分類1変性性認知症10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

神経原線維変化型老年期認知症(PART)とは?

タウタンパクの蓄積による高齢発症の認知症

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体験談・具体的な事例

齋藤昌代さん(仮名・88歳)は、東北の小さな町で生まれ育ち、農家の妻として畑仕事と子育てに生涯を捧げた女性です。夫の一郎さんが85歳で亡くなった後も一人暮らしを続け、「お婆ちゃんは元気でなんぼ」が口癖でした。近所の人々から「あの年でひとりで何でもできるのね」と言われるほど自立していました。息子の浩一さん夫婦とは車で30分の距離に住み、毎週日曜日に昌代さんを訪ねるのが浩一さんの習慣でした。 87歳のころから、同じ話を繰り返すことが目立ち始めました。「先週の日曜日に浩一が来てね、美味しいリンゴを持ってきてくれた」という話を、同じ午前中に3回繰り返す。買い物のリストをメモしても「書いた覚えがない」と言う。浩一さんが同行してもの忘れ外来を受診したところ、HDS-R(長谷川式認知症スケール)が17点(30点満点)——軽度から中等度の認知症の範囲でした。 担当医から「アルツハイマー型の可能性が高いですが、88歳という年齢で発症した場合、PARTという病態も考えられます。確認のために検査を進めましょう」と説明を受けました。脳MRIでは海馬の萎縮が確認されましたが、側頭葉・頭頂葉の広範な萎縮はアルツハイマー病ほど顕著ではありませんでした。アミロイドPET検査では陰性——アルツハイマー病の中心的な原因物質であるアミロイドβの蓄積が確認されませんでした。 「PART(神経原線維変化型老年期認知症:Primary Age-Related Tauopathy)の可能性が高い」と診断されました。担当医は「PARTは加齢に伴い脳の内嗅皮質・海馬にタウタンパクが蓄積する状態で、アルツハイマーとは別の疾患です。アミロイドは蓄積しない、いわば加齢そのものの延長線上にある病態です。アルツハイマーより進行が緩やかなことが多く、生活の質を長く保てる可能性があります」と説明しました。 「アルツハイマーじゃないと聞いて、少し安心しました」と浩一さんは話しました。コリンエステラーゼ阻害薬の効果は限定的とされましたが、「症状の安定化を期待して試してみましょう」という担当医の説明のもと、ドネペジル(3 mg/日)を開始しました。同時に週3回のデイサービス利用と、訪問看護月2回の体制が整いました。 昌代さんは90歳で老健に入所するまでの2年間、浩一さん家族と同居しながらデイサービスを利用し、穏やかに過ごしました。デイサービスでは得意な漬物づくりの指導役として活躍する場面もありました。浩一さんは「できることを一緒に続けることが大事だとわかった。診断名に振り回されるより、お袋が今日何をして喜んでいるかに目を向けるようにした」と語ります。 PART(神経原線維変化型老年期認知症)は「老化」と「認知症」の境界領域に位置する概念です。85歳を超えた超高齢者に非常に多く見られ、正確な診断によって過剰な治療を避け、本人の残存機能を生かした生活支援につなげることができます。

基礎知識の解説

神経原線維変化型老年期認知症(PART)とは

神経原線維変化型老年期認知症(PART:Primary Age-Related Tauopathy)は、85歳以上の超高齢者において脳の内嗅皮質・海馬を中心にタウタンパクが蓄積するが、アルツハイマー病に特徴的なアミロイドβの蓄積を伴わない状態である。2014年にCraryらによって疾患概念が提唱され、「年齢相応の老化」と「アルツハイマー病」の中間に位置する病態として位置づけられる。超高齢者の剖検例の多くにPART病変が認められ、85歳以上では非常に一般的な認知症原因の一つである。主症状は軽度〜中等度の記憶障害(エピソード記憶の低下・同じ話の繰り返し)・見当識障害であり、アルツハイマー病より緩徐な進行を示すことが多い。

