分類4代謝・内分泌・栄養の異常10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

低ナトリウム血症とは?

血液中のナトリウム低下による脳機能障害

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

川島恵子さん(仮名・81歳)は、長野県の山間部で40年間、農業と民宿経営を営んできた女性です。夫に先立たれてからも畑仕事を続け、夏は登山客向けに手打ちそばを振る舞う生活を送っていました。「水をたくさん飲むと健康に良い」という雑誌記事を読んでから、毎日2リットル以上の水を欠かさず摂取する習慣がつきました。同時に、10年以上前から高血圧と心不全の治療でサイアザイド系利尿薬(ヒドロクロロチアジド)を服用していました。 ある8月の朝、恵子さんは起き上がろうとして立ちくらみを起こし、台所で茶碗を落としてしまいました。娘の由美子さん(仮名・55歳)が「お母さん、なんか話がかみ合わない」と気づいたのはその翌日のことです。午後になると「ここはどこ?」と繰り返し、昨日食べた昼食を全く覚えていませんでした。「熱中症かも」と思った由美子さんは恵子さんに水を飲ませましたが、症状は改善せず、翌朝に救急外来を受診しました。 採血の結果、血清ナトリウム値は118mEq/Lでした(基準値:135〜145mEq/L)。血清浸透圧は243mOsm/kgと低浸透圧状態で、尿中ナトリウムは48mEq/Lと高値でした。甲状腺・副腎機能は正常範囲内であり、SIADH(抗利尿ホルモン不適切分泌症候群)合併を除外しつつ、サイアザイド系利尿薬による低ナトリウム血症と診断されました。担当医は「急性発症の重篤な低ナトリウム血症です。ただし補正は必ず慎重に行う必要があります」と家族に説明しました。 入院1日目は0.9%生理食塩水を用いて、最初の24時間で血清ナトリウムを8mEq/L以内の上昇に抑える緩徐補正が行われました。「急いで補正すると橋中心性髄鞘崩壊症(ODS:浸透圧性脱髄症候群)という重篤で不可逆的な神経障害が起きる危険があります」と担当医は説明しました。サイアザイド系利尿薬を中止し、過剰な水分摂取を制限しました。 補正開始から48時間後、恵子さんの見当識は著明に改善しました。「長野に来て農業をしている」と正確に答えられるようになり、由美子さんとの会話も噛み合うようになりました。入院4日目には血清ナトリウムが130mEq/Lに達し、病棟内を歩けるまでに回復しました。退院前に薬剤師から水分摂取の適切な指導を受けました。 退院後、恵子さんは1日の水分摂取量を食事からの水分を含めて1.5リットル以内に調整するようになりました。「水を飲みすぎると塩分が薄まって危険なんですね。逆だと思っていました」と話す恵子さんに、由美子さんは月2回、血液検査のために病院に付き添っています。 現在、恵子さんは降圧薬をアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬に変更し、電解質のモニタリングを続けながら農業を再開しています。「電解質が整うと頭がはっきりする。まるで霧が晴れたようです」と笑う恵子さんの言葉は、低ナトリウム血症が「治る認知症」であることを示す生きた証です。

基礎知識の解説

低ナトリウム血症とは

低ナトリウム血症(血清Na濃度<135mEq/L)は高齢者に最も多い電解質異常であり、65歳以上の入院患者の約7〜11%に認められます。サイアザイド系利尿薬、SIADH(抗利尿ホルモン不適切分泌症候群)、心不全・肝硬変による希釈性低Na、過剰な水分摂取が主な原因です。主要症状は認知機能低下・見当識障害・傾眠・悪心嘔吐・筋痙攣であり、血清Na<120mEq/Lではけいれん発作・昏睡を来します。適切な補正(24時間で8〜10mEq/L以内)により多くの場合に症状は回復する「治る認知症」の代表疾患です。

