分類6中毒・薬剤によるもの10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

放射線照射後の脳壊死とは?

脳腫瘍などへの放射線治療による脳組織の壊死

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

症状のことや介護の悩みを、認知症を専門とする医師に直接相談できます。初回500円・48時間以内に回答。

相談する

体験談・具体的な事例

桑原幸江さん(仮名・60歳)は京都府内の公民館で手芸教室の講師をしながら、夫の健一さんと2人暮らしをしていました。俳句と庭いじりを愛し、地域のボランティア活動にも積極的に参加していた活動的な女性です。5年前、健康診断で肺がん(腺がん・ステージⅢB)が発見され、同時に脳に2つの転移巣が確認されました。 「脳転移には放射線治療が必要です」と説明を受け、幸江さんは全脳照射(WBRT:全脳30Gy/10回分割)を受けることを選択しました。担当医から「治療後に記憶力や処理速度に影響が出ることがある」という説明はありましたが、「まず命を守ること」という気持ちで決断しました。治療後に転移巣は縮小し、肺がん本体への化学療法も順調に進みました。 放射線治療から3年後、幸江さんは手芸教室で「次のステップを説明しようとすると途中で手順を忘れてしまう」と感じるようになりました。健一さんも「買い物のメモを持っていっても買い忘れが増えた」と心配していました。受診すると神経心理検査(MoCA-J:17点/30点)で認知機能の有意な低下が確認されました。頭部MRI(FLAIR像)では大脳白質に広範な高信号域が認められ、「放射線性白質脳症(放射線照射後遅発性認知機能障害)」と診断されました。 担当医から「全脳照射後に起こりうる遅発性の副作用です。照射から2〜5年後に現れることが多く、照射線量・年齢・化学療法の同時使用が影響します」という説明を受けました。幸江さんは「がんを治すための治療が別の問題を生んだ」という複雑な気持ちを抱えましたが、担当医は「当時の状況では全脳照射が最善の選択でした。現在はより局所的な定位照射(SRS)と海馬回避全脳照射(HA-WBRT)が選ばれており、認知機能への影響を最小化できるようになっています」と説明しました。 地域の認知症専門外来と連携し、週2回のデイサービスでの認知リハビリテーション、言語聴覚士による記憶補完訓練(手帳・カレンダーの活用法)が始まりました。局所壊死巣が大きくなった時期にはベバシズマブ(アバスチン、血管新生阻害薬)の点滴が行われ、MRIで壊死巣の浮腫が縮小する効果が確認されました。 治療開始から1年が経ち、幸江さんは手帳と大きな文字で書いたホワイトボードを活用しながら、週1回の手芸教室を再開しました。生徒の顔と名前を一致させることはまだ難しいですが、「先生の教え方が丁寧で楽しい」という声が続いており、幸江さんは「ここへ来るのが楽しみ」と話しています。健一さんは「妻はペースを落としながらも、自分らしく生きています」と言います。 現在、幸江さんは3ヶ月に1回のMRI・神経心理検査で経過観察を続けています。庭の花の世話は健一さんと一緒に続けており、小さな俳句ノートには毎日1句を書き留めることが日課になっています。「これからの治療を受ける方が、副作用についてきちんと説明を受けて、自分に合った選択ができますように」という願いを幸江さんは持ち続けています。

基礎知識の解説

放射線照射後の脳壊死とは

放射線性脳壊死(放射線性白質脳症・放射線照射後遅発性認知機能障害)は、脳腫瘍・脳転移・頭頸部がんへの放射線治療後に、照射を受けた脳組織が壊死・変性する遅発性副作用です。全脳照射(WBRT)後の認知機能低下は特に問題となり、照射から数ヶ月〜数年後に発症します。好発年齢は50〜70代(放射線治療を受けることが多い年代)で、主要症状は①認知機能低下(記憶・処理速度・注意力)、②易疲労感・集中力の低下、③局所神経症状(運動麻痺・感覚障害)、④てんかん発作(壊死巣が大きい場合)の4つです。腫瘍再発との鑑別が治療方針決定において最重要課題となります。

主な症状

  • 1認知機能低下(近時記憶・処理速度・注意力・実行機能)
  • 2新しいことを覚えられない(近時記憶障害)
  • 3易疲労感・集中力の低下・作業効率の低下
  • 4局所神経症状(照射部位による運動麻痺・感覚障害・失語)
  • 5頭痛・吐き気(浮腫・壊死巣による頭蓋内圧亢進)
  • 6てんかん発作(壊死巣が皮質に近い場合)
  • 7人格変化・感情の易変性・抑うつ
  • 8MRI(FLAIR・T2強調)での大脳白質広範高信号域
  • 9MRI(T1増強)での壊死巣のリング状増強効果
  • 10歩行障害・バランス障害(小脳・脳幹への照射後)

