分類4代謝・内分泌・栄養の異常10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

肝性脳症とは?

肝硬変などで毒素が脳に回る状態

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

今井守さん(仮名・62歳)は大阪で鉄工所を経営していた男性です。20代から晩酌を欠かさず、40代には日本酒換算で毎日3合以上を飲んでいました。50代前半に「アルコール性肝硬変」と診断されましたが、「少しなら大丈夫」と仕事上の付き合い飲酒をやめられませんでした。妻の幸子さん(仮名・60歳)は「あの人に飲むなと言っても聞かないから」と長年諦めていたといいます。 変化が現れたのは冬のある夜のことでした。守さんが夕食中に突然「会社の取引先が押しかけてくる」「誰かが俺を狙っている」と怯えはじめ、幸子さんが話しかけても全くかみ合わなくなりました。翌朝には傾眠状態となり、声をかけてもぼんやりした返事しか返ってきません。診察台で「今日は何月ですか」と聞かれると、3ヶ月ずれた回答をしました。手を前に伸ばすと、手関節が粗大にばたばたと動く「羽ばたき振戦(アステリクシス)」が確認されました。 緊急採血で血中アンモニア値は172μmol/L(基準値:20〜80μmol/L)と著明に上昇していました。肝機能はChild-Pugh Cクラス(重症)、血清ビリルビン4.8mg/dL、プロトロンビン時間(PT-INR)1.9でした。腹部超音波で腹水の貯留と食道静脈瘤も確認されました。上部消化管内視鏡では出血を伴わない静脈瘤が認められ、この消化管出血の予防処置が追加されました。「肝性脳症 West Haven分類Grade III」と診断されました。 ラクツロース(乳糖類似糖:腸管内のpHを低下させてアンモニア産生を抑制し便中排泄を促進)を1日3回投与し、リファキシミン(腸管内でほぼ吸収されない抗菌薬:アンモニア産生菌を選択的に抑制)800mg/日を併用しました。Bass NMらの2010年のランダム化比較試験(N Engl J Med)でリファキシミンが肝性脳症の再発を有意に減少させることが示されており、この標準療法に沿った治療です。分岐鎖アミノ酸(BCAA)製剤の点滴も開始されました。 治療開始3日後、守さんは自分の名前と病院名を正確に答えられるようになりました。「俺はまた変なことを言いましたか」と自覚が戻り、幸子さんは「こんな顔で笑うのを何年ぶりに見たか」と涙をぬぐいました。1週間後にはアンモニア値が68μmol/Lに低下し、病棟内を自力歩行できるまでに回復しました。 退院にあたり、担当医から断酒の必要性と肝移植の選択肢について丁寧な説明がありました。「肝硬変が進行する限り、誘因があるたびに脳症は再発します。断酒外来への通院と、日常的なラクツロース服薬が再発予防の柱です」という言葉を受け、守さんは初めて断酒外来に自ら予約を入れました。 現在、守さんは断酒から8ヶ月が経過し、血中アンモニア値は安定しています。幸子さんは「便秘になるとまた変になるから、ラクツロースを切らさないようにしています」と話します。日常での便通管理が肝性脳症再発の最も身近な予防策であることを、家族全員が理解しています。

基礎知識の解説

肝性脳症とは

肝性脳症は、肝硬変・急性肝不全などによる高度の肝機能障害により、腸管由来のアンモニアをはじめとする神経毒性物質が血液脳関門を通過して脳に蓄積し、神経機能を障害する状態です。推定有病率は代償性肝硬変患者の30〜40%に認め(顕在性)、潜在性(最小肝性脳症)を含めるとさらに高率となります。主要症状は認知機能障害・睡眠覚醒リズムの逆転・見当識障害・羽ばたき振戦(アステリクシス)で、West Haven分類Grade I〜IVで重症度を評価します。ラクツロース・リファキシミンを中心とした治療で多くの急性期は回復しますが、根本治療は肝移植です。

主な症状

  • 1認知機能障害(集中力・注意力・記憶力の低下)
  • 2睡眠覚醒リズムの逆転(昼間の傾眠、夜間の覚醒・混乱)
  • 3見当識障害(時間・場所・人物の混乱)
  • 4羽ばたき振戦・アステリクシス(手関節の粗大な不随意運動)
  • 5構音障害・言語の乱れ
  • 6易怒性・人格変化・脱抑制
  • 7書字障害(サイン・文字が書けない)
  • 8せん妄・幻覚・幻視
  • 9筋固縮・深部腱反射亢進(進行例)
  • 10意識消失・昏睡(West Haven Grade IV)

