分類4代謝・内分泌・栄養の異常10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

ニコチン酸欠乏症(ペラグラ)とは?

ナイアシン不足による皮膚・神経・消化器症状

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体験談・具体的な事例

阿部哲男さん(仮名・58歳)は、北海道札幌市在住の元トラック運転手です。20年以上にわたりアルコール依存症と向き合い、入退院を繰り返してきました。食事は酒の肴程度にとどまり、野菜や肉・魚はほとんど取らない生活が長年続いていました。今回も肝機能悪化を主訴に内科病棟に入院した際、30歳代の研修医が「皮膚の状態がおかしい」と気づきました。 首の後ろ、両腕の外側、手の甲——日光が当たりやすい部位の皮膚が黒褐色に変色し、鱗状に粗くなっていました。入院前から続く慢性の下痢があり、問診では「頭がぼんやりして、何をしていたか分からなくなることがある」と言います。病棟看護師も「混乱が目立つ。夜間にせん妄様の状態になることがある」と申し送りに記録していました。 「皮膚炎・下痢・認知症様の精神症状の三つがそろっています。ペラグラを疑います」と研修医が指導医に報告しました。採血でナイアシン関連の代謝物(尿中N1-メチルニコチンアミド)の低下を確認し、血清亜鉛・ビタミンB1・B12・葉酸も合わせて測定したところ、複数のビタミン欠乏が重なっていました。「アルコール依存症の患者さんには、摂取不足・吸収障害・代謝亢進が重なってビタミン欠乏が多発することがある」と指導医が研修医に説明しました。 治療はナイアシンアミド(ニコチンアミド)300mg/日の経口投与から開始しました。同時にビタミンB1・B12・葉酸の補充も行い、栄養士が介入して総合的な栄養管理が始まりました。3日後には夜間のせん妄がなくなり、7日後には「頭がはっきりしてきた」と哲男さん自身が変化を実感しました。2週間で下痢は改善し、皮膚の黒褐色変化も少しずつ薄れていきました。 哲男さんのケースは病棟カンファレンスで「見落としやすい治療可能な疾患」として取り上げられました。「三つのD——皮膚炎(Dermatitis)・下痢(Diarrhea)・認知症(Dementia)——を覚えておくと、アルコール依存症患者の診療で助けになる」と指導医は若い医師たちに話しました。4つ目のDとして「死亡(Death)」が加わることがあると紹介されたことで、医療チームはペラグラの重篤性を改めて認識しました。 退院後はアルコール依存症専門外来への通院と断酒プログラムを継続し、栄養士による食事指導を受けています。哲男さんは「酒をやめることが一番大事だと分かっている。でもそれが難しい」と正直に話します。家族の協力を得ながら、少しずつ食生活の改善に取り組んでいます。ナイアシンサプリメントとマルチビタミンを毎日継続し、皮膚の変化は入院前と比べて明らかに改善しています。 ペラグラは現代の日本では稀ですが、アルコール依存症・極端な偏食・吸収障害のある患者では今でも見られる疾患です。「三つのD」を知っていれば診断の糸口になります。早期にナイアシンを補充することで、認知症様症状を含む症状が劇的に改善します。

基礎知識の解説

ニコチン酸欠乏症(ペラグラ)とは

ペラグラ(ニコチン酸欠乏症)は、ビタミンB3(ナイアシン・ニコチン酸)の欠乏によって生じる全身性疾患で、「三つのD」——皮膚炎(Dermatitis)・下痢(Diarrhea)・認知症(Dementia)——が古典的三徴とされ、重症化すると死亡(Death)に至る「四つのD」として記述されることもあります。日光暴露部位の対称性皮膚炎が最も視覚的に特徴的です。アルコール依存症・極端な偏食・消化管吸収障害・ハルトナップ病(トリプトファン輸送異常)・イソニアジドなどの薬剤使用が主な原因です。先進国では稀ですが、アルコール依存症患者では依然として見られます。ナイアシン補充で症状が改善する「治る認知症」の一例であり、複数のビタミン欠乏との合併に注意が必要です。

