分類2血管性認知症10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

小血管病による認知症(ビンスワンガー病)とは?

脳の深部の白質が傷つく慢性的な認知症

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

木村俊夫さん(仮名・76歳)が高血圧と診断されたのは38歳の職場健診でした。「収縮期162 mmHg」という数値に医師は降圧薬を処方しましたが、俊夫さんはほとんど気にしませんでした。「自覚症状がない病気に薬を飲むのは抵抗がある」——錠剤を棚の奥に押し込んだ時期も長く続きました。 40代・50代を通じて薬を「飲んだり飲まなかったり」しながらも、仕事は元気にこなしていました。「食事は気をつけているつもり」と言いながらも、塩分制限はほとんどできておらず、外食の刺身定食に醤油をたっぷりかけるのが習慣でした。60代に入り、ようやく妻の澄子さんに毎朝薬を手渡されるようになって、血圧は収縮期170台から150台に下がりました——それでも「目標の130台」には遠い数字でした。 70歳を過ぎたころから歩き方が変わってきました。一歩一歩がすり足になり、歩幅が極端に狭くなる。「お酒でも飲んできたの?」と近所の人に言われるほど、バランスが悪くなりました。同時に物忘れが目立ち始め、5分前の話を忘れる、慣れた道でも迷う。 神経内科でMMSE(ミニメンタルステート検査)は22/30、前頭葉機能を評価するFAB(前頭葉評価バッテリー)は12/18でした。MRI FLAIR画像では大脳白質の3分の1以上が高信号域に変化しており、「著明な白質病変」と報告されました。NIHSSスコアは2(軽度の神経症状)でした。 担当医が最初に鑑別したのは正常圧水頭症(NPH)でした。「歩行障害・認知症・尿失禁」という三徴が重複していたためです。腰椎穿刺でタップテスト(脳脊髄液30mL排出)を施行しましたが、歩行速度も認知機能も改善しませんでした。NPHの除外とともに、Erkinjuntti基準(1987)・Hachinski虚血スコアによる評価が行われ、「ビンスワンガー病(皮質下動脈硬化性脳症)」の診断が確定しました。 診断後、降圧療法が抜本的に強化されました。ACE阻害薬(エナラプリル10mg/日)が追加され、「収縮期血圧を170台から130台へ」という目標が設定されました。3ヶ月後の外来で「収縮期132 mmHg」を達成した際、澄子さんは「これほど薬を守らせるのが大変だったことか」と苦笑いしました。 その半年後、トイレへの歩行中に転倒し、右股関節を骨折しました。手術・入院を経て認知機能が一気に悪化し、退院後もMMSEは22から16へと低下していました。術後のせん妄から立ち直るのに2ヶ月かかりましたが、リハビリテーションと家族の支援で緩やかに回復し、現在は歩行器を使いながらデイサービスに通えています。「骨折さえなければ」と澄子さんは今も思いますが、担当医の言葉——「入院・手術が認知症を悪化させることはよくあること。あなたが悪いわけではない」——が支えになっています。

基礎知識の解説

小血管病による認知症(ビンスワンガー病)とは

ビンスワンガー病(皮質下動脈硬化性脳症)は、長年の高血圧などによる脳深部の穿通枝(細小動脈)の動脈硬化が原因で、大脳白質が広範に虚血・脱髄する血管性認知症です。MRI FLAIR画像での大脳白質高信号域(白質の25%以上)が診断の根拠となり、認知症・小刻み歩行・尿失禁の三徴が典型的です。正常圧水頭症との鑑別が重要で、高血圧の厳格な管理が進行抑制の要です。

主な症状

  • 1緩徐に進行する認知機能低下(記憶・実行機能・処理速度が早期から障害)
  • 2小刻み歩行・すり足・開脚歩行(「磁石歩行」とも呼ばれる)
  • 3尿失禁(切迫性尿失禁が多い)
  • 4感情失禁(些細なことで泣いたり笑ったりする)
  • 5無関心・意欲低下・抑うつ
  • 6注意力・集中力の低下
  • 7言語の流暢性低下(言葉が出にくくなる)
  • 8構音障害(ろれつが回りにくい)
  • 9転倒リスクの増大(バランス障害による)
  • 10精神症状(幻覚・妄想は比較的少ない)

