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基礎知識の解説
ウィルソン病とは
ウィルソン病(肝豆状核変性症)は、ATP7B遺伝子の変異により肝細胞内の銅輸送ATPase(ATP7B蛋白)が機能を失い、銅の胆汁排泄が障害されて肝臓・脳・角膜・腎臓などに銅が蓄積する常染色体劣性遺伝の代謝疾患です。有病率は人口30,000〜50,000人に1人と推定されます。5〜35歳(特に10〜25歳)に発症することが多く、神経症状(振戦・ジストニア・構音障害・協調運動障害)・肝症状(肝炎・肝硬変)・眼症状(カイザー・フライシャー輪)・精神症状(うつ・人格変化・精神病様症状)が主要症状です。銅キレート療法または亜鉛製剤による治療で症状の進行を止め、多くの場合に改善が期待できる「治る認知症」の一つです。
主な症状
- 1神経症状:振戦(安静時・企図振戦)、ジストニア(筋緊張異常による異常姿勢)
- 2神経症状:構音障害(ろれつ困難・言語の乱れ)
- 3神経症状:歩行障害・協調運動障害(小脳性運動失調)
- 4認知機能低下・実行機能障害・記憶障害
- 5精神症状:人格変化・易怒性・脱抑制・うつ
- 6精神症状:精神病様症状(幻覚・妄想)——精神科初診となることも
- 7肝症状:肝炎・肝線維化・肝硬変・急性肝不全(Wilson crisis)
- 8眼症状:カイザー・フライシャー輪(角膜周縁部の茶褐色環状沈着)
- 9溶血性貧血(Coombs陰性)
- 10腎障害:ファンコーニ症候群(近位尿細管障害)
原因・メカニズム
原因・メカニズム
ATP7B遺伝子(染色体13q14.3)が産生するATP7B蛋白は肝細胞のトランスゴルジ膜に存在し、①銅をセルロプラスミンに組み込む(セルロプラスミン分泌)と②余剰な銅を胆汁に分泌・排泄する機能を担います。ATP7B変異によりこれらの機能が失われると、銅が肝細胞内に蓄積します。蓄積した銅は酸化ストレス(フェントン反応によるOHラジカル産生)を引き起こして肝細胞を障害し、やがて血液中に遊離銅が放出されて全身臓器に沈着します。脳では特に基底核(被殻・淡蒼球)・視床・中脳に高濃度で沈着し、神経細胞の障害と脱髄を引き起こします。角膜ではデスメ膜への銅沈着がカイザー・フライシャー輪として可視化されます。血清セルロプラスミン低値は「銅を組み込めない」ことを反映し、診断の重要な手がかりとなります(Bandmann ら, Lancet Neurol 2015年)。
診断
診断
EASL(欧州肝臓学会)2012年臨床ガイドラインおよび日本神経学会ウィルソン病診療ガイドライン2015に基づき、Leipzig scoreシステムで診断します。①カイザー・フライシャー輪(細隙灯検査で確認)、②血清セルロプラスミン低値(<20mg/dL)、③24時間尿中銅排泄増加(>100μg/日、症状あり例では>200μg/日)、④肝生検での銅定量(>250μg/g乾燥重量)、⑤ATP7B遺伝子変異の同定(両アレル変異で確定診断)の組み合わせで診断します。特に「10〜40代の神経症状・精神症状・肝機能異常の若年者」は必ずウィルソン病を鑑別に加えます。頭部MRIでの基底核・視床のT2/FLAIR高信号は神経型の特徴的所見です。精神症状が前面に出て精神科で診断される場合もあり、「若年者の精神症状に対してはウィルソン病の採血」という意識が医療者に求められます。
治療・ケア
治療・ケア
EASL 2012年ガイドラインに基づき治療を行います。銅キレート療法(銅を尿中に排泄促進)と亜鉛製剤(銅の腸管吸収阻害)が二本柱の治療です。症状を有する患者の初期治療にはD-ペニシラミン(250〜1,000mg/日を分割投与)またはトリエンチン(900〜2,400mg/日)が選択されます。D-ペニシラミンは副作用(骨髄抑制・蛋白尿・ループス様症状)のモニタリングが必要です。神経型の一部でD-ペニシラミン開始初期に神経症状が一時的に増悪することがあり、注意を要します。症状安定後の維持療法には亜鉛製剤(酢酸亜鉛150mg/日分3)への切り替えも考慮します。食事では銅含有量の多い食品(レバー・カキなど貝類・ナッツ・チョコレート・キノコ類)の摂取を制限します。肝不全が進行した場合(Wilson crisis・肝硬変代償不全)は肝移植が根治療法です。治療は生涯継続が原則であり、自己中断による急性肝不全・神経症状の急速悪化に注意します。
予後・経過
予後・経過
早期発見・早期治療(発症から治療開始までの期間が短いほど)で神経症状・肝症状の大幅な改善が期待できます。治療開始後1〜2年で症状が著明に改善し、社会復帰できる患者が多数います。ただし進行した神経症状(重篤な認知機能障害・ジストニア)や肝硬変は完全回復が困難な場合もあります。治療の自己中断は急激な悪化(急性肝不全・神経症状の急速進行)を招くため、生涯の治療継続を患者と家族に繰り返し伝えることが重要です。同胞(兄弟姉妹)の25%が同じ変異を持つため、家族への遺伝子スクリーニングと早期発見が次の感染者(家族内)の予後を改善します。
ウィルソン病の重要ポイント
「10〜40代の原因不明の神経症状・精神症状・肝機能異常」は必ずウィルソン病を鑑別する——見逃すと取り返しのつかない神経障害が進行する
カイザー・フライシャー輪(角膜周縁部の茶褐色環)が診断の重要な手がかり——神経症状のある患者は細隙灯検査を眼科に依頼する
血清セルロプラスミン低値+24時間尿中銅増加+ATP7B遺伝子変異で診断確定——採血・尿検査で診断に近づける
早期発見・早期治療で神経症状・肝症状の改善が期待できる——発症から治療開始までの時間が予後を決める
治療の自己中断は急性肝不全・神経症状の急速悪化を招く——生涯継続の必要性を患者・家族と共有し続ける
兄弟姉妹への遺伝子スクリーニングが感染者(家族内)の早期発見につながる——「家族も調べてください」と必ず伝える
精神科受診となった若年者の精神症状にも「ウィルソン病の可能性」を忘れない——精神科と神経内科の連携が診断を早める
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