分類3感染症によるもの10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

神経梅毒(麻痺狂)とは?

梅毒が脳に達することで起こる認知障害

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体験談・具体的な事例

武田清二さん(仮名・55歳)が梅毒の治療を受けたのは45歳のときでした。「1回の注射で完治しました」と言われ、それ以降の経過観察や抗体検査は受けていませんでした。「あれは若気の至りで、もう終わった話だ」と自分に言い聞かせていたと言います。 50代に入って、妻と長男が気になることを口にし始めました。「お父さん、最近怒りっぽくない?」——温厚だったはずの清二さんが、小さなことで激しく叱責するようになっていました。さらに「俺はこの業界で一番の実力者だ」「社長になるのは時間の問題だ」という誇大な発言が増え、会議でも的外れな指示を繰り返すようになりました。経理の計算ミスも目立ち、妻に「もしかして認知症?」と言われ傷ついた清二さんは、精神科を受診しました。 精神科医は双極性障害・統合失調症との鑑別を検討しましたが、血液検査でRPR 1:64・TPHA 1:2560という「非常に高い力価」の梅毒抗体が検出されました。「これは梅毒が完治していない可能性を強く示唆します」と精神科医から神経内科へ緊急紹介となりました。 神経内科で腰椎穿刺を施行すると、脳脊髄液のWBC 22/μL(リンパ球優位)・タンパク58mg/dL、そしてCSF-VDRL陽性でした。MRIでは前頭葉・側頭葉の皮質萎縮と一部に白質病変が確認されました。「神経梅毒(進行麻痺型)」という診断でした。「10年前に治療を受けたとおっしゃっていましたが、治療が不十分だったか、その後に再感染した可能性があります。梅毒は神経系に入り込むと、症状が出るまで何年もかかることがあります」と担当医が説明しました。 ペニシリンG 1,800万単位/日の持続静脈内投与が開始されました。「治療開始から24時間以内に発熱や症状が一時的に悪化することがあります。ヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応といい、梅毒トレポネーマが大量に崩壊するときに起きる炎症反応です。危険ではありませんが怖いかもしれません」と事前に説明を受けました。翌朝、清二さんは39.2℃の発熱と頭痛の悪化を経験しましたが、2日目の夕方には落ち着きました。 14日間の治療を終えた6週間後の再検査では、CSF-VDRLが陰転化傾向を示し、WBCは8/μLに改善していました。清二さんの怒りっぽさは明らかに和らぎ、誇大妄想的な発言も減少しました。記憶障害は一部残っていますが、妻は「夫が戻ってきた感じ」と話しました。妻と長男も梅毒血液検査を受け、陰性を確認しました。「感染症で認知症になるとは——でも治療できる認知症があるということを、もっと多くの人に知ってほしい」と清二さんは言います。

基礎知識の解説

神経梅毒(麻痺狂)とは

神経梅毒は、梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)が中枢神経系に侵入することで引き起こされる感染症性認知症です。未治療または治療不十分な梅毒患者が感染数年〜数十年後に発症し、「進行麻痺」と呼ばれる誇大妄想・人格変化・認知機能低下が代表的です。血液・脳脊髄液の梅毒抗体検査で診断し、ペニシリンG大量静注で改善が期待できる「治療可能な認知症」の一つです。

主な症状

  • 1人格変化(誇大妄想・脱抑制・易怒性・衝動的行動)
  • 2認知機能低下(記憶障害・判断力低下・計算障害)
  • 3精神症状(うつ状態・躁状態・幻覚)
  • 4神経症状:アーガイル・ロバートソン瞳孔(対光反射消失・輻輳反射保存)
  • 5構音障害・書字障害(舌・手の振戦)
  • 6てんかん発作
  • 7脱力・麻痺(梅毒性髄膜血管炎による脳梗塞)
  • 8梅毒性髄膜炎症状(頭痛・発熱・項部硬直)
  • 9脊髄癆:電撃痛・歩行失調・深部感覚障害(後根神経節障害)
  • 10Charcot関節(脊髄癆に伴う関節の無痛性破壊)

原因・メカニズム

梅毒トレポネーマは感染後3〜18ヶ月以内に中枢神経系に侵入しますが、多くの場合は無症候性髄膜炎として経過します。晩期(感染10〜30年後)に進行麻痺(大脳皮質の慢性炎症)または脊髄癆(後根・後索の変性)として発症します。進行麻痺では大脳前頭葉を中心に神経細胞脱落・グリオーシス・アミロイド様物質の沈着が起こり、精神症状・認知症の解剖学的基盤となります。梅毒性髄膜血管炎では中大脳動脈の分枝(特にHeubner動脈)が侵され、内膜炎・血管閉塞により虚血性脳梗塞を来します。血液脳関門破綻による慢性炎症が数十年にわたって続くことが、症状の多彩さと長い潜伏期間の理由です。

診断

CDC神経梅毒診断基準(2021)では「CSF-VDRL陽性」または「CSF WBC≥10/μL+血清RPR/TPHA陽性(他の原因なし)」を満たす場合に神経梅毒と診断します。CSF-VDRLは特異度が高い(陽性なら神経梅毒の強い証拠)ですが感度は70%程度であり、陰性でも除外できません。血清RPRは力価で疾患活動性を反映し、治療効果判定にも使用します(治療後4倍以上の低下を確認)。TPHA/FTA-ABSは治療後も長く陽性持続するため、治癒判定には使用しません。MRIでは前頭葉・側頭葉の皮質萎縮・白質病変・梗塞巣が見られます。認知症症状のある患者には梅毒血液検査を必ずスクリーニングとして実施します。

治療・ケア

ペニシリンG 1,800〜2,400万単位/日を持続静脈内投与または6分割静注で10〜14日間投与します。ペニシリンアレルギーがある場合はセフトリアキソン2g/日×14日間が代替選択肢です。治療開始24時間以内にヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応(発熱・頭痛・症状一時悪化)が起こることがあります。予防困難ですが生命を脅かすことはなく、事前の説明と解熱鎮痛剤の対症療法で対応します。治療効果は3〜6ヶ月後のCSF再検で判定します(WBC<5/μL かつCSF-VDRL低下を目標)。パートナーへの通知・検査(接触者追跡)が感染拡大防止に不可欠です。

予後・経過

進行麻痺発症前の早期治療では神経症状の完全回復が期待できます。進行麻痺が確立した段階でも治療により症状の改善・進行停止が多くの例で得られます。ただし高度の皮質萎縮が起きた後は完全な認知機能回復は困難です。未治療では数年で死亡します。治療後も6ヶ月・12ヶ月・24ヶ月での髄液・血清フォローが再発確認のため必要です。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Marra CMNeurosyphilisContinuum (Minneap Minn). 21(6 Neuroinfectious Disease):1714-1728 (2015)
  2. [2]Centers for Disease Control and PreventionSexually transmitted infections treatment guidelines, 2021MMWR Recomm Rep. 70(4):1-187 (2021)
  3. [3]日本性感染症学会梅毒診療ガイドライン 改訂版日本性感染症学会誌 (2020)
  4. [4]Fargen KM, et al.The prevalence of neurosyphilis in patients with a positive serology: a systematic review of the literatureJ Neuropsychiatry Clin Neurosci. 24(3):324-330 (2012)

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