症状の進行

初期発症〜数年
  • 歩行が遅くなる・小股歩きになる

  • 意欲・自発性の低下(アパシー)

  • 処理速度の低下・集中力の低下

  • 頻尿・尿失禁が出始める

中期数年〜
  • 歩行障害が著明になり転倒リスクが高まる

  • 尿失禁が常時となる

  • 記憶・実行機能の明らかな低下

  • 感情失禁(些細なことで泣く・笑う)

  • 血圧管理・抗血小板薬が進行抑制に重要

後期重症化後
  • 高度認知症

  • 歩行不能・寝たきり

  • 嚥下障害・誤嚥性肺炎

  • 全面的な介護が必要

※ 進行速度・症状の現れ方は個人差が大きく、必ずしも順序通りに進むとは限りません。

原因・メカニズム

長年の高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙などにより、脳深部に分布する穿通枝(lenticulostriate arteries など)の血管壁に硝子様変性・線維素性壊死が生じます。血管内腔が狭小化・閉塞することで、大脳白質への慢性的な血流不足が持続します。白質の神経線維(軸索)は脱髄し、神経膠症(グリオーシス)に置き換わります。さらに高血圧による脳血流自動調節能の障害により、血圧が一時的に低下した際(夜間・起立時)にも虚血が生じやすくなります。前頭葉と深部構造を結ぶ白質路(前頭葉—皮質下回路)が選択的に障害されるため、実行機能・注意・歩行制御に影響が大きく出ます。急性の大梗塞ではなく、慢性的・進行性の微細な虚血変化が白質全体に蓄積するのがビンスワンガー病の特徴です。

診断

診断にはMRIのFLAIR画像が必須で、大脳白質の25%以上にわたる高信号域(白質病変)の存在がErkinjuntti基準(1987)の重要条件の一つです。Hachinski虚血スコアによるアルツハイマー病との鑑別も行います(スコア≥7で血管性認知症を強く示唆)。臨床的には長年の高血圧歴・認知症・小刻み歩行・尿失禁の三徴が揃っていることが手がかりとなります。正常圧水頭症(NPH)との鑑別が特に重要であり、腰椎穿刺によるタップテスト(髄液30〜50mL排出後の歩行・認知機能改善の有無を評価)が必要です。神経心理検査ではMMSEに加えFAB(前頭葉評価バッテリー)が実行機能障害の評価に有用です。

治療・ケア

根治療法はなく、危険因子の厳格な管理が最も重要な治療です。降圧療法の目標は収縮期130〜139 mmHgで、ACE阻害薬・ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)・Ca拮抗薬が第一選択薬です。ただし過度の降圧は白質への血流をかえって低下させる可能性があるため、段階的な降圧が推奨されます。糖尿病・脂質異常症の管理も並行して行います。認知症状に対してはコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル5〜10mg/日)が一部の患者に有効とする報告があります。リハビリテーション(歩行訓練・バランス訓練)が転倒予防に有効で、デイサービスなどを活用した機能維持も重要です。転倒・骨折が一気に認知機能を悪化させるため、歩行補助具の使用・住環境の整備(手すり設置・段差解消)が優先されます。

予後・経過

危険因子を適切に管理しなければ緩徐に進行します。高血圧の厳格な治療により進行を大幅に遅らせることが可能ですが、すでに生じた白質病変・神経損傷は回復しません。転倒・骨折・誤嚥性肺炎が予後を大きく悪化させます。入院・手術が認知症の急速な悪化を招くことがあり、術後せん妄への対応が重要です。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Erkinjuntti TSubcortical vascular dementiaCerebrovasc Dis (2002)
  2. [2]O'Brien JT, Erkinjuntti T, Reisberg B, et al.Vascular cognitive impairmentLancet Neurol (2003)
  3. [3]日本神経学会血管性認知症診療ガイドライン2017日本神経学会 (2017)
  4. [4]Chui HC, Victoroff JI, Margolin D, Jagust W, Shankle R, Katzman RCriteria for the diagnosis of ischemic vascular dementia proposed by the State of California Alzheimer's Disease Diagnostic and Treatment CentersNeurology (1992)

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