分類1変性性認知症7分で読めます医師査読済 · 2026年8月25日

意味性認知症とは?

言葉の意味がわからなくなる認知症

Yuya Kobayashi, MD, PhD

医療監修

Yuya Kobayashi, MD, PhD

認知症専門外来・在宅診療医

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

『りんご』と言われても分からなくなった元図書館司書の妻に、夫が抱いた違和感から辿り着いた診断。

美智子さん(仮名)は長年、市立図書館の司書として働いてきました。本の背表紙を眺めながら子どもたちに本を選んでやることが生きがいで、膨大な作家名・書名を頭の中に収めているのが誇りでした。退職後は読書会を主宰し、言葉と丁寧に向き合う日々を送っていました。 夫の隆さんが最初に違和感を覚えたのは、美智子さんがテレビを見ながら「ねえ、あの……動物、何て言うんだったかな。鳴く、あの……犬みたいな」と言ったときでした。画面に映っていたのは猫でした。「猫だよ」と教えると「そう、猫ね」とすぐ納得しますが、翌日また同じことを聞きます。本人は「最近、物の名前がうまく出てこなくなった」と笑っていましたが、隆さんには笑えませんでした。 半年が過ぎると症状は広がりました。「りんご」と言っても何のことか分からず、絵を見せてもらって初めて「ああ、果物ね」と分かる状態になりました。料理のレシピを見ても食材の名前が理解できず、得意だった家庭料理ができなくなりました。会話は流暢で文章は自然に出てくるのに、中身が空虚——隆さんには「言葉は出るのに、言葉が届いていない」ように感じられました。 脳神経内科を受診した美智子さんは言語評価を受けました。担当の言語聴覚士がアコーディオンの絵を示して「これは何ですか?」と尋ねると、美智子さんはしばらく考えてから「楽器……の、一種?」と答えました。「アコーディオンという名前は?」には「知らないわ、そんな言葉」。ところが実際のアコーディオンの音を聴かせると「あ、これは知ってる!蛇腹のやつ」と笑顔で反応しました。Boston Naming Test(物品名呼称検査)では60項目中スコアが27点——重篤な物品呼称障害を示す水準でした。カテゴリー流暢性検査(「動物を1分間で言えるだけ言ってください」)でも3個しか挙げられませんでした。 MRIでは左側頭葉前部に著明な萎縮が認められました。さらにFDG-PETを施行すると、左側頭葉前部から中部にかけて代謝が著明に低下しており、反対側と比べて鮮明な左右差が確認されました。担当医は「Gorno-Tempiniら2011年のPPA分類基準にもとづき、意味変異型原発性進行性失語(svPPA)、いわゆる意味性認知症と診断します。エピソード記憶(出来事の記憶)は比較的保たれていますが、意味記憶(物事の概念・意味に関する記憶)が選択的に障害されています」と説明しました。 言語聴覚士から教わったのは「書かれた文字よりも声に出した言葉よりも、実物や写真が通じる」ということでした。隆さんはさっそく台所の冷蔵庫に食材の写真カードを貼り付けました。「これ切っておいてくれる?」と美智子さんに写真を見せながら頼むと、言葉では伝わらなかったことがすぐに理解できます。SSRIのフルボキサミンを少量から開始すると、イライラしやすくなっていた美智子さんの感情も落ち着いてきました。 今も美智子さんは言葉の数が少なくなった読書会に参加しています。声で読み上げることはできなくなりましたが、表紙の絵を見せながら「好きな本」を仲間に伝えます。隆さんは「言葉の司書だった人が、今は絵と音楽で話す——それもまた美智子らしいかな」と思うようになりました。

基礎知識の解説

意味性認知症とは

意味性認知症(SD: Semantic Dementia)は前頭側頭葉変性症(FTLD)の一型で、物事の意味・概念に関する「意味記憶」が選択的に失われる神経変性疾患です。現在は意味変異型原発性進行性失語(svPPA)とも呼ばれます。左側頭葉前部の著明な萎縮が特徴的で、60代に多く発症します。言葉が流暢に出るにもかかわらず物の名前や概念が分からなくなるという独特の症状から、初期には「ちょっと物忘れが増えた」と見過ごされやすく、診断が遅れるケースが少なくありません。病理学的にはTDP-43 type C封入体が最も多く検出されます。

主な症状

  • 1物の名前が出てこない(物品呼称障害)——「猫」「りんご」など日常的な単語で顕著
  • 2言葉の意味がわからなくなる(語義失語)——「りんご」と言われても何かわからない
  • 3物品名呼称検査(Boston Naming Test)で著明な低スコア(重症例では30点以下/60点)
  • 4カテゴリー流暢性の著明な低下(「動物を列挙」などで3〜5個しか挙げられない)
  • 5会話の流暢性は保たれる——文章は出るが内容が空虚(「あれ、その、もの」が多用される)
  • 6昨日の出来事などエピソード記憶は初期には比較的保たれる
  • 7顔の認識障害(右側頭葉が優位な場合、知人の顔が誰か分からなくなる)
  • 8顔の表情や感情の意味がわかりにくくなる(感情認識障害)
  • 9強迫的・常同的な行動パターン(食事の時間・散歩のルートへの固執、後期)
  • 10易怒性・脱抑制などの行動変容(病変が前頭葉へ拡大する後期に出現)

