分類4|代謝・内分泌・栄養の異常約7分で読めます
ビタミンB1欠乏症(ウェルニッケ・コルサコフ症候群)とは?
アルコールや栄養不足による重篤な脳障害
この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。
体験談・具体的な事例
長谷川昭さん(仮名・52歳)は10年以上にわたる重度のアルコール依存症でした。食事をほとんど取らず、毎日缶ビールを10本以上飲む生活が続いていました。
ある日、妻の由美子さんが「目の動き」がおかしいことに気づきました。目を動かすと複視が出て、眼球が不規則に揺れる(眼振)ことも。立とうとすると激しくふらつき、歩けません。意識は保たれているものの、何を聞いても「え?」と繰り返すだけで、会話が噛み合いません。
救急外来でビタミンB1(チアミン)欠乏による「ウェルニッケ脳症」と診断されました。「今すぐビタミンB1を点滴しなければ死亡する可能性がある」と医師は言いました。
緊急でビタミンB1を大量静注しました。眼球運動障害は数時間で改善し、歩行も少しずつ戻ってきました。しかし記憶の問題だけは改善しませんでした。昭さんは「今日は何月何日?」という質問に「3月(実際は10月)」と答え、「さっきここに来たのは初めてですか?」という質問に「初めてです」と答えます(実際には昨日も来院している)。
「ウェルニッケ脳症の後遺症として、コルサコフ症候群になった」と診断されました。新しい記憶が全く形成できなくなった昭さんは、記憶の空白を「作話(もっともらしい嘘)」で埋めるようになりました。
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基礎知識の解説
ビタミンB1欠乏症(ウェルニッケ・コルサコフ症候群)とは
ウェルニッケ・コルサコフ症候群は、ビタミンB1(チアミン)の欠乏により脳が障害される疾患です。急性期は「眼球運動障害・運動失調・意識障害」の三徴(ウェルニッケ脳症)が現れ、緊急のビタミンB1補充が必要です。治療が遅れると重篤な健忘症候群(コルサコフ症候群)として固定化します。慢性アルコール依存症が最多の原因ですが、栄養不足・がん・嘔吐・手術後でも発症します。
主な症状
- 1ウェルニッケ脳症:眼球運動障害(外直筋麻痺・眼振)
- 2ウェルニッケ脳症:小脳性運動失調(歩行不能・ふらつき)
- 3ウェルニッケ脳症:意識障害(錯乱・無気力)
- 4コルサコフ症候群:前向性健忘(新しい記憶が作れない)
- 5コルサコフ症候群:逆向性健忘(過去の記憶の一部が消える)
- 6コルサコフ症候群:作話(記憶の空白をもっともらしい話で埋める)
- 7相対的に保たれる知的機能・遠隔記憶
原因・メカニズム
チアミンは糖代謝の補酵素として脳の高代謝部位(乳頭体・視床背内側核・小脳虫部など)に不可欠です。欠乏すると乳頭体・視床背内側核が特異的に障害され、記憶の形成(海馬−乳頭体−視床−前頭葉回路)が不可逆的に障害されます。
診断
臨床診断が中心です。「眼球運動障害+運動失調+意識障害」の三徴のうち2つがあれば、診断を確定させるより先にチアミンを投与します(「疑ったら即投与」)。血中チアミン値・赤血球トランスケトラーゼが低値を示します。MRIで乳頭体・視床・中脳蓋の異常信号を確認します。
治療・ケア
ウェルニッケ脳症:ビタミンB1静注(200mg×3回/日、最低3日間)を直ちに開始。グルコースを先に投与するとB1消費が促進されるため、B1を先に投与または同時投与することが原則です。コルサコフ症候群への固定化を防ぐには早期投与が絶対的に重要です。断酒支援・栄養管理・リハビリが継続的に必要です。
予後・経過
ウェルニッケ脳症を迅速に治療した場合、眼球運動障害は数時間〜数日で改善します。しかし健忘(コルサコフ症候群)は一度固定すると回復が困難で、約20〜25%のみが完全回復します。
この疾患の重要ポイント
- •「疑ったらすぐビタミンB1」——数時間の遅れがコルサコフ症候群への固定化を招く
- •グルコース投与よりB1補充を先に——ブドウ糖がB1を消費して症状が悪化する
- •アルコール依存症だけでなく、長期絶食・嘔吐・がん化学療法後でも発症する
- •コルサコフ症候群の「作話」は嘘をついているのではなく、記憶の空白を埋める脳の反応
- •予防が最善——アルコール依存症の治療・ビタミンB1補充・適切な栄養管理
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