分類1変性性認知症10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

脊髄小脳変性症に伴う認知症とは?

運動失調に伴って現れる認知機能障害

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

岡田博之さん(仮名・55歳)は、IT系企業でシステムエンジニアとして働く現役の会社員です。趣味はオーケストラでのチェロ演奏で、毎週土曜日の練習が生きがいのひとつでした。妻の麻衣さんと中学生の娘の3人で暮らし、マンションの4階に住んでいました。 40代後半から「酔っぱらっているみたいな歩き方」を職場の同僚に指摘されるようになりました。本人はお酒を一切飲みません。最初は疲れのせいだと思っていましたが、階段を踏み外すことが増え、まっすぐ廊下を歩けない日が出てきました。チェロの弦を押さえる左手の動きが鈍くなり、弓を持つ右手も微妙にぶれるようになりました。耳鼻科・整形外科・内科と受診を重ねましたが異常は見つからず、ようやく神経内科を受診したのは症状が出てから2年後のことでした。 神経内科では脳MRIに小脳の萎縮が確認されました。遺伝子検査(SCA3遺伝子のCAGリピート数測定)の結果、リピート数73回(正常は12〜44回)——「脊髄小脳変性症3型(マシャード・ジョセフ病、SCA3)」の確定診断でした。博之さんの父方の親族にも同様の症状を持つ人がいることがわかり、常染色体優性遺伝であることが確認されました。「娘に遺伝しますか」という麻衣さんの問いに、担当医は遺伝カウンセラーとの面談を勧めました。 54歳になったころから、物忘れが目立ち始めました。システムの仕事で複数のタスクを同時に管理することが難しくなり、プロジェクトの段取りがつかめない、会議で話の流れを見失う。麻衣さんは「最初は運動症状だけだったのに、頭のほうも変わってきた」と感じました。神経心理検査ではTMT-B(前頭葉機能評価)・数字逆唱(ワーキングメモリ)・ストループ課題(注意制御)で顕著な低下が確認されました。担当医から「SCA3では大脳皮質・前頭葉への変性が進行すると実行機能・注意・処理速度を中心とした認知機能障害が出現します」と説明を受けました。 理学療法士・作業療法士・言語聴覚士を交えたリハビリテーションプログラムが開始されました。週2回の通院リハビリでは歩行訓練・転倒予防・嚥下訓練を実施し、自宅では継続できる筋力維持の体操が処方されました。電動車椅子の導入と自宅のバリアフリー改修(廊下・浴室の手すり設置・段差解消)が行われました。音声入力ソフトの導入でメールや文章作成が再び可能となりました。 博之さんは現在、電動車椅子で生活しながら在宅ワークを続けています。地域のSCA(脊髄小脳変性症)患者会のオンライン活動に参加し、「同じ病気の仲間がいることで、孤独じゃないと思えるようになった。情報が共有できて、制度の使い方も教えてもらえる」と博之さんは言います。チェロは今も諦めていません。弓の持ち方を工夫しながら、一音一音確かめるように演奏しています。 脊髄小脳変性症は根治療法がない難病ですが、正確な診断・適切なリハビリテーション・多職種支援・患者コミュニティとのつながりが、その人らしい生活を長く支える力となります。

基礎知識の解説

脊髄小脳変性症に伴う認知症とは

脊髄小脳変性症(SCA:Spinocerebellar Ataxia)は、小脳・脊髄の神経細胞が変性する疾患群の総称で、40種類以上のサブタイプが知られている。主な症状は運動失調(歩行時のふらつき・手足の不器用さ・構音障害)であるが、疾患サブタイプ・進行度によって実行機能・注意・処理速度を中心とした認知機能障害を伴うことがある。日本のSCA全体の有病率は人口10万人あたり7〜8人とされ、遺伝性(常染色体優性遺伝が多い)と孤発性がある。SCA3(マシャード・ジョセフ病)は世界的に最多のサブタイプであり、CAGリピートの伸長が原因遺伝子変異となる。発症年齢は30〜60歳代が多く、若年発症の進行性疾患として就労・家族・遺伝への影響が大きい。

