分類3感染症によるもの10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

ライム病とは?

マダニ媒介の細菌感染による神経症状

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体験談・具体的な事例

三浦康介さん(仮名・41歳)は北アルプスを主な仕事場とする山岳ガイドでした。20代から山に入り続け、ガイド歴15年。夏は毎週のように入山し、秋の紅葉シーズンには週3〜4回グループを引率していました。山に関する知識と体力には自信があり、「まだまだ現役で続けられる」と思っていました。 最初に気になる発疹が出たのは、3ヶ月前の夏山シーズンのことでした。右大腿部に直径10cmほどの輪状の発疹ができました。赤い境界が外側に広がるような形でしたが、かゆみも痛みもなかったため「虫刺されが広がっただけだろう」と放置しました。ガイドの仕事には毎日マダニとの接触がついて回ります。今さら気にしていてはきりがない——そう思っていました。 9月の繁忙期が終わったころから、康介さんは体の不調を感じ始めました。朝起きると全身がだるく、膝と肩の関節が痛みました。頭痛も続いていました。「シーズンの疲れが出た」と思い、栄養ドリンクを飲んでやり過ごしていましたが、11月になっても改善しませんでした。 決定的な変化は認知機能に出始めました。よく知っているはずの登山ルートを地図なしで思い出せなくなり、グループ予約客の名前や出発時刻の管理でミスが増えました。「最近どうした?記憶力が落ちてないか?」と同僚に言われたことで、康介さんは初めてかかりつけの内科を受診しました。 「マダニに刺されたことはありますか?」と医師に聞かれ、「しょっちゅうです」と答えました。先ほどの右大腿部の発疹の話をすると、医師はすぐにライム病の血液検査を指示しました。ELISA法でボレリア抗体陽性、Western blot法でIgM・IgGの両バンド陽性が確認されました。その後の髄液検査では、WBC 14/μL(リンパ球優位)、ボレリア抗体の髄腔内産生陽性——「神経ライム病」の確定診断でした。 セフトリアキソン2g/日の静脈内投与が3週間行われました。2週間後には倦怠感と関節痛は約70%改善しましたが、認知機能の「もや(ブレインフォグ)」は依然として残っていました。担当医は「治療後ライム病症候群(PTLDS)として、思考のもやが3〜6ヶ月続くことがあります」と説明しました。長期抗菌薬は推奨されておらず、対症療法と経過観察が方針となりました。 翌年の繁忙期(8〜10月)はグループ引率の回数を減らし、個人ガイドから仕事を再開しました。現在は入山後に全身のダニ確認を習慣化し、ペットも山から帰るたびにチェックします。「右太ももの発疹がライム病のサインだったとは思いもしなかった。もっと早く受診していれば」と康介さんは山の仲間たちに話し続けています。

基礎知識の解説

ライム病とは

ライム病は、Borrelia burgdorferi(ボレリア・ブルグドルフェリ)を媒介するマダニに刺されることで感染する人獣共通感染症です。初期の特徴的な皮膚症状(遊走性紅斑)を見逃した場合、数週〜数ヶ月後に神経系・心臓・関節に病変が及びます。神経ライム病では認知機能障害・髄膜炎・脳炎・末梢神経障害が起きます。日本では北海道・長野・東北での報告が多く、野外活動従事者に注意が必要です。適切な抗菌薬治療で多くは改善しますが、治療後も症状が残るPTLDSが課題です。

主な症状

  • 1初期(局所型):遊走性紅斑——ダニ刺咬後3〜30日での輪状赤色皮疹(中心が薄く外縁が赤い)
  • 2初期:発熱・倦怠感・頭痛・筋肉痛・関節痛(インフルエンザ様症状)
  • 3播種期:顔面神経麻痺(両側性のことがある)
  • 4播種期:神経根炎(Bannwarth症候群)——激烈な放散痛・知覚障害
  • 5後期(神経ライム):認知機能障害(記憶・注意・処理速度の低下)
  • 6後期:ブレインフォグ(思考のもや・集中困難)
  • 7後期:末梢神経障害(手足のしびれ・疼痛・感覚低下)
  • 8後期:脳炎・髄膜炎(頭痛・髄膜刺激症状)
  • 9後期:ライム関節炎(大関節、特に膝関節の腫脹・疼痛)
  • 10後期:心臓伝導障害(房室ブロック)

