分類3感染症によるもの10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

脳膿瘍とは?

細菌感染による脳の膿の塊が引き起こす障害

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

松本博志さん(仮名・49歳)は、静岡県の中堅食品メーカーで品質管理部長を務めるまじめな技術者でした。スポーツジムに通い体を鍛えることが趣味で、妻と中学生の息子の3人暮らし。「歯医者は怖いから」と言いながら、右下奥歯の虫歯を5年以上放置していました。 ある冬、「いつもと違う頭痛」が始まりました。朝起きると頭の左側が締め付けられるように痛く、市販の鎮痛薬では和らがない。2〜3日後には38.5℃の発熱が出ました。「風邪が長引いている」と思って職場を休んでいましたが、1週間後から右手が思うように動かなくなり、言葉が途中で止まるようになりました。妻に促されて救急外来を受診しました。 救急室でのトリアージ後、即日に頭部CTが撮影されました。左前頭葉に直径約3.5cmの低吸収域と周囲の脳浮腫が確認されました。造影CT・MRIでは病変の中心が低信号、辺縁が均一なリング状の造影増強を示す「リングサイン」が鮮明でした。拡散強調画像(DWI)では内部に高信号(粘稠な膿を示唆)が確認されました。担当医から「脳膿瘍が強く疑われます。早急に手術が必要です」と告げられました。 緊急開頭手術が施行されました。術中に約15mLの黄緑色の膿が排出されました。膿の培養検査では口腔内常在菌である Streptococcus milleri グループ(Streptococcus intermedius)が検出されました。担当医から「虫歯の歯根周囲に炎症があり、そこの菌が血液に乗って脳に到達した可能性が高い」と説明を受けました。術後はセフトリアキソン(2g・1日2回静注)とメトロニダゾール(500mg・1日3回静注)を6週間投与しました。 術後2週間で右手の動きはほぼ回復し、言語も改善してきました。ただし、退院後も集中力の低下・短期記憶のもたつき・疲労感が残りました。外来フォローの神経心理検査(MMSE 26点、Trail Making Test B でエラー増加)では、前頭葉機能の軽度低下が確認されました。作業療法士によるリハビリが週2回開始されました。 術後3ヶ月の頭部MRIでは膿瘍腔は消失し、小さな嚢胞変化のみとなりました。抗菌薬は内服(アモキシシリン)に切り替えてさらに4週間継続後に終了しました。博志さんは「歯医者に行かなかったせいで、こんなことになった」と今でも悔やんでいます。退院前に歯科口腔外科を受診し、感染源だった右下奥歯の抜歯と周囲の清掃処置を受けました。 術後6ヶ月で品質管理部長の職務に復帰しました。「数字を追う集中力がまだ100%ではない」と博志さんは言いますが、職場の理解を得ながら少しずつ業務を拡大しています。「口の中の菌が脳に届くなんて、誰も教えてくれなかった。歯科検診を毎年受けることが、こんなに大事だとは思わなかった」というのが、博志さんが周囲に伝え続けているメッセージです。

基礎知識の解説

脳膿瘍とは

脳膿瘍は、細菌・真菌・原虫などの病原体が脳実質内に感染し、膿(うみ)が貯留した重篤な感染症です。年間発生率は人口10万人あたり約0.3〜1.3件で、あらゆる年齢に生じますが、男性・免疫低下者に多いとされます。感染経路は口腔・副鼻腔・耳からの直接波及、または歯科処置・心内膜炎・肺膿瘍からの血行性播種です。急性〜亜急性の頭痛・発熱・局所神経症状(麻痺・失語・てんかん発作)が三主徴ですが、免疫低下患者では発熱が乏しいこともあります。適切な外科的ドレナージと長期抗菌薬治療により死亡率は低下していますが、認知機能障害・てんかんなどの後遺症が残ることがあります。

主な症状

  • 1頭痛(急性〜亜急性、市販鎮痛薬で改善しない頑固な頭痛)
  • 2発熱(感染のある例。免疫低下では発熱が乏しい場合もある)
  • 3局所神経症状:片側の運動麻痺・感覚障害
  • 4言語障害(失語・構音障害)
  • 5てんかん発作
  • 6意識障害・傾眠(重篤例)
  • 7認知機能低下・集中力障害(後遺症として残ることがある)
  • 8人格変化・実行機能障害(前頭葉病変)
  • 9悪心・嘔吐(頭蓋内圧亢進による)
  • 10頸部硬直(髄膜炎を合併した場合)