主な症状

  • 1皮膚炎:日光暴露部位(首・顔・手の甲・前腕)の対称性皮膚炎(紅斑→色素沈着→落屑)
  • 2皮膚炎:カサール項目(Casal's necklace)——首周囲の帯状皮膚炎
  • 3下痢:慢性的な水様性下痢・腹痛・嘔気・消化管粘膜の炎症
  • 4認知症様症状:記憶障害・見当識障害・混乱・遂行機能低下
  • 5精神症状:抑うつ・不安・幻覚・せん妄・精神病様症状
  • 6口内炎・舌炎(赤く炎症した舌:グロッシス)
  • 7倦怠感・体重減少・食欲不振
  • 8四肢の感覚異常・末梢神経炎(他のビタミン欠乏合併時に顕著)
  • 9不眠・頭痛・眩暈
  • 10重症例では昏迷・昏睡・死亡

原因・メカニズム

ナイアシン(ニコチン酸・ニコチンアミド)はNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)およびNADP(リン酸型)の前駆体として、細胞内の酸化還元反応(エネルギー代謝・糖新生・脂肪酸合成・DNA修復)に中心的な役割を果たします。欠乏するとATP産生が低下し、代謝活性の高い組織——脳神経細胞・消化管粘膜上皮・皮膚ケラチノサイト——が優先的に障害されます。脳では前頭皮質・基底核・視床などの広い領域でエネルギー不足と酸化ストレスが蓄積し、認知機能障害・精神症状をもたらします。消化管粘膜の萎縮と炎症が吸収障害・下痢を引き起こし、さらにビタミン欠乏を悪化させる悪循環を形成します。アルコール依存症では摂取不足・消化管吸収障害・肝臓でのナイアシン代謝障害・アルコールによるNAD消費亢進が重なります。なお、必須アミノ酸のトリプトファンは肝臓でNADに変換されるため(60 mgのトリプトファン→1 mg NAD)、トリプトファン摂取不足や代謝障害(ハルトナップ病・イソニアジド服用)でもペラグラが発症します。

診断

臨床診断が中心であり、「三つのD」の確認が出発点です。日光暴露部位の対称性皮膚炎は特徴的で、皮膚科的所見から診断を先導することがあります(Hegyi J et al, 2004)。尿中N1-メチルニコチンアミド(正常では0.5 mg/日以上;欠乏では著明低下)がナイアシン欠乏の客観的指標として有用です。血清ナイアシン値は変動が大きく信頼性が低いため補助的指標にとどまります。アルコール依存症患者では血清B1・B12・葉酸・亜鉛・鉄の同時測定により複数のビタミン欠乏を確認します(Pitsavas S et al, 2004)。薬剤歴(イソニアジド・5-フルオロウラシル・アザチオプリン)の確認も必須です。皮膚病変については、接触性皮膚炎・光線過敏症との鑑別が必要です。

治療・ケア

ナイアシンアミド(ニコチンアミド)100〜300mg/日の経口投与が第一選択です。ニコチン酸(ナイアシン)はフラッシング(顔面紅潮・熱感)の副作用があるため、急性期にはフラッシングのないナイアシンアミドが好まれます。重症例・経口摂取困難例では静脈内投与も選択できます。複数のビタミン欠乏が合併することが多いため、B1・B2・B6・B12・葉酸を含むマルチビタミン補充を並行します。食事改善として肉・魚・卵・豆類・ナッツ・全粒穀物(ナイアシン・トリプトファンを豊富に含む食品)の摂取を指導します。アルコール依存症が基礎疾患の場合は断酒支援を中心とした包括的な治療が不可欠です。皮膚炎には遮光と保湿ケアを指導します。治療開始後数日〜1〜2週間で精神症状・消化器症状が、数週間〜数ヶ月で皮膚症状が改善します。

予後・経過

認知症様症状・下痢などの消化器症状は、早期にナイアシンを補充すれば数日〜2週間以内に著明に改善します。皮膚炎の回復には数週間〜数ヶ月を要します。長期間の重篤な神経症状が遷延した症例では完全回復が困難なことがあります。基礎疾患(アルコール依存症)の治療と断酒継続が予後を最も左右し、飲酒継続では再発・悪化をくり返します。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Hegyi J et alPellagra: dermatitis, dementia, and diarrheaInt J Dermatol (2004)
  2. [2]Pitsavas S et alPellagra encephalopathy following B-complex vitamin treatment without niacinInt J Psychiatry Med (2004)
  3. [3]Prakash R et alPellagra with psychosis in a patient on isoniazid treatmentPrim Care Companion CNS Disord (2012)
  4. [4]日本皮膚科学会皮膚科学会ガイドライン(栄養性皮膚疾患)日本皮膚科学会雑誌 (2020)

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