分類4代謝・内分泌・栄養の異常10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

副甲状腺機能異常(高カルシウム血症)とは?

カルシウム代謝異常による認知機能障害

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体験談・具体的な事例

野口敏子さん(仮名・69歳)は、長年小学校の養護教諭として勤務し、退職後は地域の民生委員として高齢者の見守り活動を続けていました。社交的な性格で俳句サークルとウォーキンググループを楽しんでいた敏子さんでしたが、67歳ごろから「なんとなく体が重い」という感覚が続くようになりました。 最初は「更年期の名残かな」と特に気にとめていませんでした。しかし、ウォーキング中にすぐ疲れる、俳句の句会で言葉が浮かびにくい、お腹の調子が悪くて便秘がひどい——そういった症状が半年以上続き、気分も沈みがちになりました。夫の正男さんが「最近ぼんやりしている時間が増えた」と心配し、かかりつけの整形外科で骨粗鬆症の経過観察のために受けた血液検査で、カルシウム値が 11.2 mg/dL(基準値 8.4〜10.0 mg/dL)と高いことを指摘されました。 「カルシウムが高いとどんな影響があるの?」と思っていた敏子さんでしたが、紹介を受けた内分泌内科で副甲状腺ホルモン(PTH)も 185 pg/mL(基準値 15〜65 pg/mL)と著明高値であることが判明しました。頸部エコーと Tc-99m セスタミビシンチグラフィで右下副甲状腺に径 18mm の腺腫が同定され、原発性副甲状腺機能亢進症の診断が確定しました。 耳鼻咽喉科・甲状腺外科での頸部手術(副甲状腺腺腫摘出術)は1時間半ほどで終わりました。術翌日には血清カルシウムが 9.1 mg/dL と速やかに正常域へ回復しました。「手術の翌日から、頭の中がすっきりした感じがした」と敏子さんは振り返ります。2週間後に退院し、外来でのフォローを開始しました。 術後3ヶ月後の認知機能検査(MMSE)では、術前の22点から28点へと改善しました。便秘は消失し、倦怠感もほぼなくなりました。夫の正男さんも「俳句の句会に戻って生き生きしている。あの頃とは別人のようだ」と目を細めます。 「まさか骨の定期検査が認知症の治療につながるとは思いもしなかった」と敏子さんは言います。骨粗鬆症のルーティン採血が、思わぬ「治る認知症」の発見につながったのでした。術後6ヶ月で骨密度も改善の傾向が見られており、担当医から「今後は年1回の採血と骨密度測定で経過を見ていきましょう」と説明を受けています。

基礎知識の解説

副甲状腺機能異常(高カルシウム血症)とは

原発性副甲状腺機能亢進症は、副甲状腺腺腫(約85%)・過形成(約15%)・癌(1%未満)により副甲状腺ホルモン(PTH)が過剰分泌され、持続的な高カルシウム血症を引き起こす疾患です。有病率は一般人口の約0.1〜0.3%で、50歳以上の女性に多く見られます。高カルシウム血症は神経細胞の興奮性を低下させ、認知機能障害・抑うつ・倦怠感・便秘・多飲多尿・骨粗鬆症などの多彩な症状を呈します。近年は無症候性(健診での偶発的発見)が増加しており、認知症様症状が唯一の訴えとなることもあります。副甲状腺腺腫摘出術で根治でき、術後に認知機能が著明改善する「治る認知症」の重要な一例です。

主な症状

  • 1認知機能低下(集中力・記憶力・処理速度の低下)
  • 2抑うつ・不安・情動不安定
  • 3無気力・疲労感・意欲低下
  • 4多飲・多尿(高カルシウム血症による腎への影響)
  • 5便秘(消化管平滑筋の弛緩)
  • 6悪心・嘔吐・食欲不振
  • 7骨痛・骨粗鬆症・脆弱性骨折
  • 8尿路結石(高カルシウム尿症)
  • 9筋力低下・近位筋力低下
  • 10高血圧・QT短縮(心電図変化)

