分類1変性性認知症10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

ハンチントン病とは?

遺伝性の不随意運動と認知症を伴う疾患

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

吉田誠一さん(仮名・42歳)は二人の子どもを持つ機械メーカーの営業部員でした。父親を39歳で亡くしており、その死因が「ハンチントン病」という遺伝性の疾患だったことは知っていました。しかし「もし陽性と知ったら、子どもたちにも告げなければならない」という恐怖から、誠一さんは遺伝子検査を受けないまま40代を迎えていました。 最初の変化は「落ち着きのなさ」でした。会議中に足を絶えずタップし続ける、食事中に体が小刻みに揺れる——本人は気づいていませんでしたが、妻の由美子さんや職場の同僚には明らかでした。やがて腕や顔に意図しない素早い動き(舞踏様運動、コレア)が現れ、歩き方もぎこちなくなりました。感情の波も激しくなり、温厚だった誠一さんが些細なことで激しく怒り、直後に後悔して泣く。抑うつ状態が続き、仕事でのミスも増えていきました。 由美子さんの強い勧めでかかりつけ医を受診し、専門病院の神経内科へ紹介されました。診察室で医師は誠一さんの父親の病歴を確認し、「遺伝子検査を受けることを検討してください」と穏やかに伝えました。検査前には、遺伝専門看護師と遺伝カウンセラーが2時間以上かけて面談を行いました。「陽性だった場合、仕事・保険・家族への開示についてどうするか」——一つひとつを確認しながら、誠一さんと由美子さんは慎重に意思を固めました。 検査の結果は「HTT遺伝子のCAGリピート数:52回」でした。通常は35回以下であり、36回以上で発症リスクが高まり、40回以上でほぼ必発とされます。52回という数字は、比較的早期発症を示唆する値でした。遺伝カウンセラーから「CAGリピート数が多いほど発症年齢が早くなる傾向があります。お父様も早期に発症されたことと一致します」と説明を受けました。 診断が告げられた日の夜、誠一さんと由美子さんが最初に考えたのは二人の子ども——16歳の長男と13歳の長女——のことでした。「子どもたちに50%の確率で遺伝している」——この事実をどう伝えるか、遺伝カウンセラーと何度も話し合いました。「子どもたちが成人してから、自分たちで検査を受けるかどうかを決める」という方針を家族で共有することにしました。知る権利と同様に、知らない権利も大切にしたいという思いからでした。 誠一さんは現在、テトラベナジン(ハンチントン病の不随意運動に対して保険適用を持つ薬剤)と、抑うつ症状に対するSSRIを服用しながら、週3回のデイサービスを利用しています。「病気のことを周囲に話せるようになって、少し楽になった」と誠一さんは言います。言語療法士による嚥下訓練も開始しており、由美子さんは「今日できることを、一日一日大切にしていきたい」と語ります。

基礎知識の解説

ハンチントン病とは

ハンチントン病(HD)は、HTT遺伝子のCAGリピートの異常伸長(36回以上)によって引き起こされる常染色体優性遺伝の神経変性疾患です。不随意運動(舞踏様運動)・認知機能低下・精神症状の3つが主要症状で、発症は通常30〜50代です。子への遺伝確率は50%であり、遺伝カウンセリングが診断と同等に重要な役割を担います。罹患率は人口10万人あたり約5〜10人とされ、日本での患者数は推定2,000〜3,000人程度です。

主な症状

  • 1舞踏様運動(コレア):無意識の素早い不随意運動、四肢・顔面・体幹に出現
  • 2歩行障害・バランス障害:転倒リスクが高く、発症早期から注意が必要
  • 3構音障害:発語が不明瞭になり、会話が困難になる
  • 4嚥下障害:誤嚥性肺炎のリスクとなり、栄養管理が重要
  • 5認知機能低下:特に実行機能・注意・処理速度が先に低下する
  • 6記憶障害:エピソード記憶よりも処理速度・作業記憶が早期に障害される
  • 7抑うつ・不安・焦燥感:発症前から現れることがあり自殺リスクと関連
  • 8脱抑制・衝動性・易怒性:人格変化として家族が最初に気づくことが多い
  • 9強迫症状・こだわり行動:同じ動作や質問の繰り返しが生じる
  • 10精神病症状:まれに統合失調症様の幻覚・妄想が現れる(特に若年型)

症状の進行

初期(発症〜5年)発症〜5年
  • 舞踏運動(体が自然に動く)が手足・顔に出始める

  • 感情不安定・易怒性・抑うつが先行することが多い

  • 作業の正確さが落ちる・落ち着きがなくなる

  • CAGリピート数が多いほど発症が早い

中期(5〜10年)発症5〜10年
  • 舞踏運動が全身に広がり、歩行バランスが著しく低下する

  • 構音障害・嚥下障害が出現し、食事の変更が必要

  • 記憶・実行機能・処理速度の明らかな低下

  • 体重減少(エネルギー消費の増大と嚥下障害による)

