分類7自己免疫・炎症性疾患10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

多発性硬化症とは?

髄鞘が壊れる再発寛解を繰り返す神経疾患

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体験談・具体的な事例

早川奈々さん(仮名・28歳)の異変は、大学院生のある朝に始まりました。右目の端がぼんやりして「赤いリンゴが鮮やかに見えない」と感じ、眼球を動かすたびに鈍い痛みが走りました。「疲れ目だろう」と思っていると、2週間後に視力は自然に戻りました。 その半年後、今度は右足が動かしにくく、ふくらはぎから足先にかけて電流が走るようなしびれが出ました。また3週間で回復しましたが、不安になった奈々さんが神経内科を受診すると、MRIで「側脳室周囲(periventricular)に楕円形のT2高信号病変が4個、頸髄C3〜C4レベルに1個」の白質病変が確認されました。 脳脊髄液検査では、オリゴクローナルバンド(OCB)が7本陽性、IgG indexは0.85(基準値0.7以下)と高値でした。VEP(視覚誘発電位)では右眼のP100潜時が130ms(正常105ms以下)に延長しており、視神経炎の後遺変化が裏付けられました。McDonald基準2017に照らし合わせると「空間的・時間的多発性を満たし、OCB陽性により時間的多発性の代替基準も充足」として、再発寛解型多発性硬化症(RRMS)が確定しました。 「再発を繰り返すたびに、回復が少しずつ不完全になる可能性があります」と担当医から告げられたとき、奈々さんは「これからの研究者人生はどうなるの?」と恐怖を感じました。まず疾患修飾薬としてインターフェロンβ-1a(アボネックス)週1回の皮下注射が開始されました。 ところが2年後、右上肢に新たな脱力発作が起き、MRIで新規病変が確認されました。「治療を強化しましょう」と担当医は言い、JCV抗体価が陰性であることを確認してナタリズマブ(タイサブリ)300mg/4週ごとの点滴に切り替えました。以降の4年間、明確な再発はありませんでした。 一方で奈々さんは「仕事中に処理速度が落ちた」ことを自覚していました。PASAT(処理速度テスト)のスコアは初診時39から5年後には28に低下。担当医は「MSに関連した認知機能障害で、脳萎縮・白質病変が処理速度に影響しています」と説明しました。奈々さんはスマートフォンのカレンダーアプリに仕事の予定を細かく入力し、作業リストを視覚化することで対応してきました。 また「MS疲労」も大きな課題でした。午後になると頭が重くなり、集中力が急落する。エネルギー節約テクニック(重要な作業は午前中に集中、昼の15分休憩を必ず取る、週1日は在宅勤務にする)を実践することで、研究者としての仕事を継続しています。「MSがあっても、やりたい研究はできる——それを後輩たちに証明したい」と奈々さんは言います。

基礎知識の解説

多発性硬化症とは

多発性硬化症(MS)は、中枢神経系の髄鞘(ミエリン)が自己免疫反応により破壊される脱髄疾患です。再発と寛解を繰り返す「再発寛解型(RRMS)」が全体の約85%を占め、20〜40代の若い女性に多く発症します(女性:男性=2〜3:1)。MRI上の白質病変・脳脊髄液のオリゴクローナルバンド陽性・視覚誘発電位異常がMcDonald診断基準の柱です。長期的に認知機能障害(処理速度・記憶・注意)が生じる頻度は高く、MSの「隠れた重症度」として近年重視されています。疾患修飾薬(DMT)の早期開始が再発抑制・障害蓄積の軽減に有効です。

主な症状

  • 1視神経炎(一眼の視力低下・眼球運動時の疼痛・色覚異常「赤が赤く見えない」)
  • 2感覚障害(しびれ・灼熱感・電撃様疼痛)
  • 3運動障害(脱力・歩行困難・痙性対麻痺)
  • 4Lhermitte徴候(頸部前屈で電気が背中に走る感覚)
  • 5小脳症状(ふらつき・企図振戦・協調運動障害)
  • 6認知機能障害(処理速度・記憶・注意・実行機能の低下)
  • 7MS疲労(日常生活に支障をきたす強い倦怠感)
  • 8膀胱直腸障害(頻尿・尿失禁・便秘)
  • 9感情障害(抑うつ・感情失禁・不安)
  • 10体温上昇による症状増悪(Uhthoff現象:入浴や運動で一時的に症状が悪化)

