分類1変性性認知症10分で読めます医師査読済 · 2026年6月

進行性核上性麻痺とは?

眼球運動障害と転倒を特徴とする稀な疾患

この記事は一般的な知識提供を目的としており、個別の診断や治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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体験談・具体的な事例

小林康夫さん(仮名・69歳)は定年後、地元のゲートボールクラブの主将を務める元気な人でした。妻の節子さんが「歩き方が変になった」と思い始めたのは 3 年前の秋でした。 最初に目立ったのは転倒でした。ゲートボールの練習中にバランスを崩し、後ろ向きに倒れて後頭部を打ちました。普通の転倒なら前のめりになるはずが、康夫さんは何もないところで突然後方に倒れます。「昨日も台所で後ろに転んだ」と節子さんが言うと、康夫さんは「気がついたら倒れてるんだ」と首をかしげました。整形外科では「首が少し悪い」と言われ、牽引治療を受けましたが、転倒は止まりませんでした。 次に変わったのは目でした。「上を見ようとすると、目が動きにくいんだ」と康夫さんが言いました。食事のときにおかずが皿のどこにあるか見えにくそうにしていて、節子さんが「下を向いてごらん」と言うと「下もなんか見えにくい」とのことでした。眼科では「目に異常はない」と言われました。 神経内科での診察が転機でした。医師が「上を見てください」と指示すると、康夫さんは頭を後ろに向けようとしますが、眼球だけが上に動きません。「下を見てください」でも同様でした。「縦方向の随意的な眼球運動の障害(核上性眼球運動障害)」が確認されました。 さらに気になったのは顔つきでした。ぼんやりと見開かれた目、ほとんど動かない表情——まるで驚いたままフリーズしているような顔立ちです(驚愕様顔貌)。話すときには言葉が遅く、のどに詰まったような低い声になっていました。MRI を撮ると、中脳上部が萎縮し、矢状断像では中脳が小さな「ハミングバード(カラフルな鳥)の頭」のように見える特徴的な萎縮所見が確認されました(ハミングバードサイン)。 「進行性核上性麻痺(PSP)」という診断が下りました。「パーキンソン病に似た病気ですが、L-ドーパがあまり効かず、進行が速い傾向があります」と医師が説明しました。実際に試みたレボドパの効果は限定的でした。 発症から 2 年後、康夫さんはほぼ車椅子生活になりました。嚥下障害が進み、食事は刻み食・トロミ付きに変更しています。言語聴覚士の訓練を週に 1 回続けています。言葉が出にくくなり、節子さんとのやり取りは目の動きと表情で行うことが増えました。 節子さんは「最初の後ろへの転倒から、もう少し早く正しい診断がついていれば準備できたことがあった」と話します。「でも担当医が懸命に調べてくれたし、今の訪問看護チームもよくしてくれる。夫が自宅にいられているのが、何より嬉しい」と続けました。

基礎知識の解説

進行性核上性麻痺とは

進行性核上性麻痺(PSP: Progressive Supranuclear Palsy)は、4リピートタウ(4R-タウ)タンパク質が脳幹・基底核・大脳皮質に蓄積する神経変性疾患(タウオパチー)です。後方への転倒・縦方向の眼球運動障害・構音・嚥下障害・前頭葉機能低下が主な症状で、典型的な Richardson 症候群(RS)と、パーキンソン病様の PSP-P、純粋無動症(PAGF)、前頭側頭葉型の PSP-F など複数の臨床亜型が知られています。有病率は 10 万人あたり 5〜7 人で、60〜70 歳代に発症しパーキンソン病と誤診されやすい希少疾患です。男性にやや多い傾向があります。

主な症状

  • 1発症早期からの後方への転倒(前のめりにならず後ろに倒れる)
  • 2縦方向の随意的眼球運動障害:上方注視困難が先行し、進行すると下方注視も困難になる(核上性眼球麻痺)
  • 3構音障害:低くしゃがれた声・発話が遅い(偽性球麻痺)
  • 4嚥下障害:食事でむせる・誤嚥が増える(早期から出現しやすい)
  • 5驚愕様顔貌(目を見開いたような無表情・眉毛が挙上している)
  • 6頸部後屈(首が後ろに傾きやすい)——パーキンソン病の前屈姿勢と逆
  • 7前頭葉症状:無気力・無関心・衝動的言動・注意機能・実行機能の低下
  • 8睡眠障害(不眠・眠れない感覚)
  • 9L-ドーパへの反応が乏しい(パーキンソン病との重要な鑑別点)
  • 10発症初期は記憶障害が目立たない(前頭葉型の認知障害が先行する)

症状の進行

初期(発症〜2年)発症〜2年
  • 後方への転倒(前のめりにならず後ろに倒れる)

  • 歩行バランスの悪化・小股歩き

  • 上を向こうとすると眼球が追いつかない(上方注視困難)

