分類3感染症によるもの10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)とは?

麻疹ウイルスが原因の遅発性脳炎

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体験談・具体的な事例

田所雅人さん(仮名・14歳)は、北関東の中学2年生でした。サッカー部に所属し、放課後は仲間と練習に励む、人懐っこくて話し好きな少年でした。成績は中くらいで、特に目立った問題もなく、先生たちからは「素直ないい子」と評されていました。 変化は2学期が始まってすぐに現れました。担任の渡部先生が最初に気づいたのは、雅人さんが授業中にぼんやりと窓の外を見つめている場面が増えたことでした。「最近ちょっと注意力が散漫になっているようです」と渡部先生は家庭連絡帳に書き、面談を申し入れました。母親の敬子さんは「思春期のことかと思っていた」と後に振り返っています。 しかし担任が連絡してから2週間後、雅人さんに奇妙な現象が起き始めました。授業中に突然、頭がゆっくりと前に傾くような動作を繰り返すのです。本人は「勝手に体が動く」と言いましたが、痛みはなく意識もありました。その動作は1〜2分間隔で規則正しく現れ、止められませんでした。敬子さんはすぐにかかりつけ医を受診し、脳神経科への紹介状を受け取りました。 脳神経科の担当医はその動作を注意深く観察し、「これはミオクローヌス——筋肉が瞬間的に収縮する不随意運動です」と説明しました。すぐに長時間脳波検査が行われました。結果は衝撃的でした。「1〜2秒ごとに高振幅の周期性複合が出現しています。ラドマエヤー複合(Radermecker complex)と呼ばれる、特定の脳炎に特徴的なパターンです」と担当医は言いました。 血液と脳脊髄液の検査が続きました。血清麻疹抗体価は1:64(正常は1:8未満)、脳脊髄液の麻疹抗体価は1:32と高度陽性でした。追加の問診で、敬子さんは「雅人は2歳のときに麻疹に感染しました。その後ワクチンは1回しか打ってもらえなかったんです」と答えました。診断は「亜急性硬化性全脳炎(SSPE)」——幼少期の麻疹ウイルスが脳内に潜伏し、10年以上の時を経て再活性化して脳全体を壊していく致死性の遅発性脳炎でした。 診断告知の日、担当医は両親に「根治療法はありません」と告げました。「治る病気ではないということですか」と父親が言葉を詰まらせながら聞きました。「現状では、進行を遅らせることが目標になります」と担当医は静かに答えました。イノシンプラノベックス(IMP)100mg/kg/日の経口投与を6サイクル、さらにインターフェロンαの投与を試みましたが、雅人さんの症状の進行を止めることはできませんでした。 治療開始から1年後、雅人さんはてんかん発作が頻発するようになり、視力低下と皮質盲も進行しました。嚥下障害のため経管栄養が始まり、言葉を話すことが難しくなりました。入院から2年が経つころ、雅人さんは深い傾眠状態に入り、外からの刺激に反応しなくなりました。 敬子さんは今も病院のスタッフに語り続けています。「麻疹のワクチンを2回きちんと打っていれば、雅人はサッカーをしていたはずです」と。その言葉が医療者の心に刻まれ、ワクチン接種率向上を訴える講演の場で繰り返し語られています。

基礎知識の解説

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)とは

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)は、幼少期の麻疹感染後、変異した欠損型麻疹ウイルスが脳内に潜伏し、感染から平均6〜15年後に再活性化して進行性の脳炎を引き起こす致死性の遅発性ウイルス感染症です。2歳未満での麻疹感染が最大の危険因子であり、主に学童期〜青年期に発症します。認知機能低下・行動異常・ミオクローヌス・てんかん発作を経て数年で死亡に至りますが、麻疹ワクチン2回接種により完全に予防可能です。発症率は麻疹感染者10万人あたり4〜11例とされています。

主な症状

  • 1第1期:性格変化・学業成績低下・集中力の著明な低下(数週〜数ヶ月続く)
  • 2第2期:ミオクローヌス(1〜2分間隔の規則的な頭部・体幹の不随意運動)
  • 3第2期:脳波に周期性高振幅複合(ラドマエヤー複合・Radermecker complex)が出現
  • 4第2期:知能低下・記憶障害の急速な進行
  • 5第3期:重篤な認知症・高度の不随意運動
  • 6第3期:視力低下・皮質盲(後頭葉の障害による)
  • 7第3期:嚥下障害・構音障害
  • 8第4期:筋固縮・無動・昏睡・植物状態
  • 9全経過を通じて繰り返すてんかん発作
  • 10自律神経障害(体温調節障害・発汗異常)