原因・メカニズム

腸内細菌はタンパク質(食事性・消化管出血による血液中のヘモグロビン)を代謝してアンモニア(NH₃/NH₄⁺)を産生します。正常な肝臓では門脈血中のアンモニアを尿素回路で尿素に変換・排泄しますが、肝硬変では門脈圧亢進による門脈—体循環シャント形成と肝細胞機能低下の両方によってアンモニアが全身循環に流入します。脳内でアンモニアは星細胞(アストロサイト)に取り込まれてグルタミン合成酵素によりグルタミンに変換されます。このグルタミン蓄積が浸透圧的に星細胞を膨張させ、脳浮腫の主因となります(グルタミン仮説)。また、アンモニアはGABA-A受容体の感受性亢進とグルタミン酸系の抑制を引き起こし、神経活動を全般的に抑制します。さらにインドール・フェノール・中鎖脂肪酸・ベンゾジアゼピン様物質など他の腸管由来毒素も神経機能障害に関与します。

診断

日本消化器病学会肝性脳症ガイドラインおよびAASLD/EASL 2014年実践ガイドライン(Vilstrup ら)に準拠して診断します。血中アンモニア値の上昇(基準値:20〜80μmol/L)が診断の根拠となりますが、値と症状の重症度が必ずしも一致しない点に注意します(特に慢性肝性脳症)。神経学的評価(West Haven分類:Grade 0〜IV)で重症度を判定します。脳波では汎化性のデルタ波増加・三相波(triphasic waves)が特徴的で、Grade IIIでは顕著となります。頭部CTまたはMRIで脳出血・硬膜下血腫・肝性脊髄症などの構造的疾患を除外します。肝機能(ビリルビン・PT-INR・アルブミン)でChild-Pugh分類またはMELDスコアによる肝予備能評価を行います。潜在性肝性脳症の検出には数字接続テスト(NCT-A)や臨界フリッカー頻度(CFF)が有用です。

治療・ケア

AASLD/EASL 2014年ガイドライン(Vilstrup ら)に基づく治療を行います。まず誘因(消化管出血・感染・便秘・タンパク過剰摂取・脱水・催眠薬・利尿薬過量)の同定と除去が最重要です。薬物療法の第一選択はラクツロース(非吸収性二糖類:1日2〜3回投与、軟便を1日2〜3回に保つよう用量調整)です。リファキシミン(腸管非吸収性抗菌薬:800mg/日)はBass NMらのランダム化試験(N Engl J Med 2010年)で再発予防効果が示されており、ラクツロースとの併用または単独使用が推奨されます。分岐鎖アミノ酸(BCAA)製剤は栄養状態の改善と肝性脳症の改善効果があり、低栄養合併例に有用です。急性肝不全では血液透析・血漿交換などの人工肝補助療法が行われます。根本的な治療は肝移植であり、適切な適応患者には早期から移植医療機関への紹介を検討します。

予後・経過

急性期の肝性脳症は誘因除去と薬物療法で多くの場合に回復しますが、肝硬変の進行とともに再発を繰り返します(1年再発率:40〜50%)。繰り返す顕在性肝性脳症は長期的な認知機能障害(持続的神経認知障害)を残すことがあり、QOLを著しく低下させます。肝性脳症既往患者の5年生存率は25%程度と予後不良で、根本治療としての肝移植が最善です。ラクツロース・リファキシミンの継続服用と便通管理が再発頻度を大幅に低下させます。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Vilstrup H, Amodio P, Bajaj J, et al.Hepatic encephalopathy in chronic liver disease: 2014 Practice Guideline by the European Association for the Study of the Liver and the American Association for the Study of Liver DiseasesHepatology (2014)
  2. [2]Bass NM, Mullen KD, Sanyal A, et al.Rifaximin treatment in hepatic encephalopathyThe New England Journal of Medicine (2010)
  3. [3]Cordoba J, Lopez-Hellin J, Planas M, et al.Normal protein diet for episodic hepatic encephalopathy: results of a randomized studyJournal of Hepatology (2004)

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