分類8その他・稀な遺伝性疾患10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

遺伝性拡散性白質脳症(ALSP)とは?

神経軸索スフェロイド形成を伴う白質変性

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体験談・具体的な事例

宮崎由美さん(仮名・44歳)は、大手食品メーカーで商品企画を担当するキャリアウーマンでした。料理と読書が趣味で、夫と小学生の子ども2人と神奈川県内の一戸建てで暮らす日常は、傍目にはとても充実したものに映っていました。しかしその心の奥には、ずっと消えない不安がありました——母が43歳のとき「若年性認知症」と診断され、50歳を前に亡くなっていたからです。 42歳のある朝、由美さんは出勤準備中に突然意識を失い、床に倒れました。救急搬送先の病院で「てんかん発作」と診断されましたが、MRI検査で大脳白質に広範な変性病変が見つかったことで、担当医の表情が変わりました。さらに頭部CT検査では両側前頭葉を中心にカルシウム沈着(石灰化)が確認されました。「白質に異常があり、石灰化も伴っている。単純なてんかんではありません」として、神経内科専門医への紹介状が書かれました。 神経内科では詳細な検査が行われました。神経心理検査(MMSE 24点、MoCA 19点)では前頭葉機能と処理速度の低下が示されました。脳脊髄液所見は非特異的な軽度の蛋白上昇に留まりましたが、担当医は「30〜50代に白質変性+石灰化+てんかんが出揃っている。CSF1Rの遺伝性白質脳症を疑う」としてCSF1R遺伝子解析を依頼しました。数週間後、CSF1R遺伝子のヘテロ接合性ミスセンス変異が確認されました。「ALSP(遺伝性拡散性白質脳症)」の確定診断でした。 「コロニー刺激因子1受容体(CSF1R)の変異により、脳のマクロファージであるミクログリアが正常に機能しなくなる常染色体優性の白質変性症です。お母様も恐らく同じ病気だったと考えられます」という説明を受けたとき、由美さんは長年の謎が解けた安堵と、これが遺伝疾患だったことへの複雑な思いが交錯したと振り返ります。 「今できる最善の治療は造血幹細胞移植(HSCT)です。ただし効果が期待できるのは発症ごく初期のみ——今がぎりぎりのタイミングです」という担当医の言葉を受け、由美さんは夫と相談しながら移植を決断しました。ドナー選定・前処置に約2ヶ月を要しましたが、移植は無事に完了し、6ヶ月後の経過観察では白質病変の進行が抑制されていることがMRIで確認されました。てんかん発作はバルプロ酸400mg/日で管理されています。 子どもへの遺伝確率は50%——この現実と向き合うため、由美さん夫婦は遺伝カウンセラーとの継続面談を選択しました。「子どもたちが成人したとき、自分の意思で遺伝子検査を受けられるように情報を整理しておきたい」と話す由美さんの言葉には、母として、そして同じ遺伝子を受け継いだ一人の人間としての覚悟が滲みます。 移植から1年が経った現在、由美さんは在宅勤務に切り替えながら職場復帰を果たしました。認知機能のわずかな低下は残るものの、子どもの学校行事に参加し、週末には料理を楽しむ時間を取り戻しつつあります。「遺伝子治療の研究が進んでいます。今できることを精いっぱいやりながら、新しい治療を待ちましょう」という担当医の言葉を支えに、由美さんは今日も前を向いています。

基礎知識の解説

遺伝性拡散性白質脳症(ALSP)とは

ALSP(Adult-onset Leukoencephalopathy with axonal Spheroids and Pigmented glia)は、CSF1R遺伝子変異によりミクログリアが機能不全となり、大脳白質に神経軸索スフェロイドと色素沈着グリアが形成される常染色体優性の白質変性疾患です。30〜50代に発症し、認知機能低下・てんかん・精神症状・運動障害が数年かけて進行します。MRIで大脳白質の広範な変性と脳梁菲薄化、CTで白質内石灰化が特徴的です。発症10年以内に重篤な障害に至ることが多く、造血幹細胞移植が初期例に有効とされる稀少神経変性疾患です。

主な症状

  • 1認知機能低下(記憶・実行機能・処理速度の低下)
  • 2てんかん発作(焦点性または全般性)
  • 3精神症状(うつ・感情制御困難・精神病様症状)
  • 4運動障害(痙性歩行・錐体路症状)
  • 5パーキンソン様症状(動作緩慢・筋強剛)
  • 6失語(語想起困難・理解障害)
  • 7MRIでの大脳白質広範変性と脳梁菲薄化
  • 8CTでの白質内石灰化(前頭葉優位)
  • 9失禁・嚥下障害(進行期)
  • 10急速な認知症への進行(数年単位)

原因・メカニズム

CSF1R変異によりミクログリアのコロニー刺激因子1(CSF1)および IL-34 シグナル伝達が障害され、ミクログリアの生存・分化・機能維持が失われます。ミクログリアは脳の常在免疫細胞として白質ホメオスタシス・髄鞘の維持・軸索保護を担いますが、その機能不全により神経軸索にスフェロイド(直径5〜50μmの球状異常構造)が形成され、脂褐素を含む色素沈着グリアが蓄積します。これらの変化が白質の広範な変性・線維化を引き起こし、認知機能・運動機能の進行性低下をもたらします。常染色体優性遺伝のため、変異アレルが1つあるだけで発症します。

診断

CSF1R遺伝子解析でヘテロ接合性病的変異を確認することで確定診断します(Konno T et al, 2018年診断基準)。MRIでは大脳白質のびまん性T2/FLAIR高信号と脳梁の菲薄化が特徴的であり、初期には前頭葉・頭頂葉白質に優位に見られます。頭部CTでは白質内の石灰化(前頭葉優位のびまん性または斑状)が確認されます。神経心理検査で前頭葉機能・処理速度の低下を評価します。家族歴(常染色体優性遺伝パターン:親・兄弟の若年認知症・白質疾患)の聴取が診断の重要な手がかりです。確定診断には専門施設(希少遺伝性神経疾患センター)への紹介が推奨されます。

治療・ケア

根治療法は現時点では確立していません。疾患修飾的治療として、造血幹細胞移植(HSCT)が発症初期(症状が軽度で日常生活に大きな支障がない時期)に実施された場合に疾患の進行を遅らせる可能性があります。てんかん発作には抗てんかん薬(バルプロ酸・レベチラセタムなど)を使用します。精神症状(うつ・興奮)には向精神薬が対症的に用いられます。運動障害・嚥下障害にはリハビリテーション(理学療法・言語聴覚療法)が重要です。遺伝カウンセリングが患者本人と家族全員に必要です。遺伝子治療・ミクログリア移植などの根本的治療の研究が進行中です。

予後・経過

発症から6〜12年で重篤な障害(寝たきり・高度認知症)に至ることが多いです。進行速度には個人差があり、てんかん重積や肺炎などの合併症が予後を悪化させます。造血幹細胞移植を早期に実施した症例では進行抑制の効果が報告されていますが、長期予後の詳細なデータは蓄積中です。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Konno T, Kasanuki K, Ikeuchi T, et al.Diagnostic criteria for adult-onset leukoencephalopathy with axonal spheroids and pigmented gliaEur J Neurol (2018)
  2. [2]Oyanagi K, Kinoshita M, Suzuki-Kouyama E, et al.Adult onset leukoencephalopathy with neuroaxonal spheroids and pigmented glia: an underestimated disease with simple assessment and potential biomarkersActa Neuropathol Commun (2017)

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