主な症状

  • 1エピソード記憶の低下(同じ話の繰り返し・最近の出来事の忘却)
  • 2軽度〜中等度の記憶障害
  • 3見当識障害(日時・曜日の混乱)
  • 4比較的緩徐な進行(アルツハイマーより遅い傾向)
  • 5日常生活動作(ADL)が比較的長く保たれることがある
  • 6アミロイドPET陰性(アルツハイマーとの鑑別点)
  • 7脳MRIでの海馬萎縮(側頭葉・頭頂葉の広範萎縮はアルツハイマーより軽度)
  • 8精神症状(抑うつ・不安・睡眠障害)を伴う場合がある
  • 9実行機能・注意の低下(進行に伴って出現)
  • 10会話・コミュニケーション能力の比較的良好な保持(初期〜中期)

原因・メカニズム

加齢に伴い、脳の内嗅皮質・海馬CA1領域・傍海馬回を中心にタウタンパクの過リン酸化が起き、神経原線維変化(NFT:Neurofibrillary Tangles)が蓄積する(ブラークステージ1〜4に相当)。この変化はアルツハイマー病のタウ病理と神経病理学的に類似しているが、アミロイドβは蓄積しないか、ごく少量にとどまる。2014年にCraryらはこの「純粋な老化に伴うタウ病理」をアルツハイマー病と区別すべき独立した疾患単位として提唱した。PARTのタウはIII型/IV型のリピートタウを主体とし、アルツハイマーのタウ(III+IV型混合)とは組成が若干異なる。超高齢者では LATE(TDP-43病変)・血管性病変との複合病理として認知症が生じることが多い。

診断

アミロイドPET検査(またはCSF Aβ42測定)によるアミロイド陰性の確認が、アルツハイマー病との鑑別における最重要ステップである。タウPETでは内嗅皮質・海馬に限局した集積を認める(アルツハイマーのように側頭葉・頭頂葉への広範な集積は見られない)。脳MRIでは海馬萎縮を確認するが、アルツハイマーほどの広範な皮質萎縮は通常見られない。臨床的にPARTを示唆する条件は「85歳以上」「緩徐な記憶障害」「MRIで海馬萎縮」「アミロイドPET陰性」の組み合わせであり、2014年のCrary JFらのActa Neuropathol論文がコンセンサスな診断基準を提示している。確定診断は病理解剖(剖検)による。

治療・ケア

根治療法は存在せず、対症療法が中心となる。アルツハイマー病治療薬(コリンエステラーゼ阻害薬・メマンチン)のPARTへの有効性を示す大規模試験はないが、合併するアルツハイマー病変や行動症状への対症的効果を期待して使用されることがある。非薬物療法(認知リハビリテーション・運動療法・音楽療法・デイサービスでの社会活動)が残存機能の維持と生活の質の向上に有効である。睡眠障害・抑うつに対しては薬物療法(SSRIの少量投与・睡眠衛生指導)を用いる。転倒予防・栄養管理・口腔ケアが重症化予防の重要な要点となる。

予後・経過

アルツハイマー病より緩徐に進行することが多いとされるが、個人差が大きく、発症年齢が超高齢であるため心血管疾患・感染症・転倒骨折など認知症以外の疾患が予後を大きく左右する。PART単独では日常生活動作を比較的長く保てる例もあり、適切なデイサービス利用・家族支援・在宅医療の組み合わせによって在宅生活の継続が可能な場合が多い。LATE・血管性病変との複合病理例では進行が速くなることがある。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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参考文献

  1. [1]Crary JF, Trojanowski JQ, Schneider JA, et alPrimary age-related tauopathy (PART): a common pathology associated with human agingActa Neuropathol (2014)
  2. [2]Jellinger KA, Alafuzoff I, Attems J, et alPART, a distinct tauopathy, different from classical sporadic Alzheimer diseaseActa Neuropathol (2015)
  3. [3]Besser LM, Crary JF, Mock C, et alClinical and neuropathological features of primary age-related tauopathyJ Neuropathol Exp Neurol (2020)

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