原因・メカニズム

副甲状腺腺腫が自律的にPTHを過剰分泌することで、骨からのカルシウム放出(破骨細胞活性化)・腎でのカルシウム再吸収増加・消化管からのカルシウム吸収促進(1,25(OH)2ビタミンD活性化を介して)が同時に亢進し、持続的な高カルシウム血症が生じます。カルシウムイオンは神経細胞の興奮性を調節する重要な細胞外シグナルであり、高カルシウム血症では神経細胞膜の脱分極閾値が上昇(興奮しにくくなる)し、神経伝達の全体的な抑制が起きます。特に前頭前野・海馬・側頭葉の神経回路が影響を受け、注意・ワーキングメモリ・エピソード記憶が障害されます。また、PTH自体が血液脳関門を越えて脳内PTH受容体に作用し、神経可塑性に直接影響を及ぼすという証拠も積み重なっています。高カルシウム血症が長期間続くと、腎機能障害・高血圧を介した間接的な脳への影響も加わります。

診断

日本内分泌学会の原発性副甲状腺機能亢進症ガイドラインに基づき、血清補正カルシウム高値(10.0 mg/dL超)と血清intact PTH高値(65 pg/mL超)の同時確認が診断の基本です。血清アルブミン補正カルシウム値=測定値+(4.0-アルブミン値)×0.8 で算出します。24時間尿中カルシウム排泄量の増加も確認します。家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症(FHH)との鑑別にカルシウム・クレアチニン比を用います。腺腫の局在同定には頸部超音波検査と Tc-99m セスタミビシンチグラフィを組み合わせ、感度・特異度が向上します。骨密度測定(DXA法)で骨粗鬆症の程度を評価し、腎エコーで尿路結石を確認します。Bilezikian ら(2014年)の国際ガイドラインでは、血清カルシウム 1.0 mg/dL以上の高値、eGFR 60 mL/min未満、骨密度Tスコア−2.5以下、年齢50歳未満のいずれか1つでも該当すれば手術適応とされています。

治療・ケア

確実な根治療法は副甲状腺腺腫摘出術(副甲状腺切除術)です。腫大した副甲状腺を頸部切開または内視鏡下で摘出します。術中PTH測定(クイックPTH法)により腺腫の完全摘出を確認します。手術成功率は経験豊富な施設で95%以上です。術後一過性に低カルシウム血症(テタニー)が生じることがあるため、カルシウム・ビタミンD製剤の補充が必要な場合があります。手術不適応例や手術を希望しない場合には、シナカルセト塩酸塩(オスタバル)が高カルシウム血症のコントロールに使用されます。シナカルセトはカルシウム感知受容体(CaSR)を活性化してPTH分泌を抑制します。骨粗鬆症合併例にはビスホスホネート系薬剤・デノスマブなどを併用します。無症候性で手術適応を満たさない軽症例は、年1〜2回の採血・骨密度測定・尿路結石スクリーニングを行いながら経過観察します。

予後・経過

副甲状腺腺腫摘出術により血清カルシウムが正常化すると、認知機能・抑うつ・倦怠感などの神経精神症状は多くの場合に著明改善します。Roman ら(2011年)は手術後の不安・抑うつスコアの有意な改善を報告しており、認知機能の改善も3〜6ヶ月以内に認められることが多いです。ただし高カルシウム血症が長期間(数年)持続した場合や高齢者では、神経機能の完全回復が得られないことがあります。骨密度は術後1〜2年で有意に改善しますが、完全回復には数年を要します。尿路結石は術後に新規発生が減少します。術後も年1回程度の採血で再発(副甲状腺腺腫の再発・残存)をモニタリングします。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Roman SA, Sosa JA, Mayes L, Desai R, Boudourakis L, Lin R, Bhatt DLAnxiety and depression in patients with benign thyroid and parathyroid diseaseWorld Journal of Surgery (2006)
  2. [2]Bilezikian JP, Brandi ML, Eastell R, Silverberg SJ, Udelsman R, Marcocci C, Potts JT JrGuidelines for the management of asymptomatic primary hyperparathyroidism: summary statement from the Fourth International WorkshopJournal of Clinical Endocrinology and Metabolism (2014)
  3. [3]日本内分泌学会原発性副甲状腺機能亢進症の診療ガイドライン日本内分泌学会 (2014)
  4. [4]Walker MD, McMahon DJ, Inabnet WB, Lazar RM, Brown I, Vardy S, Bilezikian JPNeuropsychological features in primary hyperparathyroidism: a prospective studyJournal of Clinical Endocrinology and Metabolism (2009)

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