分類1変性性認知症10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

前頭側頭型認知症(ピック病)とは?

人格変化や言語障害が先行する認知症

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

植田健二さん(仮名・58歳)は中堅企業の営業部長として、部下から慕われる穏やかな人物でした。変化は54歳のころから始まりました。 最初に気づいたのは同僚の田村さんでした。打ち合わせ中に健二さんが突然、取引先のことを「あいつは馬鹿だ」と口走ったのです。温厚だった人がなぜ——驚いた田村さんが妻の由紀子さんに相談すると、「家でも最近おかしい」という答えが返ってきました。 健二さんは食事の習慣が変わり、甘い物ばかり食べたがるようになりました。毎朝コンビニに行っては同じ菓子パンを3個買う。それが一種の「儀式」となり、順序を変えると激しく怒ります。仕事の失敗を指摘されても「何が問題なの?」と悪びれません。自分の行動がどう見られているかへの関心が、すっかり失われているようでした。 神経内科を受診し、神経心理検査が行われました。FAB(前頭葉機能検査)のスコアは10/18と著明に低下しており、ワーキングメモリ・概念化・自己制御の項目で特に失点が多い結果でした。一方、MMSE(ミニメンタルステート検査)は27点と比較的保たれており、「記憶はある程度保たれているのに、社会的判断力や自制心が大きく損なわれている」という解離が明確でした。「社会的認知の障害が先行するのが、この疾患の特徴です」と医師は説明しました。 MRI検査では、前頭葉と側頭葉が左右ほぼ対称に萎縮しており、頭頂葉と海馬は比較的保たれているという所見でした。「アルツハイマー病では海馬が最初に萎縮しますが、この患者さんは前頭葉・側頭葉の萎縮パターンです」と読影した医師が説明しました。Rascovsky et al. 2011 の診断基準(行動変容型FTDの中核症状:脱抑制・無関心・常同行動・食習慣変化・実行機能低下・認知的硬直のうち3つ以上)を満たすことが確認され、診断は「前頭側頭型認知症(行動変容型、bvFTD)」でした。 担当医はSSRI(フルボキサミン 50mg/日)を試みました。「食欲の変化や衝動性に一定の効果が期待できる場合があります」と説明を受けましたが、実際には食欲亢進への効果は限定的で、3か月後に中止しました。「この病気には確立した薬物療法がなく、行動・環境の構造化が主な対応になります」という現実を、由紀子さんはゆっくりと受け入れていきました。 由紀子さんにとって最もつらかったのは、夫が「他人」になっていくような感覚でした。記憶は比較的保たれているのに、「人」としての核心部分が変わってしまった。専門家はこれを「曖昧な喪失(ambiguous loss)」と呼ぶ——「夫を亡くしていない、でも夫はいない」という感覚です。悲嘆とも怒りとも違う、名前のつけにくい痛みでした。 障害年金の申請は、子ども2人も加えた家族全員での会議で決断しました。健二さんはその場でも甘い物を食べながら「何で話し合いをしてるの?」と聞いていました。由紀子さんは「夫の前で書類を書きながら、なぜか許してもらっているような気がした」と振り返ります。健二さんは現在、就労継続支援B型施設に通い、毎日一定のルーティンの中で過ごしています。介護者家族の集まりで出会った仲間が、今の由紀子さんの支えになっています。

基礎知識の解説

前頭側頭型認知症(ピック病)とは

前頭側頭型認知症(FTD)は、前頭葉・側頭葉の神経細胞が変性・脱落する疾患で、65歳未満の若年性認知症の中では最多クラスの一つです。記憶障害よりも先に人格変化・行動異常・言語障害が前面に出ることが特徴で、アルツハイマー型とは異なる経過をたどります。主要な亜型として行動変容型(bvFTD)・意味性認知症(SD)・進行性非流暢性失語(PNFA)があります。罹患率は人口10万人あたり約15〜22人と推定されます。

主な症状

  • 1社会的に不適切な行動(無礼・衝動的言動・性的逸脱・他者への共感の喪失)
  • 2脱抑制(場を読まない言動、人前での行動制御の失敗)
  • 3無関心・感情の平板化・意欲の喪失(アパシー)
  • 4常同行動(同じ行動・言葉・ルートの繰り返し)
  • 5食習慣の変化(甘い物への偏り・過食・食物の盗み食い・異食)
  • 6実行機能障害(計画・段取り・柔軟な切り替えの困難)
  • 7言語の流暢性低下・語想起障害(言語型で前景)
  • 8認知的硬直(やり方を変えることへの強い抵抗)
  • 9記憶は比較的保たれる(初期:エピソード記憶が損なわれにくい)
  • 10自己認識の障害(病識の乏しさ・自分の変化に気づかない)

症状の進行

初期発症〜数年
  • 性格・行動が急に変わる(無遠慮・脱抑制)

  • 同じ行動・言葉を繰り返す(常同行動)

