分類4代謝・内分泌・栄養の異常10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

ウィルソン病とは?

銅の代謝異常による肝臓・脳への障害

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

藤田祐介さん(仮名・19歳)は愛知県の高校で吹奏楽部に所属し、トランペットを吹いていた青年です。高校2年生のころから「なんか手が震えて、楽譜を書くのが難しくなった」という症状が出始めました。受験のプレッシャーや疲れのせいだろうと本人も家族も考えていましたが、大学に入学して半年たっても症状は改善するどころか、講義中にノートを取る字が乱れるようになり、友人から「話し方が少し変わった気がする」と言われるほど構音も不明瞭になっていました。 転機となったのは、インターンシップの健康診断のついでに受けた眼科の定期検査でした。細隙灯(スリットランプ)を使って眼球を診察した眼科医が「角膜の周縁部に茶色い輪が見えます。カイザー・フライシャー輪といって、銅が沈着しているサインです」と言いました。祐介さんは「銅が目に沈着している?」と驚きました。眼科医はすぐに神経内科への紹介状を書き、「早めに受診してください」と伝えました。 神経内科での精密検査で、血清セルロプラスミンは8mg/dL(基準値:22〜35mg/dL)と著明に低下し、24時間尿中銅排泄量は580μg/日(正常:<50μg/日)と著増していました。血清銅も低値(60μg/dL、基準値:80〜110μg/dL)でした。頭部MRIでは被殻・視床・中脳(赤核)にT2/FLAIR高信号が認められました。肝機能はALT 72IU/Lと軽度高値で、腹部超音波では軽度の肝線維化所見が確認されました。「ウィルソン病」と臨床診断され、ATP7B遺伝子検査でc.3207C>A(Tyr1069Ter)変異が両アレルで確認され、確定診断に至りました。 主治医から「ATP7B遺伝子の変異により、肝臓で銅を胆汁に排泄するポンプ(ATP7B蛋白)が機能しなくなっているため、銅が肝臓・脳・角膜などに蓄積し続けています。治療で銅を除去し、さらなる蓄積を防ぐことができます。ただし治療は生涯継続する必要があります」と説明を受けました。EASL(欧州肝臓学会)2012年臨床ガイドラインおよび日本神経学会ウィルソン病診療ガイドライン2015に基づき、D-ペニシラミン(銅キレート薬)を125mg/日から開始し、2週ごとに250mgずつ漸増して最終的に750mg/日まで増量しました。 治療開始6ヶ月後、祐介さんの手の震えは著明に改善し、講義のノートを問題なく取れるようになりました。構音も友人から「普通に戻った」と言われるほど回復しました。MRIでも被殻の信号異常が縮小していました。1年後には吹奏楽サークルに再入部し、トランペットを再び吹けるようになりました。「あの眼科の先生に感謝しています。見逃されていたらどうなっていたか」と祐介さんは言います。 家族への遺伝子検査スクリーニングが勧められ、2歳下の妹も同じ変異を持つことが判明しました。妹は症状がなかったものの、24時間尿中銅排泄の増加と軽度の肝機能障害が認められ、予防的治療として亜鉛製剤(酢酸亜鉛150mg/日)が開始されました。 現在、祐介さんは大学3年生となり、血清セルロプラスミン・尿中銅・肝機能の定期モニタリングを続けながら大学生活を送っています。「一生薬を飲むのは最初つらかったけれど、飲まないと戻ってしまうとわかっているので、今は習慣になっています」という祐介さんの言葉は、早期発見・早期治療がいかに若い人の人生を守るかを示しています。

基礎知識の解説

ウィルソン病とは

ウィルソン病(肝豆状核変性症)は、ATP7B遺伝子の変異により肝細胞内の銅輸送ATPase(ATP7B蛋白)が機能を失い、銅の胆汁排泄が障害されて肝臓・脳・角膜・腎臓などに銅が蓄積する常染色体劣性遺伝の代謝疾患です。有病率は人口30,000〜50,000人に1人と推定されます。5〜35歳(特に10〜25歳)に発症することが多く、神経症状(振戦・ジストニア・構音障害・協調運動障害)・肝症状(肝炎・肝硬変)・眼症状(カイザー・フライシャー輪)・精神症状(うつ・人格変化・精神病様症状)が主要症状です。銅キレート療法または亜鉛製剤による治療で症状の進行を止め、多くの場合に改善が期待できる「治る認知症」の一つです。