主な症状

  • 1倦怠感・脱力感(初期から出現しやすい)
  • 2頭痛・悪心・嘔吐
  • 3認知機能低下(集中力・記憶力・思考速度の低下)
  • 4見当識障害(場所・時間・人物の混乱)
  • 5傾眠・無気力・うつ様症状
  • 6歩行障害・転倒リスクの増大
  • 7筋痙攣・ミオクローヌス(筋肉のぴくつき)
  • 8てんかん発作(血清Na<120mEq/L以下の重篤例)
  • 9意識障害・昏睡(重篤な急性低ナトリウム血症)
  • 10浮腫(心不全・肝硬変による希釈性の場合)

原因・メカニズム

ナトリウム(Na⁺)は細胞外液の主要な陽イオンであり、血漿浸透圧(正常:275〜290mOsm/kg)の約半分を担っています。血清Na低下により細胞外液の浸透圧が下がると、浸透圧較差に従って水分が細胞内に移行し、細胞が膨張します。頭蓋内に固定された神経細胞・グリア細胞が膨張すると脳浮腫が生じ、頭蓋内圧が上昇して神経機能が障害されます。急性低ナトリウム血症(48時間以内)では脳の適応機構が追いつかず、重篤な脳浮腫を来します。一方、慢性低ナトリウム血症(48時間以上)では脳内から溶質(タウリン・グルタミン酸など有機オスモライト)が排出されて細胞内浸透圧が低下し、脳浮腫が軽減されます。このため慢性例では症状が軽微でも、急速補正によって今度は脳細胞が逆方向に脱水・収縮し、橋中心性髄鞘崩壊症(ODS)を引き起こす危険があります。

診断

欧州内分泌学会(ESE)2014年ガイドライン(Spasovski ら)および米国専門家パネル推奨(Verbalis ら、2013年)に基づき、①血清Na<135mEq/L、②血清浸透圧<275mOsm/kg(低浸透圧性低Na血症の確認)、③尿浸透圧・尿中Na測定(SIADH:尿浸透圧>100mOsm/kg・尿Na>30mEq/L)、④甲状腺・副腎機能評価、⑤volume status(循環血液量)の評価(浮腫・頸静脈怒張・皮膚ツルゴール)の5ステップで診断分類します。症状の重篤度は血清Na絶対値だけでなく低下速度と持続期間によっても決定されます。血清Na<125mEq/Lでは緊急対応が必要です。MRIでODSを疑う場合は橋・基底核のT2高信号を確認します。

治療・ケア

症状を伴う急性重篤例(けいれん・意識障害)では、3%高張食塩水を最初の1時間で100mL静注し、血清Naを速やかに2〜3mEq/L上昇させます(Verbalis ら推奨)。その後は慎重に補正速度を落とし、最初の24時間での上昇幅を8mEq/L以内(低リスク例)、6mEq/L以内(アルコール依存・低栄養・低カリウム血症を伴う高リスク例)に制限します。急速補正はODS(橋中心性髄鞘崩壊症)を引き起こすため絶対に避けます。軽度〜中等度の慢性例では水分制限(500〜1,000mL/日)と原因治療(利尿薬中止、SIADH治療)が基本です。SIADH難治例にはバプタン製剤(トルバプタン)を用いることがあります。高齢者では転倒・骨折リスクが上昇するため、外来でも定期的な血清Na測定が推奨されます。

予後・経過

原因が除去できる症例(利尿薬中止、水分制限)では適切な補正により数日〜1週間で症状が回復します。急速補正によるODS(浸透圧性脱髄症候群)は四肢麻痺・嚥下障害・閉じ込め症候群を残す不可逆的な神経障害であり、致死的となることもあります。慢性反復性の低ナトリウム血症は転倒・骨折のリスクを高め、長期的な認知機能にも影響します。根本原因(心不全・肝硬変・SIADH・薬剤)の管理が再発予防の鍵となります。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Spasovski G, Vanholder R, Allolio B, et al.Clinical practice guideline on diagnosis and treatment of hyponatraemiaEuropean Journal of Endocrinology (2014)
  2. [2]Verbalis JG, Goldsmith SR, Greenberg A, et al.Diagnosis, evaluation, and treatment of hyponatremia: expert panel recommendationsThe American Journal of Medicine (2013)
  3. [3]Hoorn EJ, Zietse R.Diagnosis and treatment of hyponatremia: compilation of the guidelinesJournal of the American Society of Nephrology (2017)

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