・グラチラマー・インターフェロンβが選択されます。リハビリテーション(理学療法・作業療法・言語聴覚療法)が機能回復に重要です。禁忌:免疫回復前の過度な免疫抑制はPMLの拡大を招くため避けます。

予後・経過

ナタリズマブ関連PMLの死亡率は約20%で、生存者の約50%に中等度以上の後遺症(麻痺・失語・認知障害)が残ります。HIV関連PMLはART開始後の免疫回復で生存率が大幅に改善しています。PML診断時のJCV-DNA力価が高いほど、年齢が高いほど、また診断が遅れるほど予後は不良です。IRIS 発症は一時的に重篤化しますが、適切な管理で生存率の改善に寄与することが示されています。

進行性多巣性白質脳症(PML)についてもっと詳しく相談したい方へ

進行性多巣性白質脳症(PML)に関するご疑問や、ご自身・ご家族の状況に合わせた相談を、認知症を専門とする医師に直接お聞きいただけます。

初回500円・48時間以内に医師が回答

医師査読済コンテンツ

本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

査読基準・検証フローを確認する →
公開日:

参考文献

  1. [1]Kappos L, et al.A randomized placebo-controlled trial of natalizumab for relapsing multiple sclerosisN Engl J Med. 2006;354(9):899-910 (2006)
  2. [2]Bloomgren G, et al.Risk of natalizumab-associated progressive multifocal leukoencephalopathyN Engl J Med. 2012;366(20):1870-1880 (2012)
  3. [3]Gheuens S, et al.Progressive multifocal leukoencephalopathy in individuals with minimal or occult immunosuppressionJ Neurol Neurosurg Psychiatry. 2010;81(3):247-254 (2010)
  4. [4]日本神経学会多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン2017医学書院, 2017 (2017)

本サイトの医療コンテンツは医師による査読を経て公開しています。

監修ポリシーを確認する →