  • 動作の遅さ・表情の乏しさ

中期(2〜4年)発症2〜4年
  • 縦方向の眼球運動障害が著明に(上下とも困難)

  • 構音障害(ゆっくりした低い声・話しにくい)

  • 嚥下障害(むせる・誤嚥)——食事形態の変更が必要

  • 前頭葉症状:無気力・衝動性・判断力低下

  • 独歩が困難になり歩行補助具・車椅子が必要

後期(4年以降)発症4年以降
  • 発語が著しく低下——コミュニケーション補助が必須

  • 嚥下困難が重度になり誤嚥性肺炎のリスクが高まる

  • ほぼ寝たきり・全身介護が必要

  • 眼球がほとんど動かなくなる

※ 進行速度・症状の現れ方は個人差が大きく、必ずしも順序通りに進むとは限りません。

原因・メカニズム

PSP は 4 リピートタウ(4R-tau)が神経細胞とグリア細胞(星状膠細胞・希突起膠細胞)に異常蓄積するタウオパチーに分類されます。タウの異常蓄積(神経原線維変化・房状星状膠細胞・コイル体など)は、中脳上部(上丘・前蓋部・中脳被蓋)・淡蒼球・黒質・視床下核・小脳歯状核・前頭葉皮質に優先的に生じます。眼球運動の随意制御を担う中脳の「視蓋前野」「riMLF(吻内側縦束)」が選択的に障害されるため、特徴的な縦方向眼球運動障害が現れます。原因遺伝子として MAPT(タウ遺伝子)のハプロタイプ H1/H1 との関連が報告されていますが、孤発性が大多数です。

診断

2017 年の Movement Disorder Society(MDS)国際診断基準(Höglinger GU et al., Mov Disord 2017)に基づき診断します。「中核症状」「臨床的特徴」「画像所見」の組み合わせで「確実(probable)」「有力(possible)」「示唆(suggestive)」に分類します。

中核症状(O)

後方への転倒(≥3ヶ月以内に 2 回以上)、または発症 3 年以内の急速な歩行・バランス障害。

眼球運動所見(O)

下方眼球運動速度低下(saccade)または上方視不能(≥垂直 30°)。

MRI

中脳上部の萎縮(矢状断でのハミングバードサイン:中脳と橋の前後径の比 < 0.52)、中脳面積 < 100mm²。FDG-PET での中脳・前頭前野代謝低下も参考になります。

除外

多系統萎縮症(MSA)・大脳皮質基底核変性症(CBD)・レビー小体型認知症・進行性核上性麻痺との鑑別に、L-ドーパへの反応性、DaT スキャン所見を補助的に利用します。

治療・ケア

根治療法は存在せず、症候別対症療法が中心です。

運動症状

L-ドーパ(200〜600mg/日)を試みますが、Richardson 型では著明な改善は少ない(PSP-P 型の方が効果が出やすい)。アマンタジン・ゾルピデムが一部で有効との報告があります。

転倒予防

発症早期から後方転倒のリスクを説明し、後部支持型歩行器(後ろに転ばないよう手すりが後方にあるもの)・ヘッドレスト付き車椅子を早期から導入します。自宅の段差解消・床の滑り止め設置が必須です。

嚥下障害

言語聴覚士(ST)による嚥下評価(VF や VE)を定期的に実施し、食事形態を早めに刻み食・ミキサー食・とろみ付きに移行します。誤嚥性肺炎の予防が予後を左右する最重要課題です。

コミュニケーション

構音障害の進行に合わせ、文字盤・スマートフォンアプリ(AAC)を早期から導入します。声が出なくなってから準備するのでは間に合わないため、診断直後から ST と相談することが望ましいです。

前頭葉症状

アパシーへの薬物療法は限定的。家族への病状説明と心理的サポート(家族会への案内)が不可欠です。

予後・経過

発症から平均 5〜8 年の経過をたどりますが、亜型によって差があります。Richardson 症候群(典型例)は最も進行が速く、発症 2〜4 年で歩行不能・発語困難に至ることが多く、5〜7 年で死亡します。PSP-P 型はやや緩やかです。誤嚥性肺炎が最大の死因で、肺炎予防(嚥下管理・口腔ケア・予防接種)が予後の鍵を握ります。後方転倒による頭部外傷も重大な死亡・ADL 低下要因です。

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本記事は神経内科・精神科医師 Koba MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年6月

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公開日: 最終更新日:

参考文献

  1. [1]Höglinger GU, Respondek G, Stamelou M, et al.Clinical diagnosis of progressive supranuclear palsy: The movement disorder society criteriaMov Disord (2017)
  2. [2]日本神経学会進行性核上性麻痺診療ガイドライン2020医学書院 (2020)
  3. [3]Respondek G, Stamelou M, Kurz C, et al.The phenotypic spectrum of progressive supranuclear palsy: a retrospective multicenter study of 100 definite casesMov Disord (2014)
  4. [4]日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン2017医学書院 (2017)

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