医療監修
Yuya Kobayashi, MD, PhD
認知症専門外来・在宅診療医
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小血管病による認知症(ビンスワンガー病)の重要ポイント
「長年の高血圧の脳への請求書」——30〜40代の血圧放置が70代のビンスワンガー病につながる
認知症・小刻み歩行・尿失禁の三徴がビンスワンガー病の典型——MRI FLAIR での白質病変で確認
正常圧水頭症(NPH)との鑑別が必須——タップテストで改善なければビンスワンガー病を強く疑う
降圧目標は130/80 mmHg未満——ACE阻害薬・ARBで段階的に管理する
転倒・骨折が認知症を一気に悪化させる——転倒予防が最優先の介護課題
コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル)が一部の患者に有効——認知症状の改善を試みる——ただし血管性認知症(本疾患を含む)への使用は保険適用外(適応外使用)
高血圧の管理を今から始めても進行を遅らせられる——「遅すぎる」ことはない
体験談・具体的な事例
長年の高血圧を放置してきた夫の歩き方が変わったことに気づいた妻の記録。
基礎知識の解説
小血管病による認知症(ビンスワンガー病)とは
ビンスワンガー病(皮質下動脈硬化性脳症)は、長年の高血圧などによる脳深部の穿通枝(細小動脈)の動脈硬化が原因で、大脳白質が広範に虚血・脱髄する血管性認知症です。MRI FLAIR画像での大脳白質高信号域(白質の25%以上)が診断の根拠となり、認知症・小刻み歩行・尿失禁の三徴が典型的です。正常圧水頭症との鑑別が重要で、高血圧の厳格な管理が進行抑制の要です。
主な症状
- 1緩徐に進行する認知機能低下(記憶・実行機能・処理速度が早期から障害)
- 2小刻み歩行・すり足・開脚歩行(「磁石歩行」とも呼ばれる)
- 3尿失禁(切迫性尿失禁が多い)
- 4感情失禁(些細なことで泣いたり笑ったりする)
- 5無関心・意欲低下・抑うつ
- 6注意力・集中力の低下
- 7言語の流暢性低下(言葉が出にくくなる)
- 8構音障害(ろれつが回りにくい)
- 9転倒リスクの増大(バランス障害による)
- 10精神症状(幻覚・妄想は比較的少ない)
症状の進行
歩行が遅くなる・小股歩きになる
意欲・自発性の低下(アパシー)
処理速度の低下・集中力の低下
頻尿・尿失禁が出始める
歩行障害が著明になり転倒リスクが高まる
尿失禁が常時となる
記憶・実行機能の明らかな低下
感情失禁(些細なことで泣く・笑う)
血圧管理・抗血小板薬が進行抑制に重要
高度認知症
歩行不能・寝たきり
嚥下障害・誤嚥性肺炎
全面的な介護が必要
※ 進行速度・症状の現れ方は個人差が大きく、必ずしも順序通りに進むとは限りません。
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原因・メカニズム
原因・メカニズム
長年の高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙などにより、脳深部に分布する穿通枝(lenticulostriate arteries など)の血管壁に硝子様変性・線維素性壊死が生じます。血管内腔が狭小化・閉塞することで、大脳白質への慢性的な血流不足が持続します。白質の神経線維(軸索)は脱髄し、神経膠症(グリオーシス)に置き換わります。さらに高血圧による脳血流自動調節能の障害により、血圧が一時的に低下した際(夜間・起立時)にも虚血が生じやすくなります。前頭葉と深部構造を結ぶ白質路(前頭葉—皮質下回路)が選択的に障害されるため、実行機能・注意・歩行制御に影響が大きく出ます。急性の大梗塞ではなく、慢性的・進行性の微細な虚血変化が白質全体に蓄積するのがビンスワンガー病の特徴です。
診断
診断
診断にはMRIのFLAIR画像が必須で、大脳白質の25%以上にわたる高信号域(白質病変)の存在がErkinjuntti基準(2000年)の重要条件の一つです。Hachinski虚血スコアによるアルツハイマー病との鑑別も行います(スコア≥7で血管性認知症を強く示唆)。臨床的には長年の高血圧歴・認知症・小刻み歩行・尿失禁の三徴が揃っていることが手がかりとなります。正常圧水頭症(NPH)との鑑別が特に重要であり、腰椎穿刺によるタップテスト(髄液30〜50mL排出後の歩行・認知機能改善の有無を評価)が必要です。神経心理検査ではMMSEに加えFAB(前頭葉評価バッテリー)が実行機能障害の評価に有用です。
治療・ケア
治療・ケア
根治療法はなく、危険因子の厳格な管理が最も重要な治療です。降圧療法の目標は130/80 mmHg未満で、ACE阻害薬・ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)・Ca拮抗薬が第一選択薬です。ただし過度の降圧は白質への血流をかえって低下させる可能性があるため、段階的な降圧が推奨されます。糖尿病・脂質異常症の管理も並行して行います。認知症状に対してはコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル5〜10mg/日)が一部の患者に有効とする報告がありますが、血管性認知症(本疾患を含む)への使用は保険適用外(適応外使用)です。リハビリテーション(歩行訓練・バランス訓練)が転倒予防に有効で、デイサービスなどを活用した機能維持も重要です。転倒・骨折が一気に認知機能を悪化させるため、歩行補助具の使用・住環境の整備(手すり設置・段差解消)が優先されます。
予後・経過
予後・経過
危険因子を適切に管理しなければ緩徐に進行します。高血圧の厳格な治療により進行を大幅に遅らせることが可能ですが、すでに生じた白質病変・神経損傷は回復しません。転倒・骨折・誤嚥性肺炎が予後を大きく悪化させます。入院・手術が認知症の急速な悪化を招くことがあり、術後せん妄への対応が重要です。
似た症状の疾患との違い
似た症状の疾患との違い
| 疾患名 | 見分け方のポイント |
|---|---|
| 多発梗塞性認知症 | 皮質・皮質下の複数の梗塞巣により階段状かつ局所神経症状を伴って進行するのに対し、ビンスワンガー病は皮質病変を伴わない広範かつびまん性の深部白質病変を背景に緩徐進行性の経過をとる。 |
| CADASIL | CADASILは30~50歳代の若年発症で常染色体優性の家族歴、前兆を伴う片頭痛、NOTCH3遺伝子変異を特徴とし、MRIでは側頭極や外包に病変が及ぶ。ビンスワンガー病は孤発性で高齢発症、高血圧歴が中心的な危険因子である。 |
| 正常圧水頭症 | 歩行障害・認知機能低下・尿失禁の三徴は共通するが、正常圧水頭症は脳萎縮に不釣り合いな脳室拡大(Evans indexの上昇)を示し髄液タップテストで症状改善がみられる点で、広範な白質病変と高血圧歴を特徴とするビンスワンガー病と区別される。 |
| アルツハイマー型認知症 | アルツハイマー型認知症は記憶障害(特に近時記憶)が初発かつ中心的で緩徐進行するが、高血圧などの血管危険因子や歩行障害・尿失禁の早期出現は目立たず、MRIでは海馬・側頭葉内側の萎縮が主体で広範な白質病変は特徴的でない(ただし両者は合併し混合型認知症を呈することもある)。 |
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