原因・メカニズム

Borrelia burgdorferiはOspA・OspCなどの外表面タンパクを発現し、宿主の補体活性化や抗体依存性溶菌を回避します。マダニが吸血する際(通常24〜36時間以上の吸血で感染リスクが高まる)にボレリア菌が皮膚に注入され、遊走性紅斑を形成しながら血流・リンパ路で全身に播種します。神経系への侵入では血液脳関門の機能変化を利用して中枢神経系に入り、グリア細胞(ミクログリア・アストロサイト)の活性化と炎症性サイトカイン(IL-6・TNFα)の産生を誘発します。慢性神経炎症が神経細胞・軸索の障害を引き起こし、認知機能・疲労・疼痛の原因となります。治療後ライム病症候群(PTLDS)の機序は完全に解明されていませんが、持続する免疫反応・神経炎症・神経回路の可塑性変化が関与すると考えられています。

診断

CDC 2019 推奨の二段階検査法が標準です。まずEIA(enzyme immunoassay)でスクリーニングを行い(感度90%・特異度95%)、陽性または陰性ボーダーラインの場合にWestern blot(IgM・IgG)で確認します。IgMは感染後2〜4週から、IgGは4〜6週から陽性化します。神経ライム病が疑われる場合は脳脊髄液検査が必要であり、CSFのボレリア抗体・髄腔内抗体産生(intrathecal antibody production)の確認が診断基準となります。MRIでは白質変化・脳炎が認められることがありますが感度は低く、正常でも除外できません。遊走性紅斑がある場合は典型的な外観(5cm以上の輪状紅斑)と野外活動歴があれば抗体検査なしで臨床診断が可能です(抗体は感染初期は陽性化していないため)。皮膚生検でPCRによるボレリア検出も可能です。

治療・ケア

早期局所型(遊走性紅斑のみ):ドキシサイクリン100mg 1日2回×21日が第一選択です(アモキシシリン500mg 1日3回×21日も可)。神経ライム病:セフトリアキソン2g/日 静脈内投与×14〜28日が標準治療です。播種期・Bannwarth症候群にもセフトリアキソンまたはドキシサイクリン経口(200〜400mg/日)が用いられます。治療後ライム病症候群(PTLDS):長期抗菌薬投与は推奨されておらず、疲労・疼痛・認知症状に対する対症療法が主体です。予防:DEET(ジエチルトルアミド)30%以上含有の虫よけ剤、長袖・長ズボンの着用、帰宅後の全身ダニ確認、刺咬を発見した場合は24〜36時間以内の早期除去が感染予防に重要です。禁忌:ライム病確定前の長期予防的抗菌薬投与は耐性菌リスクがあるため推奨されません。

予後・経過

早期局所型の抗菌薬治療では90%以上が完全回復します。神経ライム病は治療後も認知機能の「もや」・疲労感が数ヶ月続くことがありますが、多くは1年以内に改善します。PTLDSは2〜6ヶ月で改善することが多いですが、5〜10%は症状が長期間持続します。治療開始が遅れるほど、また神経系への侵入が起きた後ほど回復に時間がかかります。日本では年間50〜100例の報告がありますが、見逃しによる神経症状への進行が問題です。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Sanchez JLClinical manifestations and treatment of Lyme diseaseClin Lab Med. 2015;35(4):765-778 (2015)
  2. [2]Wormser GP, et al.The clinical assessment, treatment, and prevention of lyme disease, human granulocytic anaplasmosis, and babesiosis: Clinical practice guidelines by the Infectious Diseases Society of AmericaClin Infect Dis. 2006;43(9):1089-1134 (2006)
  3. [3]Logigian EL, et al.Chronic neurologic manifestations of Lyme diseaseN Engl J Med. 1990;323(21):1438-1444 (1990)
  4. [4]国立感染症研究所ライム病診療の手引き2020感染症情報センター, 2020 (2020)

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