分類4代謝・内分泌・栄養の異常10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

透析認知症(アルミ中毒など)とは?

透析治療に伴うアルミニウム蓄積による脳障害

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体験談・具体的な事例

杉田光男さん(仮名・65歳)は埼玉県で金属加工業を営んでいた男性です。30代に1型糖尿病と診断され、50代半ばから腎不全が進行し血液透析を開始しました。「透析さえすれば普通に生活できる」と信じていた光男さんは、週3回の透析を10年間、一度も欠かさず続けてきました。妻の節子さん(仮名・62歳)も「主人は几帳面で、薬も指示通りにきちんと飲むタイプでした」と話します。 変化が始まったのはある冬のことでした。透析室の担当看護師が「最近、しゃべり方が少しおかしい。途中でどもるような感じがある」と気づき、主治医に報告しました。光男さん自身も「口がうまく動かない感じがする。ろれつが回りにくい」と訴え始めていました。透析中と透析終了後の数時間に特に症状が強く、安静時には比較的軽快する傾向がありました。その後、安静時にも手や足のぴくつき(ミオクローヌス)が出現するようになりました。 認知機能検査(MMSE)を実施すると23点(3ヶ月前は28点)と有意な低下が認められました。光男さんの妻も「夕食の材料を買いに行っても半分忘れて帰ってくることが増えた」と報告しました。血清アルミニウム濃度を測定したところ、186μg/L(基準値:5μg/L以下)と著明な高値を示しました。デスフェラール(デフェロキサミン)負荷試験では試験後に尿中アルミニウム排泄量が著増し、体内のアルミニウム蓄積が確認されました。脳波では前頭葉優位の徐波と棘波複合が認められました。「透析認知症(アルミニウム脳症)」の診断でした。 詳細な問診で、光男さんが過去に胃酸過多・消化管潰瘍の症状に対して、市販のアルミニウム含有制酸薬(水酸化アルミニウムゲル製剤)を10年近く使用していたことが判明しました。透析患者では腎臓からのアルミニウム排泄が不可能なため、経口摂取されたアルミニウムがそのまま体内に蓄積し続けていたのです。1976年にAlfrey ACらがN Engl J Medに報告した「透析脳症とアルミニウム蓄積の関連」を示した論文の症例と類似したものでした。 デフェロキサミン(DFO)によるアルミニウムキレート療法を開始しました。DFO投与後の透析でアルミニウムを除去するプロトコルを繰り返した結果、6ヶ月後の血清アルミニウム値は38μg/Lまで低下しました。構音障害の進行は止まりましたが、すでに生じた神経障害(ろれつの乱れ、認知機能の一部)は残存しました。主治医は「早期に気づいてキレート療法を始めることができたため、さらなる進行は防げました」と説明しました。 節子さんは「あの時、看護師さんが気づいてくれなかったら、もっと悪くなっていたと思います」と振り返ります。「透析患者はアルミニウム含有の薬を絶対に飲んではいけないということを、退院後に初めて知りました。主人も知りませんでした」。 現在、光男さんは透析を継続しながら、アルミニウム含有薬品・食品添加物を徹底的に避ける生活を送っています。ミオクローヌスと軽度の構音障害は残存していますが、進行は認められません。「この病気は現代では起きにくくなっていると聞きました。でも透析患者には今でも注意が必要なことがある。それを伝えたい」と光男さんは言います。

基礎知識の解説

透析認知症(アルミ中毒など)とは

透析認知症(透析脳症・アルミニウム脳症)は、長期透析患者でアルミニウムが脳・骨などに蓄積することにより生じる進行性の神経障害です。主要症状は構音障害(どもり・ろれつ困難)・ミオクローヌス・てんかん発作・認知機能低下・人格変化であり、透析中〜後に症状が増悪する傾向があります。過去にはアルミニウム含有制酸薬や低品質の透析液が原因で多発しましたが、透析液の高度精製とアルミニウム含有薬剤の禁忌徹底により現在は著しく減少しています。早期発見と血清アルミニウムモニタリングが引き続き重要です。