原因・メカニズム

脳膿瘍の形成は段階的に進みます。①感染初期(1〜3日):局所の脳炎(cerebritis)として始まり、好中球・リンパ球の浸潤と組織壊死が生じます。②早期膿瘍形成(4〜9日):中心部の壊死・液状化が進み、膿腔が形成されます。③被膜形成(10日以降):膿瘍周囲に線維性被膜が形成され、境界明瞭なリング状構造が完成します。④被膜成熟(2〜3週以降):被膜の強化とともに、周囲の脳浮腫・頭蓋内圧上昇が症状を増悪させます。

感染経路は主に3つです。①口腔・副鼻腔・耳の感染巣からの直接波及(歯根膿瘍・副鼻腔炎・中耳炎)、②血行性播種(感染性心内膜炎・肺膿瘍・歯科処置後の菌血症)、③外傷・神経外科手術後(医原性・穿通性頭部外傷)。免疫低下状態(HIV 感染・臓器移植・長期ステロイド使用・血液悪性腫瘍)では、真菌(アスペルギルス・クリプトコッカス)や原虫(トキソプラズマ)による脳膿瘍にも注意が必要です。

診断

造影MRI(拡散強調画像 DWI を含む)が最も感度・特異度が高く、第一選択です。DWI での膿瘍内部の高信号(膿の粘稠性を反映)は脳腫瘍との鑑別に有用で、脳腫瘍の壊死巣は DWI で低信号となることが多いです。T1 造影像での均一なリング状増強効果、T2/FLAIR での周囲浮腫が特徴的です。

脳腫瘍(転移性脳腫瘍・グリオブラストーマ)との鑑別が最重要であり、不確実な場合は脳生検または穿刺ドレナージで病理・培養を確認します。血液検査では炎症マーカー(WBC 上昇・CRP 上昇・PCT 上昇)を評価しますが、正常値でも脳膿瘍を除外できません。膿の培養検査で起因菌を同定し、薬剤感受性試験で抗菌薬を選択します。感染源(口腔・耳・鼻・心臓・肺)を全例で体系的に検索することが重要です(心エコー・胸部CT・歯科口腔外科評価)。

治療・ケア

外科的ドレナージ(開頭膿瘍摘除術または CT ガイド下定位的穿刺ドレナージ)が治療の基本です。直径 2.5cm 以上の成熟膿瘍では外科的ドレナージが推奨されます。定位的穿刺ドレナージは低侵襲で深部病変や多発病変にも適応できます。

抗菌薬は起因菌が判明するまでは経験的治療として、セフトリアキソン(2g・1日2回静注)+メトロニダゾール(500mg・1日3回静注)を組み合わせるのが標準的です(グラム陽性菌・嫌気性菌のカバー)。起因菌が判明次第、感受性に基づいてデエスカレーションします。静注抗菌薬の投与期間は通常4〜8週間で、その後経口薬に切り替えてさらに4〜8週間継続します。ステロイド(デキサメタゾン)は浮腫・頭蓋内圧亢進の軽減に用いますが、被膜形成を妨げる可能性があり慎重に使用します。てんかん発作には抗てんかん薬(レベチラセタム等)を投与します。

予後・経過

適切な治療を受けた場合の死亡率は現在5〜15%程度に低下していますが(重篤例・免疫低下者では高い)、後遺症が残ることが多いです。主な後遺症はてんかん(術後に20〜70%で生じ、長期抗てんかん薬管理が必要)、認知機能障害(注意・実行機能・記憶の低下)、運動麻痺・言語障害です。後遺症の程度は膿瘍の大きさ・部位・発見時の神経学的状態によって異なります。感染源の根本的な治療(口腔・耳・鼻・心臓)を行わないと再発リスクが残るため、原因精査が治療と並んで必須です。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Brouwer MC, Coutinho JM, van de Beek D.Clinical characteristics and outcome of brain abscess: systematic review and meta-analysisNeurology (2014)
  2. [2]Sonneville R, Ruimy R, Benzonana N, et al.An update on bacterial brain abscess in immunocompetent patientsClin Microbiol Infect (2017)
  3. [3]Rath TJ, Hughes M, Arabi M, Shah GV.Imaging of cerebritis, encephalitis, and brain abscessNeuroimaging Clin N Am (2012)

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