原因・メカニズム

自己反応性CD4+ T細胞(主にTh1/Th17)が血液脳関門を通過して中枢神経系に侵入し、ミエリン塩基性タンパク(MBP)やプロテオリピドプロテイン(PLP)を標的として免疫攻撃を行います。ミエリン破壊によって神経インパルスの伝導が遅延・遮断され、急性期の神経症状が生じます。急性炎症が収束するとオリゴデンドロサイト前駆細胞が再髄鞘化を行い症状が「寛解」しますが、繰り返す再発で軸索の不可逆的損傷が蓄積します。McDonald基準2017では、脳脊髄液中のオリゴクローナルバンド(OCB)陽性が時間的多発性(DIT)の代替基準として採用されており、初回発作後の早期確定診断が可能になりました。認知機能障害には大脳灰白質の菲薄化・白質体積の減少が関与し、処理速度に関わる前頭葉ネットワークが早期から障害されます。Lhermitte徴候は脱髄した脊髄後索が頸部前屈という機械的刺激を受けることで電気信号が散乱し生じる現象です。

診断

McDonald基準2017が世界標準の診断基準です。空間的多発性(DIS)はMRIで脳室周囲・皮質直下・テント下・脊髄の4領域のうち2か所以上にT2病変があることで満たされます。時間的多発性(DIT)はT1増強病変と非増強T2病変が同時存在、または追加のMRIで新規病変が確認されることで満たします。OCB(オリゴクローナルバンド)陽性はDITの代替基準となり、初回発作でも診断確定が可能です(感度85%・特異度85%)。VEP(視覚誘発電位)では視神経炎後のP100潜時延長(>110ms)が脱髄の電気生理学的証拠となります。鑑別すべき疾患には視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD・AQP4抗体・MOG抗体陽性)、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)、脳血管疾患などが含まれます。神経心理検査(PASAT・SDMT)で認知機能低下を定量化することも重要です。

治療・ケア

急性再発期にはメチルプレドニゾロン1g/日×3〜5日の静脈内投与(ステロイドパルス)を行います。再発回数を減らし障害蓄積を抑制するため、確定診断後は速やかに疾患修飾薬(DMT)を開始します。RRMS の標準第一選択薬はインターフェロンβ(アボネックス・ベタフェロン)、酢酸グラチラマー(コパキソン)、ジメチルフマル酸塩(テクフィデラ)、テリフルノミド(オバジオ)です。再発が多い高活性型RRMSにはナタリズマブ300mg/4週(JCV抗体価陰性確認が必要)、オクレリズマブ600mg/6ヶ月、クラドリビン(短期経口投与)が用いられます。ナタリズマブ長期使用例ではJCV抗体価の定期測定を行い、陽転化・高価の場合はPML(進行性多巣性白質脳症)リスクを評価して治療変更を検討します。非薬物療法として認知リハビリ・疲労管理(エネルギー節約テクニック)・運動療法・SSRI(抑うつ治療)がQOLに重要な役割を果たします。

予後・経過

疾患修飾薬を早期から使用した場合、再発率は50〜70%抑制され、長期的な身体障害蓄積も軽減されます。治療なしでは発症から15〜20年で約半数が歩行補助具を必要とする状態になるとされますが、高活性薬の普及で予後は改善しています。認知機能障害は患者の40〜70%にみられ、就労維持に影響するため早期からの神経心理的サポートが重要です。一次進行型(PPMS)はオクレリズマブが適応となりますが、進行抑制効果は限定的です。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

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  2. [2]Polman CH, Reingold SC, Banwell B, et al.Diagnostic criteria for multiple sclerosis: 2010 revisions to the McDonald criteria.Ann Neurol. 2011;69(2):292-302. (2011)
  3. [3]日本神経学会・日本神経免疫学会・日本神経治療学会(監修)多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2017.医学書院, 2017. (2017)
  4. [4]Rao SM, Leo GJ, Bernardin L, Unverzagt F.Cognitive dysfunction in multiple sclerosis. I. Frequency, patterns, and prediction.Neurology. 1991;41(5):685-691. (1991)
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