症状の進行

初期(発症〜3年)発症〜3年
  • 単語の意味がわからなくなる(語義失認)——「犬って何ですか?」

  • 物の名前が出なくなる(喚語困難)

  • 話は流暢だが意味の乏しい内容になる

  • 顔の認識が困難になることがある(相貌失認)

中期(3〜7年)発症3〜7年
  • 語義失語が著明に進行し、日常会話が困難

  • 行動変容(規則的なルーティンへの執着・食への過剰なこだわり)

  • 感情の平坦化・共感の低下

  • 記憶は比較的保たれることがある

後期(7年以降)発症7年以降
  • 言語機能がほぼ消失し意思疎通が困難

  • 高度認知症

  • 運動症状(パーキンソン症状)が出現することがある

  • 嚥下障害・全面的な介護が必要

※ 進行速度・症状の現れ方は個人差が大きく、必ずしも順序通りに進むとは限りません。

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原因・メカニズム

病理学的にはTDP-43(TAR DNA-binding protein 43)の異常凝集が左側頭葉前部の神経細胞に蓄積します。意味性認知症に最も多く検出されるのはTDP-43 type C型の封入体で、アルツハイマー病と異なりアミロイドβは蓄積しません。左側頭葉前部(上・中側頭回、紡錘状回)はさまざまな感覚モダリティから入力を受け取り、概念・意味を統合する「意味的記憶ハブ」として機能します(意味的記憶ハブ説)。この領域の神経細胞が選択的に変性すると、語の意味・物の概念・顔の同定といった「モダリティ非依存的な意味情報」が失われる一方、出来事の記憶(海馬依存的なエピソード記憶)は当初比較的保たれます。病変は時間とともに対側側頭葉および前頭葉へ拡大し、行動症状が加わってきます。

診断

Gorno-Tempini ML et al.(Neurology 2011)のPPA分類基準にもとづき、意味変異型原発性進行性失語(svPPA)として診断します。診断に必須の中核症状は「物品呼称障害」と「単語理解障害」の両方を満たすことです。補足的評価として、単語-絵マッチング検査・カテゴリー流暢性検査・Boston Naming Testで著明な低スコアを確認します。MMSEは初期には保たれることが多く、認知症と気づかれにくい原因となります。神経画像ではMRIで左(または両側)側頭葉前部の著明な萎縮が特徴的であり、FDG-PETでも同部位の代謝低下を認めます。鑑別としてアルツハイマー型認知症・進行性非流暢性失語との区別が重要です。アルツハイマー病ではアミロイドPETが陽性となることが多く、鑑別に役立ちます。

治療・ケア

根治療法はなく症候別対症療法が中心です。

言語・コミュニケーション

言語聴覚士によるAAC(補助代替コミュニケーション)の導入が最重要です。写真カード・絵カード・絵本・音楽など、文字や音声よりも実物・写真・映像が理解されやすいことを介護者が知ることが大切です。早期からAAC手段を習得しておくと、言語機能が低下した後期にもコミュニケーションが継続できます。

行動症状

SSRIフルボキサミン(50〜150mg/日)やパロキセチンが常同性・易怒性・強迫行動に有効な場合がありますが、いずれもうつ病・強迫性障害等への適応薬であり、前頭側頭型認知症(意味性認知症を含む)の行動症状への使用は保険適用外(適応外使用)です。

注意

コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル等)は意味性認知症に対して基本的に無効であり、アルツハイマー病との誤診から誤投与されることがあるため注意が必要です。

予後・経過

発症から平均8〜12年の経過をたどりますが、個人差があります。言語機能の低下が先行し、数年後には意味理解がほぼ失われます。中期以降は行動変容(前頭葉症状:常同行動・食行動異常・感情の平板化)が加わります。後期には発話量も減少し、非言語的コミュニケーション(表情・身振り・音楽への反応)への依存が高まります。比較的長く日常生活動作は保たれることが多いです。

似た症状の疾患との違い

疾患名見分け方のポイント
アルツハイマー型認知症アルツハイマー型は直近の出来事の記憶障害が主体で選択肢を示せば正答できる想起の障害であるのに対し、意味性認知症は単語の意味知識そのものが失われており、選択肢を示しても「どれも知らない」となる。
前頭側頭型認知症(行動障害型)行動障害型は初期から脱抑制・意欲低下・常同行動が前景で言語症状は目立たないことが多い。右側頭葉優位に萎縮する意味性認知症は症状が酷似するため、語義失語(単語の意味理解障害)の有無を丁寧に確認する必要がある。
進行性非流暢性失語進行性非流暢性失語は発話量減少・努力性で非流暢、失文法が主体だが単語の意味理解自体は比較的保たれる。意味性認知症はこれと対照的に発話は流暢だが内容が空疎で、単語の意味理解が障害される。

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