分類1|変性性認知症約6分で読めます
進行性非流暢性失語とは?
言葉が出にくくなる前頭側頭葉変性症
この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。
体験談・具体的な事例
高橋信雄さん(仮名・67歳)は定年後も地域の俳句サークルで活躍する、言葉に親しんだ人物でした。異変はサークルの仲間が気づきました。
「高橋さん、最近なんか…詰まるよね」。信雄さんの話し方がぎこちなくなっていたのです。言葉が出てこないのではなく、言葉を「発音する」のに時間がかかる。「あ……あ、その、さくら……の、はな」と、まるで言葉を一つ一つ探り当てるように話すようになりました。
妻の幸子さんは最初、「疲れているのかな」と思っていました。しかし6ヶ月経っても改善せず、むしろ悪化しています。単語は出るのに、文章になると途端に詰まる。長い文章を読み上げようとすると途中で止まってしまう。書くことはまだできるので、メモに書いて伝える場面が増えました。
神経内科を受診するとMRIで左前頭葉の萎縮が確認され、「進行性非流暢性失語(PNFA)」と診断されました。言語機能の専門的な評価では、音韻(音の構成)の誤りと失文法(文法の崩れ)が主な特徴でした。
信雄さんは言語聴覚士のアドバイスにより、筆談とタブレットの音声入力アプリを組み合わせたコミュニケーション方法を習得しました。サークルでは俳句を声に出す代わりに、書いた作品をメンバーに見せる形式に変えてもらいました。「言葉は出なくなっても、俳句への思いは変わらない」と信雄さんは紙に書いて幸子さんに見せました。
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基礎知識の解説
進行性非流暢性失語とは
進行性非流暢性失語(PNFA)は前頭側頭葉変性症の一型で、言語の「産生」が選択的に障害される疾患です。言葉の意味は保たれますが、言葉を音として発することが困難になる「失行性失語」と、文法の組み立てが崩れる「失文法」が特徴です。左前頭葉の変性が主体です。
主な症状
- 1発話が努力性・非流暢になる(言葉が出にくい、詰まる)
- 2音の誤り・置き換え(音韻性錯語)
- 3文法の崩れ(助詞の脱落、語順の乱れ)
- 4発話速度の低下
- 5言葉の意味理解は比較的保たれる
- 6書字・読字は比較的保たれる(初期)
- 7嚥下障害・構音障害(後期)
- 8行動変容・認知機能低下(後期に前頭葉症状が出ることがある)
原因・メカニズム
タウまたはTDP-43の異常タンパク質が左前頭葉(ブローカ野周辺)の神経細胞に蓄積します。言語産生に関わる神経回路が選択的に障害されるため、言語の理解よりも発話(産生)が先に侵されます。PSP(進行性核上性麻痺)に関連するタウ病理との重複例もあります。
診断
言語聴覚士による詳細な言語評価が必須です。発話の非流暢性・音韻誤り・失文法の確認、言語理解の保存を確認します。MRIでは左前頭葉(シルビウス裂周辺)の萎縮が特徴的で、FDG-PETでも同部位の代謝低下を認めます。
治療・ケア
根治療法はありません。言語聴覚士による言語療法が発話機能の維持・代替コミュニケーション手段の習得に有効です。タブレット・音声出力デバイス(AAC:補助代替コミュニケーション)の活用が生活の質を維持します。書字が保たれる間は筆談が有効です。
予後・経過
発症から平均8〜12年の経過をたどります。言語機能の低下が先行し、数年後には発話が困難になりますが、書字や理解は比較的長く保たれます。後期には嚥下障害や認知機能低下が加わります。
この疾患の重要ポイント
- •「言葉の意味」ではなく「言葉を出す動作」が障害される——意味性認知症との鑑別が重要
- •書字・読字は比較的長く保たれるため、筆談・AAC(代替コミュニケーション)を早期から導入する
- •言語聴覚士との連携が治療の中心
- •PSP(進行性核上性麻痺)と病理的に重複することがあり、眼球運動・歩行変化にも注意
- •発話が困難でも、意思・感情は保たれている——コミュニケーション手段の工夫が生活を豊かにする
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