分類8その他・稀な遺伝性疾患10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

異染性白質ジストロフィーとは?

スルファチドの蓄積による白質変性疾患

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体験談・具体的な事例

長島香奈さん(仮名・26歳)は、地方銀行の窓口業務で2年目を迎えたばかりでした。丁寧な接客が評判で、先輩行員からも目をかけられていましたが、23歳頃から「仕事で小さなミスが増えた」「伝票の計算が頭に入らない」という感覚が続いていました。「新人のプレッシャーかな」と自分に言い聞かせていましたが、25歳のとき、カウンター越しにお客様の言葉が頭に入ってこない、話の筋が追えないという症状が明らかになりました。 精神科を受診すると「うつ病」と診断され、SSRIによる薬物療法が始まりました。しかし3ヶ月が経っても改善はなく、むしろ歩き方に変化が出てきました。足が引きずるような痙性歩行、階段の上り下りでのつまずき——これらの身体症状に気づいた精神科医が神経内科への紹介状を書きました。 神経内科での診察で、担当医はアキレス腱反射の消失(末梢神経障害)と下肢の痙性亢進(中枢性障害)が同時に存在することに注目しました。「末梢神経と中枢神経の両方が同時に侵されている——ライソゾーム酵素の問題かもしれない」として、血液中のアリルスルファターゼA(ARSA)酵素活性を測定しました。結果は正常の10分の1以下——著明な低下が確認されました。ARSA遺伝子解析では両アレルに病的変異が確認され(複合ヘテロ接合)、「異染性白質ジストロフィー(MLD: Metachromatic Leukodystrophy)成人型」の確定診断が下りました。 MRI検査では大脳白質に広範なT2/FLAIR高信号が確認されました。「蝶の羽」様に両側前頭葉・頭頂葉の白質が対称的に侵されており、神経伝導検査では全四肢に運動・感覚神経伝導速度の著明な低下が示されました。「ARSA酵素が欠損してスルファチドが中枢・末梢神経のミエリンに蓄積する遺伝性のライソゾーム蓄積症です。精神症状で発症する成人型では、うつ病や統合失調症と誤診されて数年間診断がつかないケースが少なくありません」という説明に、香奈さんと両親は複雑な思いを抱きました。 「今の時期に遺伝子治療の臨床試験に参加できる可能性があります」という主治医の言葉に、香奈さんは希望を見出しました。症状の程度・MRI所見・ARSA遺伝子型から、ex vivo遺伝子補正造血幹細胞を用いた治療の候補者として評価が行われましたが、すでに大脳白質病変が中等度以上に進行していたため、この試験への参加は困難と判断されました。一方、症状管理として抗痙縮薬(バクロフェン10mg/日)による歩行改善、言語聴覚士によるコミュニケーション訓練、作業療法士による日常生活動作の補助が開始されました。 「精神科で1年間治療していたが、実は神経疾患だった」という後悔が、香奈さんと家族の心に重くのしかかりました。常染色体劣性遺伝であることが説明され、兄と姉への酵素活性スクリーニングも行われましたが、両者ともARSA活性は正常範囲でした。「もし新生児スクリーニングで生まれたときに見つかっていたら」という問いを、香奈さんは今も胸に持ちながら、在宅療養とリハビリを続けています。 現在は電動車椅子を使い、音声入力機能を活用したスマートフォンで家族や友人とのやり取りを楽しんでいます。「診断まで3年かかったけれど、今こうして自分の病気を知って、同じ境遇の人に伝えられることが大事だと思っている」と語る香奈さんの言葉は、成人型MLDの認知向上に向けた当事者の声として、医療者への啓発活動に役立てられています。