主な症状

  • 1神経症状:振戦(安静時・企図振戦)、ジストニア(筋緊張異常による異常姿勢)
  • 2神経症状:構音障害(ろれつ困難・言語の乱れ)
  • 3神経症状:歩行障害・協調運動障害(小脳性運動失調)
  • 4認知機能低下・実行機能障害・記憶障害
  • 5精神症状:人格変化・易怒性・脱抑制・うつ
  • 6精神症状:精神病様症状(幻覚・妄想)——精神科初診となることも
  • 7肝症状:肝炎・肝線維化・肝硬変・急性肝不全(Wilson crisis)
  • 8眼症状:カイザー・フライシャー輪(角膜周縁部の茶褐色環状沈着)
  • 9溶血性貧血(Coombs陰性)
  • 10腎障害:ファンコーニ症候群(近位尿細管障害)

原因・メカニズム

ATP7B遺伝子(染色体13q14.3)が産生するATP7B蛋白は肝細胞のトランスゴルジ膜に存在し、①銅をセルロプラスミンに組み込む(セルロプラスミン分泌)と②余剰な銅を胆汁に分泌・排泄する機能を担います。ATP7B変異によりこれらの機能が失われると、銅が肝細胞内に蓄積します。蓄積した銅は酸化ストレス(フェントン反応によるOHラジカル産生)を引き起こして肝細胞を障害し、やがて血液中に遊離銅が放出されて全身臓器に沈着します。脳では特に基底核(被殻・淡蒼球)・視床・中脳に高濃度で沈着し、神経細胞の障害と脱髄を引き起こします。角膜ではデスメ膜への銅沈着がカイザー・フライシャー輪として可視化されます。血清セルロプラスミン低値は「銅を組み込めない」ことを反映し、診断の重要な手がかりとなります(Bandmann ら, Lancet Neurol 2015年)。

診断

EASL(欧州肝臓学会)2012年臨床ガイドラインおよび日本神経学会ウィルソン病診療ガイドライン2015に基づき、Leipzig scoreシステムで診断します。①カイザー・フライシャー輪(細隙灯検査で確認)、②血清セルロプラスミン低値(<20mg/dL)、③24時間尿中銅排泄増加(>100μg/日、症状あり例では>200μg/日)、④肝生検での銅定量(>250μg/g乾燥重量)、⑤ATP7B遺伝子変異の同定(両アレル変異で確定診断)の組み合わせで診断します。特に「10〜40代の神経症状・精神症状・肝機能異常の若年者」は必ずウィルソン病を鑑別に加えます。頭部MRIでの基底核・視床のT2/FLAIR高信号は神経型の特徴的所見です。精神症状が前面に出て精神科で診断される場合もあり、「若年者の精神症状に対してはウィルソン病の採血」という意識が医療者に求められます。

治療・ケア

EASL 2012年ガイドラインに基づき治療を行います。銅キレート療法(銅を尿中に排泄促進)と亜鉛製剤(銅の腸管吸収阻害)が二本柱の治療です。症状を有する患者の初期治療にはD-ペニシラミン(250〜1,000mg/日を分割投与)またはトリエンチン(900〜2,400mg/日)が選択されます。D-ペニシラミンは副作用(骨髄抑制・蛋白尿・ループス様症状)のモニタリングが必要です。神経型の一部でD-ペニシラミン開始初期に神経症状が一時的に増悪することがあり、注意を要します。症状安定後の維持療法には亜鉛製剤(酢酸亜鉛150mg/日分3)への切り替えも考慮します。食事では銅含有量の多い食品(レバー・カキなど貝類・ナッツ・チョコレート・キノコ類)の摂取を制限します。肝不全が進行した場合(Wilson crisis・肝硬変代償不全)は肝移植が根治療法です。治療は生涯継続が原則であり、自己中断による急性肝不全・神経症状の急速悪化に注意します。

予後・経過

早期発見・早期治療(発症から治療開始までの期間が短いほど)で神経症状・肝症状の大幅な改善が期待できます。治療開始後1〜2年で症状が著明に改善し、社会復帰できる患者が多数います。ただし進行した神経症状(重篤な認知機能障害・ジストニア)や肝硬変は完全回復が困難な場合もあります。治療の自己中断は急激な悪化(急性肝不全・神経症状の急速進行)を招くため、生涯の治療継続を患者と家族に繰り返し伝えることが重要です。同胞(兄弟姉妹)の25%が同じ変異を持つため、家族への遺伝子スクリーニングと早期発見が次の感染者(家族内)の予後を改善します。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]European Association for Study of Liver.EASL Clinical Practice Guidelines: Wilson's diseaseJournal of Hepatology (2012)
  2. [2]Bandmann O, Weiss KH, Kaler SG.Wilson's disease and other neurological copper disordersLancet Neurology (2015)
  3. [3]日本神経学会.ウィルソン病診療ガイドライン 2015日本神経学会 (2015)
  4. [4]Ferenci P, Caca K, Loudianos G, et al.Diagnosis and phenotypic classification of Wilson diseaseLiver International (2003)

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