  • 食べ物の好みが変わる・過食が増える

  • 感情が平板になり共感が乏しくなる

中期3〜8年
  • 言葉が出にくくなる・会話の理解が低下する

  • 社会的に不適切な言動が増える

  • 日常生活の管理(金銭・服薬)が困難

  • 運動症状(動作の遅さ・筋固縮)が現れることも

後期発症後7年以降
  • ほぼ無言・コミュニケーション困難

  • 嚥下障害・誤嚥性肺炎のリスク

  • 歩行困難・寝たきり

  • 全面的な介護が必要

※ 進行速度・症状の現れ方は個人差が大きく、必ずしも順序通りに進むとは限りません。

原因・メカニズム

前頭側頭型認知症の病理的基盤は多様です。TDP-43タンパク質の封入体(FTLD-TDP)が最も多く、GRN(グラニュリン)遺伝子変異およびC9orf72のGGGGCC六塩基リピート拡大(欧米での主要な遺伝子変異:全bvFTDの約20〜25%)が関与します。C9orf72変異はFTD-ALS(運動ニューロン病合併型)との強い関連があります。MAPT遺伝子変異によるタウ病理(FTLD-tau)は家族性FTDの重要な原因です。FUS(肉腫融合)タンパク質の封入体(FTLD-FUS)は比較的稀です。

前頭葉-尾状核-視床回路(前頭-線条体回路)の障害が行動抑制の喪失・衝動性・常同行動の基盤となります。眼窩前頭皮質・前帯状回の変性が共感・社会的判断の障害と深く関連します。アセチルコリン系への影響はアルツハイマー病に比べて少なく、ドーパミン系・セロトニン系の障害が行動・感情調節に大きく関与します。

診断

Rascovsky et al. 2011(Brain誌)が提唱したbvFTD診断基準では、行動変容の6つの中核症状(①脱抑制、②無関心/アパシー、③共感/感情移入の喪失、④常同/強迫/儀式的行動、⑤食習慣の変化/口唇傾向、⑥実行機能障害)のうち3つ以上を認めることが「probable bvFTD」の要件です。MRIで前頭葉・側頭葉の萎縮(特にアルツハイマーで萎縮が早い海馬や頭頂葉が相対的に保たれる)、FDG-PETで前頭葉・前部帯状回の代謝低下を確認します。

神経心理検査では前頭葉機能評価(FAB: Frontal Assessment Battery、WCST: ウィスコンシンカード分類テスト)の低下が特徴的です。血液・髄液検査はアルツハイマー病の除外に用います。家族歴がある場合は遺伝子検査(C9orf72・GRN・MAPT)を検討します。DATスキャン・MIBGシンチはレビー小体病との鑑別補助に使用します。

治療・ケア

根治療法はなく、対症療法が中心です。衝動性・常同行動・食欲亢進に対してSSRI(フルボキサミン 50〜150mg/日、またはエスシタロプラム 10〜20mg/日)が有効な場合があります。ただし効果には個人差が大きく、全例で著効するわけではありません。

コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル・リバスチグミン等)はFTDには有効でなく、むしろ前頭葉機能の脱抑制を悪化させる可能性があるため、原則として使用を避けます。非定型抗精神病薬(クエチアピン等)は易怒性・攻撃性に限定的に使用されることがありますが、副作用リスクとのバランスを慎重に評価します。

行動・環境の構造化(毎日同じルーティン・予測可能なスケジュール)が常同行動・不安の軽減に有効です。食事管理(食べ物の入手経路の制限・規則的な食事時間の設定)も重要です。介護者への心理的サポート(専門的な介護者支援グループ・家族相談)が特に必要であり、曖昧な喪失(ambiguous loss)への理解を促すアプローチが有効です。

予後・経過

発症から平均8〜10年の経過をたどりますが、個人差が大きいです。言語型(SD・PNFA)は行動型(bvFTD)より緩徐に進行することが多いです。C9orf72変異を持つFTD-ALS(運動ニューロン病合併)の場合、呼吸筋麻痺を伴い予後は2〜3年と短くなります。若年発症(50〜60代)が多く、就労・経済・子育て・配偶者の就労などへの社会的影響が大きい疾患です。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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公開日:

参考文献

  1. [1]Rascovsky K, Hodges JR, Knopman D, et al.Sensitivity of revised diagnostic criteria for the behavioural variant of frontotemporal dementia.Brain (2011)
  2. [2]Bang J, Spina S, Miller BL.Frontotemporal dementia.Lancet (2015)
  3. [3]Warren JD, Rohrer JD, Rossor MN.Frontotemporal dementia.BMJ (2013)
  4. [4]日本神経学会前頭側頭葉変性症診療ガイドライン2017日本神経学会 (2017)
  5. [5]DeJesus-Hernandez M, Mackenzie IR, Boeve BF, et al.Expanded GGGGCC hexanucleotide repeat in noncoding region of C9ORF72 causes chromosome 9p-linked FTD and ALS.Neuron (2011)

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