主な症状

  • 1構音障害(ろれつ困難・どもり・言語の乱れ)——透析中〜後に増悪
  • 2ミオクローヌス(四肢・顔面のぴくつき・不随意運動)
  • 3てんかん発作(ミオクローヌス発作・全般発作)
  • 4認知機能低下(記憶・判断力・実行機能の低下)
  • 5歩行障害・小脳性運動失調
  • 6人格変化・易怒性・脱抑制
  • 7幻覚・幻視(進行例)
  • 8書字障害・失語(進行例)
  • 9透析中〜後の症状増悪パターン(特徴的な経過)
  • 10無治療では数ヶ月〜数年の進行性悪化

原因・メカニズム

アルミニウム(Al)は腸から吸収されると正常な腎臓から速やかに排泄されますが、透析患者では腎排泄機能が失われているため、経口摂取・透析液からの吸収により体内に蓄積し続けます。骨・肝臓・脳などの組織に高濃度で沈着し、特に脳内ではシナプス部位・ニューロンの細胞骨格(神経微小管・神経細線維)に沈着します。アルミニウムは①コリン作動性神経伝達の障害、②エネルギー代謝(ヘキソキナーゼ・ATPase)の阻害、③酸化ストレスの誘発、④DNAの転写阻害を通じて神経細胞を障害・死滅させます。Alfrey ACら(1976年)が最初に透析患者の脳灰白質にアルミニウムが正常の10〜20倍蓄積していることを報告し、透析脳症との関連を示しました。

診断

日本透析医学会アルミニウム中毒ガイドラインに準拠して診断します。血清アルミニウム濃度の著明な上昇(正常:5μg/L以下、透析認知症の診断的水準:60μg/L以上、典型例:100μg/L以上)が診断の主要根拠です。デフェロキサミン(DFO)負荷試験(DFO 5mg/kg静注後の48時間尿中アルミニウム排泄量が150μg以上)でアルミニウム蓄積を確認します。アルミニウム含有薬(制酸薬・一部のリン吸着薬)の服用歴・透析液のアルミニウム含有量を確認します。脳波では前頭葉・側頭葉優位の徐波・棘徐波複合が特徴的です。頭部MRIで構造的疾患(脳血管障害・腫瘍)を除外します。尿毒症性脳症・ウェルニッケ脳症・その他の代謝性脳症との鑑別を行います。

治療・ケア

アルミニウム含有薬品(水酸化アルミニウム含有制酸薬・一部のリン吸着薬)の即時中止が最重要です。デフェロキサミン(DFO:鉄・アルミニウムキレート剤)によるアルミニウムキレート療法が症状の進行抑制に有効です。DFO投与後の透析(通常の透析または高効率透析)でアルミニウムを体外に除去します。DFOの副作用(視神経炎・低血圧・ムコール症のリスク)を考慮して適切なモニタリングのもとで使用します。対症療法として抗てんかん薬(バルプロ酸・クロナゼパム:ミオクローヌス・てんかん発作の抑制)を使用します。すでに生じた神経障害の回復は限定的であり、予防こそが最善の治療です。

予後・経過

透析認知症は無治療では進行性であり、発症後に治療しなければ数ヶ月〜数年で死亡します。早期発見・DFOキレート療法の開始で進行を止められる場合がありますが、神経障害の回復は部分的にとどまります。血清アルミニウム値を適切に管理し、アルミニウム含有薬品を回避することで発症そのものを防ぐことができます。現代の透析管理(透析液の超純水化・アルミニウム含有薬の禁忌化)により本疾患の発症は著しく減少しており、定期的な血清アルミニウムモニタリングが引き続き推奨されます。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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公開日:

参考文献

  1. [1]Alfrey AC, LeGendre GR, Kaehny WD.The dialysis encephalopathy syndrome: possible aluminum intoxicationThe New England Journal of Medicine (1976)
  2. [2]Sherrard DJ, Walker JV, Boykin JL.Precipitation of dialysis dementia by deferoxamine treatment of aluminum-related bone diseaseAmerican Journal of Kidney Diseases (1988)
  3. [3]Ferreira MA.Diagnosis of aluminum toxicityNephrology Dialysis Transplantation (2003)

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