基礎知識の解説

異染性白質ジストロフィーとは

異染性白質ジストロフィー(MLD: Metachromatic Leukodystrophy)は、ARSA遺伝子変異によりアリルスルファターゼA(ARSA)酵素が欠損し、スルファチドが中枢・末梢神経のミエリン産生細胞に蓄積する常染色体劣性のライソゾーム蓄積症です。乳児型(1.5歳以前発症、最重症)・幼児型(1.5〜6歳)・成人型(16歳以降)に分類され、成人型では精神症状・認知機能低下が先行するためうつ病・統合失調症と誤診されやすいです。発症頻度は約1/4万出生で、白質ジストロフィーの中では最多とされます。

主な症状

  • 1成人型:精神症状(行動変容・感情不安定・認知機能低下)が初発
  • 2成人型:痙性歩行・協調運動障害
  • 3成人型:末梢神経障害(腱反射低下・感覚障害)
  • 4成人型:言語・コミュニケーション障害(語想起困難・構音障害)
  • 5成人型:排尿障害
  • 6乳児型:発達退行・歩行喪失・筋緊張低下・嚥下障害
  • 7幼児型:認知退行・学習障害・行動変容・痙攣
  • 8全型:MRIでの大脳白質の広範な変性(前頭葉優位の対称性T2高信号)
  • 9神経伝導検査での伝導速度著明低下(脱髄型末梢神経障害)
  • 10尿中スルファチド排泄増加

原因・メカニズム

ARSA酵素欠損によりスルファチド(3-O-スルホガラクトシルセラミド)がリソゾーム内で分解されず、ミエリンを産生するオリゴデンドロサイト(中枢神経)およびシュワン細胞(末梢神経)に蓄積します。スルファチドの過剰蓄積がミエリンの変性・崩壊を引き起こし、軸索の保護機能が失われます。病変は大脳・小脳・脊髄・末梢神経に進行します。「メタクロマジー」(異染性)とは、スルファチドが酸性クレジルバイオレット染色で赤褐色に染まる(通常と異なる色調)性質を指します。

診断

血漿または白血球のARSA酵素活性の著明な低下(正常の10〜15%以下)で疑い診断します。ARSA遺伝子解析で両アレルに病的変異を確認することで確定診断します。尿中スルファチド排泄増加が補助的指標となります。MRIでは大脳白質の広範なT2/FLAIR高信号(前頭葉・頭頂葉優位の対称性分布、「蝶の羽」様パターン)が特徴的です。神経伝導検査では運動・感覚神経伝導速度の著明な低下(脱髄型多発神経障害)が確認されます。成人型では精神科初診が多いため、「若年成人の行動変容+白質変性(MRI)+腱反射消失」の組み合わせが鑑別のきっかけとなります。

治療・ケア

造血幹細胞移植(HSCT)が発症前または発症初期(症状が軽度の段階)に行われた場合に疾患進行を遅らせる効果があります。遺伝子治療(Atidarsagene autotemcel:自家造血幹細胞へのレンチウイルスベクターによるARSA遺伝子補正)がEU・米国で承認されており、発症前〜初期の患者に有望な結果が示されています。日本では未承認ですが、患者申出療養制度等の活用が検討されます。症状が進行した後は対症療法が主体です。痙縮にバクロフェン・チザニジン、排尿障害に抗コリン薬、精神症状に対症的向精神薬を使用します。言語聴覚療法・作業療法・福祉機器(コミュニケーション補助機器)の活用が生活の質を支えます。

予後・経過

発症年齢・型によって予後が大きく異なります。乳児型は最も重症で、発症から3〜5年以内に死亡することが多いです。幼児型は数年〜10年の経過をたどります。成人型は比較的緩徐に進行しますが、最終的に重篤な認知症・運動障害に至ります。遺伝子治療が早期症例の予後を大きく変える可能性があり、新生児スクリーニングによる発症前診断が治療機会を最大化します。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Gieselmann V, Krägeloh-Mann I.Metachromatic leukodystrophy—an updateNeuropediatrics (2010)
  2. [2]Groeschel S, Kehrer C, Engel C, et al.Metachromatic leukodystrophy: natural course of cerebral MRI changes in relation to clinical courseJ Inherit Metab Dis (2011)

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