原因・メカニズム

麻疹ウイルスが初感染後に中枢神経系へ侵入し、M(マトリックス)タンパクの発現を欠いた欠損型変異ウイルスとして脳内に持続感染するのがSSPEの基本病態です。野生型麻疹ウイルスは細胞外にウイルス粒子を放出して拡散しますが、SSPE型変異ウイルスはウイルス粒子を形成できず、神経細胞間の直接接触(cell-to-cell spread)を通じて免疫監視を逃れながら静かに脳全体へと広がります。この持続感染が引き金となり、ミクログリアの活性化・T細胞浸潤・脱髄が起こり、神経細胞脱落と最終的なびまん性脳萎縮へと進行します。なぜ一部の感染者のみがSSPEを発症するかは完全には解明されていませんが、2歳未満の感染・麻疹ワクチン未接種または1回のみ接種・免疫応答の個人差が関与すると考えられています。ウイルスのMタンパク変異は複数箇所にわたり、ほぼすべてのSSPE症例で確認されます。

診断

Dyken(1985)の診断基準が広く用いられています。①典型的な臨床経過(認知低下→ミオクローヌス→認知症→植物状態の段階的進行)、②脳波の周期性複合(ラドマエヤー複合:0.5〜2Hz の高振幅棘徐波複合が規則的に出現)、③血清および脳脊髄液の麻疹ウイルス抗体の高値(血清1:256以上・CSF 1:4以上、IgG index 上昇)、④脳生検での核内封入体(Dawson 小体)、の4項目で診断します。確定診断には①②③の3項目で十分とされ、④は侵襲性から通常は行いません。MRI では第2期以降に白質病変・脳萎縮が確認されますが、第1期は正常のことがあります。血清・CSF 麻疹抗体の検出に際しては、IgG 抗体が常に高値であり、ワクチン接種既往だけでは除外できないため、抗体価の絶対値および CSF/血清比(intrathecal antibody production)を評価することが重要です。

治療・ケア

現時点で根治療法は存在しません。最も研究されている治療はイノシンプラノベックス(IMP)100mg/kg/日の経口投与で、1ヶ月投与・1ヶ月休薬を1サイクルとして6サイクル以上実施します。進行を遅らせる効果が一部で報告されていますが、すべての症例で有効ではありません。インターフェロンα(IFN-α)の脳室内投与は限られた症例で試みられており、侵襲的な処置を要します。ミオクローヌスおよびてんかん発作の管理にはカルバマゼピン(200〜400mg/日)またはバルプロ酸(600〜1200mg/日)が用いられます。非薬物療法として、経管栄養・排痰管理・体位変換による褥瘡予防・関節拘縮予防の理学療法が主体となります。家族への心理社会的支援(告知後のグリーフケア・在宅ケア指導)が治療の重要な柱です。

予後・経過

発症から1〜3年で植物状態に移行し、多くは5〜7年以内に死亡します。まれに長期寛解(10年以上)の報告例がありますが、全体の5〜10%未満です。発症年齢が低いほど、また進行が急速なほど予後は不良です。2歳未満発症例では特に予後が悪く、1〜2年で死亡に至ることが多いとされています。麻疹ワクチンの2回接種によりSSPEはほぼ完全に予防可能であり、ワクチン接種率の維持が集団レベルでの発症防止に直結します。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Dyken PRSubacute sclerosing panencephalitis: current statusNeurol Clin. 1985;3(1):179-196 (1985)
  2. [2]Garg RKSubacute sclerosing panencephalitisPostgrad Med J. 2002;78(916):63-70 (2002)
  3. [3]Anlar BSubacute sclerosing panencephalitis and chronic viral encephalitisExpert Rev Neurother. 2013;13(12):1341-1350 (2013)
  4. [4]World Health OrganizationMeasles vaccines: WHO position paperWkly Epidemiol Rec. 2017;92(17):205-227 (2017)

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