主な症状

  • 1運動失調(歩行時のふらつき・バランス障害・階段の踏み外し)
  • 2手・指の不器用さ(書字困難・楽器演奏の障害)
  • 3構音障害(ろれつが回りにくい・言葉が不明瞭になる)
  • 4眼球運動障害(眼振・眼球運動の緩慢化)
  • 5嚥下障害(誤嚥・食事に時間がかかる)
  • 6実行機能の低下(複数タスク管理・段取りの困難)
  • 7注意・処理速度の低下(会話の流れを見失う・反応が遅くなる)
  • 8ワーキングメモリの障害(直後の情報を保持する力の低下)
  • 9抑うつ・不安(進行性疾患への心理的反応を含む)
  • 10前頭葉症状(無関心・計画性の低下)——特に前頭葉変性を来すSCA17などで顕著

原因・メカニズム

SCAの原因はサブタイプによって異なる。CAGリピートの伸長(SCA1/2/3/6/7/17等)が最多のカテゴリーであり、伸長したポリグルタミン鎖(polyQ)を持つタンパクが核内に異常凝集し、神経細胞死を引き起こす。SCA3(マシャード・ジョセフ病)ではATXN3遺伝子のCAGリピートが正常の44回以下から73回以上に伸長することで発症する。小脳プルキンエ細胞・脊髄の神経細胞変性が運動失調の主体をなすが、大脳基底核・前頭葉・側頭葉への変性が進行すると実行機能・注意・記憶の障害が出現する。SCAの認知機能障害は「前頭葉・小脳ループ」の障害によるものが多く、純粋な記憶障害よりも注意・遂行機能の低下が先行することが特徴である。

診断

遺伝子検査(CAGリピート数測定)により遺伝性SCАの確定診断が可能であり、SCA1/2/3/6/7/17等のサブタイプ同定ができる。脳MRIでは小脳・脳幹の萎縮を確認し、孤発性の場合は多系統萎縮症(MSA)との鑑別が必要となる(MSAでは自律神経症状・パーキンソン症状が目立つ)。神経心理検査では前頭葉機能(TMT・ストループ)・実行機能・注意の評価が重要で、MMSEよりMoCA(Montreal Cognitive Assessment)が前頭葉症状の捉えに優れる。認知機能障害の有無・程度はSARAスコア(Scale for the Assessment and Rating of Ataxia)と並行して経過観察に用いられる。遺伝性SCАでは遺伝カウンセリングが診断初期から必須である。

治療・ケア

根治療法は現時点で存在しない。運動失調に対してリハビリテーション(理学療法:歩行訓練・バランス練習、作業療法:上肢機能・ADL維持)が機能の維持・転倒予防に有効であり、欧州SCA研究コンソーシアム(EUROSCA)のデータもリハビリ効果を支持する。孤発性SCAに対してタルチレリン水和物(TRH誘導体、5 mg/日)が日本で保険適用を得ており、運動失調の改善効果が報告されている。嚥下障害に対しては言語聴覚士による嚥下訓練・食形態の調整が誤嚥性肺炎予防の要となる。認知機能障害への薬物療法のエビデンスは限られており、抑うつに対してはSSRIが使用される。補助具(電動車椅子・音声入力機器)の活用とバリアフリー改修が自立生活の延長を支える。

予後・経過

サブタイプにより予後が大きく異なる。SCA3(最多サブタイプ)は発症から15〜20年の経過をたどるとされ、誤嚥性肺炎・転倒骨折が予後を左右する主要因となる。認知機能障害の程度は運動症状の重症度と必ずしも平行せず、個人差が大きい。CAGリピート数が多いほど若年発症・重症化の傾向がある(表現型の予測に一定の参考となる)。適切なリハビリテーション・補助具・在宅支援により、就労継続・家庭生活の維持が可能な期間を延ばすことができる。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Paulson HL, Shakkottai VG, Clark HB, Bhatt DLPolyglutamine spinocerebellar ataxias — from genes to potential treatmentsNat Rev Neurosci (2017)
  2. [2]Schmitz-Hübsch T, du Montcel ST, Baliko L, et alScale for the assessment and rating of ataxia: development of a new clinical scaleNeurology (2006)
  3. [3]日本神経学会脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018日本神経学会 (2018)
  4. [4]Burk K, Globas C, Bösch S, et alCognitive deficits in spinocerebellar ataxia 2J Neurol (1999)

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