  • 精神症状(強迫行動・アパシー・精神病様症状)の増悪

後期(10年以降)発症10年以降
  • 運動が極度に障害され歩行不能・寝たきりになる

  • 高度認知症・ほぼ無言状態

  • 嚥下が困難となり誤嚥性肺炎のリスクが高まる

  • 全面的な介護が必要

  • 発症から平均15〜20年で死亡

※ 進行速度・症状の現れ方は個人差が大きく、必ずしも順序通りに進むとは限りません。

原因・メカニズム

HTT遺伝子の第1エクソンに存在するCAGリピートが正常範囲(35回以下)を超えて伸長すると病的変異となります。36〜39回では不完全浸透(発症するとは限らない)、40回以上では完全浸透(ほぼ必発)です。CAGリピート数が多いほど発症年齢が早くなる逆相関関係が知られており(遺伝的予測)、52回以上では若年発症(20〜30代)となることがあります。

異常伸長したCAGリピートは異常なポリグルタミン鎖を持つハンチンチンタンパク(mHTT)を産生します。mHTTは線条体(尾状核・被殻)のGABAニューロンに選択的に蓄積し、ミトコンドリア機能障害・興奮毒性・転写制御異常・軸索輸送障害などの複合的なメカニズムで神経細胞死を引き起こします。線条体の萎縮が大脳皮質-基底核-視床ループを障害することで、運動制御・認知・情動の三領域にわたる症状が生じます。父親から子への遺伝的予測現象(anticipation)により、子世代でリピート数が増加し発症年齢が早まることがあります。

診断

確定診断はHTT遺伝子のCAGリピート数測定(末梢血DNAによる遺伝子検査)によります。36回以上で病的変異と判断します。検査前には遺伝専門医・遺伝カウンセラーによる十分な事前カウンセリングが必須であり、MDS(Movement Disorder Society)の遺伝子診断基準および日本医学会の「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」に従うことが求められます。

無症状の保因者に対する発症前診断(pre-symptomatic testing)は、ACMG/ASHG のガイドラインに基づき、18歳未満への実施は原則行いません。本人が検査を受けない権利(知らない権利)を尊重することも倫理上の要件です。

MRIでは線条体(尾状核)の萎縮が進行とともに確認され、脳室の拡大を伴います。神経心理検査では実行機能・処理速度・視覚空間能力の低下が早期から認められます。HDQ(Huntington's Disease Questionnaire)や統一ハンチントン病評価尺度(UHDRS)を用いて経過を定量的に追跡します。

治療・ケア

根治療法はなく、症状緩和を目的とした対症療法が中心です。不随意運動(舞踏様運動)に対してはテトラベナジン(モノアミン枯渇薬)が第一選択で、日本でも保険適用があります。2023年に米国で承認されたバレナジン(deutetrabenazine の国内未承認)も欧米では選択肢となっています。症状が軽度の場合はクロナゼパムなどを使用することもあります。

精神症状には疾患ごとに使い分けます。抑うつ・不安にはSSRI(セルトラリン・エスシタロプラム等)、衝動性・脱抑制にはSSRIまたは非定型抗精神病薬(クエチアピン等)を少量から投与します。自殺リスクが高いため精神科的サポートを並行して行うことが重要です。

非薬物療法として、言語療法(構音・嚥下訓練)、作業療法(日常生活動作の維持)、理学療法(転倒予防・歩行訓練)、栄養管理(高カロリー食・経管栄養の準備)が進行段階に応じて提供されます。遺伝カウンセリングは診断時のみならず、家族が発症前検査を検討する際にも継続的に提供される必要があります。

予後・経過

発症から平均10〜20年の経過で死亡します。主な死因は誤嚥性肺炎・転倒による外傷・心不全・自殺です。若年発症型(ウェストファル型:20歳未満発症、CAGリピート数60回以上)は筋固縮・痙攣・小脳失調が前景に出て進行が速く、予後は5〜10年と短い傾向があります。CAGリピート数が大きいほど発症年齢が早く、進行も速い傾向がありますが、個人差が大きいです。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Ross CA, Aylward EH, Wild EJ, et al.Huntington disease: natural history, biomarkers and prospects for therapeutics.Nat Rev Neurol (2014)
  2. [2]Bates GP, Dorsey R, Gusella JF, et al.Huntington disease.Nat Rev Dis Primers (2015)
  3. [3]McColgan P, Tabrizi SJ.Huntington's disease: a clinical review.Eur J Neurol (2018)
  4. [4]日本神経学会ハンチントン病診療ガイドライン2020日本神経学会 (2020)
  5. [5]Paulsen JS, Long JD.Onset of Huntington's disease: Can it be purely cognitive?Mov Disord (2014)

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