原因・メカニズム

放射線は血管内皮細胞とオリゴデンドロサイト(ミエリン産生細胞)に直接DNA損傷を与えます。血管内皮障害により脳小血管の閉塞・微小出血・血液脳関門の破綻が起き、慢性的な脳虚血・浮腫が生じます。オリゴデンドロサイトの障害と脱髄により大脳白質が広範に変性する「白質脳症」が形成されます。全脳照射後の慢性認知機能低下には、海馬歯状回の神経幹細胞(neural progenitor cells)の障害による海馬新生の抑制が重要な役割を担うと考えられています。照射線量(単回・総線量)・分割回数・照射野の広さ・化学療法の同時使用・患者年齢が壊死の発症リスクと重症度に影響します。定位放射線手術(SRS)では照射境界に高線量が集中するため局所壊死リスクがあり、全脳照射では広範な白質障害が問題となります。

診断

診断の基本は照射歴と症状出現の時間的関係の確認です。全脳照射では照射後6ヶ月〜数年後、SRSでは照射後1〜3年後に遅発性変化が多く現れます。頭部MRI(T1増強・T2/FLAIR・DWI)で照射野の白質変化・壊死巣(T1増強リング状・T2高信号)を確認します。腫瘍再発との鑑別が最重要課題で、MRスペクトロスコピー(MRS:Cho/Cr比・NAA低下)・MR灌流(rCBV低下)・FDG-PETまたはアミノ酸PET(FMT-PET:代謝活性の低下)が補助的に使用されます。確定診断には組織生検が必要な場合もありますが、侵襲性が高いため慎重に適応を判断します。神経心理検査(MoCA-J・ウェクスラー記憶検査)で認知機能障害の全体像を定量評価します。日本放射線腫瘍学会ガイドラインでは定期的なMRIフォローアップと多職種チームによる管理が推奨されています。

治療・ケア

軽度〜中等度の白質変化に対しては認知リハビリテーション(記憶補完戦略・代償手段の習得)とデイサービス・通所リハビリの活用が主体です。局所壊死巣・浮腫に対しては、ベバシズマブ(アバスチン:5〜10mg/kg、2〜4週ごと)が腫瘍壊死因子VEGF阻害により浮腫・壊死の縮小に有効であることが複数の臨床試験で示されています。ステロイド(デキサメタゾン)は急性期浮腫の一時的な改善に有効ですが、長期使用は骨粗鬆症・糖尿病などの副作用が問題となります。大きな壊死巣・腫瘍再発との鑑別困難例では外科的切除が選択されることがあります。予防として現代では海馬回避全脳照射(HA-WBRT)・定位手術的照射(SRS)により脳機能へのダメージを最小化する治療法が標準化されつつあります。メマンチン(20mg/日)の予防投与が全脳照射後の認知機能低下を軽減するというエビデンスもあります。

予後・経過

放射線性白質脳症は進行性の経過をたどる場合と症状が安定する場合があり、予測が困難です。局所壊死巣はベバシズマブにより縮小することがありますが、広範な白質変化は不可逆的な場合が多いです。Aoyama H et al.(2015)は定位照射(SRS)と全脳照射の比較試験で、SRS単独群の方が照射後12ヶ月時点の認知機能が有意に保たれていることを示しました。予防が最善の対策であり、初期治療段階から神経認知機能保護を意識した照射計画が重要です。

放射線照射後の脳壊死についてもっと詳しく相談したい方へ

放射線照射後の脳壊死に関するご疑問や、ご自身・ご家族の状況に合わせた相談を、認知症を専門とする医師に直接お聞きいただけます。

初回500円・48時間以内に医師が回答

医師査読済コンテンツ

本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

査読基準・検証フローを確認する →
公開日:

参考文献

  1. [1]DeAngelis LM, Delattre JY, Posner JBRadiation-induced dementia in patients cured of brain metastasesNeurology (1989)
  2. [2]Aoyama H, Tago M, Shirato HStereotactic radiosurgery with or without whole-brain radiotherapy for brain metastases: secondary analysis of the JROSG 99-1 randomized clinical trialJAMA Oncology (2015)
  3. [3]日本放射線腫瘍学会放射線治療計画ガイドライン2020年版日本放射線腫瘍学会 (2020)

本サイトの医療コンテンツは医師による査読を経て公開しています。

監修ポリシーを確認する →