分類1変性性認知症10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

神経フェリチン症とは?

鉄代謝の異常による稀な神経変性疾患

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体験談・具体的な事例

友田直子さん(仮名・42歳)の家族は、長年「代々続く不思議な病気」とともに生きてきました。祖父(73歳没)は40代半ばで手足が勝手に動くようになり、60代には言葉を発することもできなくなっていたといいます。父も同じ症状が50代前半に現れ、58歳で肺炎のために亡くなりました。直子さんは子どものころから「もし自分も同じ病気になったら」という不安を抱え続けていました。 症状が現れたのは39歳のことでした。利き手の左腕が、ふとした瞬間にひとりでに持ち上がったり、指がリズミカルに動いたりする——まるで音楽に合わせているかのような、なめらかな不随意運動でした。最初は「疲れているせいかな」と思っていましたが、箸を持つ動作が難しくなり、文字を書いても以前より形が崩れるようになりました。夫に「字が変わったね」と指摘されたことで、ようやく受診を決意しました。 神経内科を受診すると、舞踏様運動(コレア)と軽度のジストニア(筋肉が持続的に収縮し姿勢が歪む)が確認されました。担当医が「ハンチントン病に似ているが、何か違う」と感じ、精密検査を開始しました。頭部MRIのT2強調画像で、両側の被殻(線条体の一部)と淡蒼球に著明な低信号が確認されました——鉄が沈着している典型的な所見です。 血液検査でフェリチン値が12 ng/mL(基準値12〜220 ng/mL)と正常下限ぎりぎりまで低下していることが判明しました。「体の中に鉄が過剰なのに、血液中のフェリチンが低い——これは異常なフェリチンタンパクが正常に機能していないことを示しています」と担当医は説明しました。FTL(フェリチン軽鎖)遺伝子解析を行うと、c.460dupA変異が同定されました。「神経フェリチン症(Neuroferritinopathy)」の確定診断でした(Curtis ら, 2001の報告に記載された変異タイプ)。 診断後、直子さんは二人の子ども(16歳・14歳)への遺伝の可能性について遺伝カウンセラーと相談を始めました。常染色体優性遺伝であるため、各子どもへの遺伝確率は50%です。「子どもたちにも同じ思いをさせてしまうかもしれない——そう思うと、怖くて夜も眠れない夜がある」と直子さんは語ります。 鉄キレート療法(デフェリプロン 25 mg/kg/日 分3経口投与)が開始されました。「劇的な改善は難しいが、鉄の蓄積を少しずつ減らすことで進行を緩やかにすることが期待できます」と主治医から説明を受けました。不随意運動にはクロナゼパムが処方され、症状の一部が和らぎました。作業療法・言語療法も週2回から開始し、箸の動作練習と発話練習を続けています。 「父と同じ病気かもしれないとずっと覚悟していたけれど、診断名がついたことで、これから何をすべきかがはっきりした」と直子さんは言います。専門医・遺伝カウンセラー・リハビリチームと連携しながら、今日を大切に生きています。

基礎知識の解説

神経フェリチン症とは

神経フェリチン症(Neuroferritinopathy)は、フェリチン軽鎖遺伝子(FTL)の変異によって異常なフェリチンタンパクが産生され、鉄が脳の基底核(線条体・淡蒼球・視床)に過剰沈着する常染色体優性遺伝の超稀少疾患です。「脳内鉄沈着を伴う神経変性疾患(NBIA)」の一型で、世界で100家系以下の報告しかありません。40〜55歳に発症することが多く、不随意運動(舞踏様運動・ジストニア)・構音障害・認知機能障害が主症状です。血清フェリチン値の低下とMRIの基底核T2低信号が特徴的な診断手がかりです。

主な症状

  • 1不随意運動(舞踏様運動・ジストニア——四肢・体幹・顔面)
  • 2構音障害(ろれつが回りにくい、言葉がもつれる)
  • 3嚥下障害(誤嚥リスク、進行期に顕著)
  • 4小脳失調(ふらつき・歩行障害)
  • 5眼球運動障害(一部症例)
  • 6認知機能低下(実行機能・注意の障害が先行)
  • 7精神症状(抑うつ・認知症様症状・行動変容)
  • 8血清フェリチン値の低下(逆説的な所見:体内鉄過剰なのに血清は低値)
  • 9MRI T2強調画像での基底核低信号(鉄沈着)
  • 10常染色体優性遺伝による家族集積(親・兄弟・子への50%遺伝リスク)

原因・メカニズム

FTLタンパク(フェリチン軽鎖)は鉄を安全にフェリチン複合体内に貯蔵する役割を担います。FTL遺伝子のフレームシフト変異(c.460dupA等)により、異常なC末端を持つフェリチン軽鎖タンパクが産生されます。この変異型フェリチンは鉄を正常に取り込めず、鉄を「漏出」させます。余剰の鉄がフェントン反応を介してフリーラジカル(活性酸素種)を大量産生し、基底核神経細胞に酸化ストレスを与えることで選択的な神経変性が生じます。鉄の毒性は線条体・淡蒼球・視床の神経回路を優先的に障害し、不随意運動・認知症様症状の原因となります。

診断

MRIのT2強調画像で両側基底核(特に被殻・淡蒼球)の低信号(鉄沈着)を確認することが診断の第一歩です(Chinnery ら 2007)。SWI(磁化率強調画像)ではさらに鮮明に鉄沈着を描出できます。血清フェリチン値の低下(≦20 ng/mL または正常下限以下)は逆説的な所見として重要な診断手がかりです(体内では鉄が蓄積しているため、通常はフェリチン高値を呈するはずであり、低値は異常なフェリチン機能を示唆します)。FTL遺伝子の変異解析で確定診断します。鑑別診断として、ハンチントン病・パントテン酸キナーゼ関連神経変性症(PKAN)・その他のNBIA(BPAN・MPAN等)との鑑別が必要です。家族歴(常染色体優性)の確認も診断に有用です。

治療・ケア

根治療法はありません。鉄キレート療法(デフェリプロン 25〜30 mg/kg/日 分3経口投与)が脳内鉄の排泄を促す可能性があり、進行を緩やかにする効果が期待されていますが、エビデンスは限定的です。不随意運動(舞踏様運動)にはクロナゼパム・テトラベナジン、ジストニアにはボツリヌス毒素局所注射が使用されます。構音・嚥下障害には言語療法、運動機能低下には理学療法・作業療法を継続的に行います。遺伝カウンセリングが家族計画において不可欠です。稀少疾患であるため、NBIA専門施設(国内では大学病院神経内科)での管理が推奨されます。

予後・経過

通常40〜55歳に発症し、発症後10〜20年で著明な機能低下を来します。進行速度には個人差があり、同一家系内でも差が見られることがあります。不随意運動と構音・嚥下障害が先行し、後期には認知症様症状・誤嚥性肺炎が問題となります。誤嚥性肺炎・感染症が主な死因となることが多いです。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Curtis AR, Fey C, Morris CM, et al.Mutation in the gene encoding ferritin light polypeptide causes dominant adult-onset basal ganglia diseaseNat Genet (2001)
  2. [2]Chinnery PF, Crompton DE, Birchall D, et al.Clinical features and natural history of neuroferritinopathy caused by the FTL1 460InsA mutationBrain (2007)
  3. [3]Dusek P, Schneider SA, Aaseth JIron chelation in the treatment of neurodegenerative diseasesJ Trace Elem Med Biol (2016)

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