否定や訂正をせず、相手の世界観に寄り添う
事実の指摘より感情の共有を優先し、信頼関係を築く
医療監修
Yuya Kobayashi, MD, PhD
認知症専門外来・在宅診療医
事実と異なる発言を訂正しようとすると、本人に何度も同じ悲しみや混乱を味わわせてしまうことがあります。事実の訂正より、本人が感じている感情に寄り添うことで、余計な苦痛を防ぎ、穏やかな時間を保ちやすくなります。
体験談
母(81歳、アルツハイマー型認知症)は、3年前に亡くなった父のことを、まるで今も生きているかのように話すことがあります。「お父さん、まだ帰ってこないの?」と聞かれるたびに、私は「お父さんはもう亡くなったでしょう」と事実を伝えていました。そのたびに母は、まるで初めて訃報を聞いたかのように泣き崩れ、深く悲しみました。
一日に何度も同じやり取りを繰り返すうちに、私も母も消耗していきました。「なぜ何度も同じことを言わせるの」と、つい強い口調になってしまうこともありました。
見かねたケアマネジャーさんから、「訂正するより、まず気持ちに寄り添ってみてはどうですか」とアドバイスをもらいました。次に母が「お父さん、まだ帰ってこないの?」と聞いてきたとき、「そうね、遅いわね。お父さん、今日は何してるのかしらね」と、事実を訂正せずに話を合わせてみました。すると母は、「きっと仕事が忙しいのね」と、案外あっさり納得し、それ以上詮索することなく、穏やかな表情に戻りました。
最初は「嘘をつくようで気が引ける」と抵抗がありましたが、母が何度も深い悲しみを味わわずに済むなら、これでいいのだと思えるようになりました。事実を正すことより、母の心が穏やかでいられることを優先するようになってから、お互いの負担がずっと軽くなりました。
— 81歳の母(アルツハイマー型認知症)を介護する53歳娘
詳しく知る
なぜ事実を訂正すると、かえってつらくなるのか
なぜ事実を訂正すると、かえってつらくなるのか
認知症が進むと、最近の出来事(配偶者の死など、時に何年も前のことも)を忘れ、過去のある時点の記憶の中で生きているように感じられることがあります。この状態で事実(「もう亡くなりました」など)を伝えると、本人にとってはその瞬間、初めて訃報を聞いたかのような衝撃と悲しみを経験することになります。
しかも、その悲しみの記憶自体も忘れてしまうため、同じ質問と同じ訂正が何度も繰り返され、本人はそのたびに深い喪失感を味わうことになります。これは、事実を正しく伝えるという「正しさ」が、本人の心の健康を害してしまう典型的な例です。
「話を合わせる」という対応(バリデーション)
「話を合わせる」という対応(バリデーション)
本人が話している内容が事実と異なっていても、頭ごなしに否定・訂正せず、本人が今感じている感情(心配、寂しさ、不安など)に寄り添う関わり方を「バリデーション(本人の世界観を尊重する関わり)」と呼びます。
基本的な考え方
- 「事実」を正すことより、「感情」を受け止めることを優先する
- 本人が今、何を感じているか(心配、寂しい、不安)を想像し、その気持ちに応じる
- 嘘をつくことに抵抗がある場合は、断定的に話を作るのではなく、話をそらす・共感する言葉で応じる
具体的な応答例
- 「お父さん、まだ帰ってこないの?」→「遅いわね、心配になるわね」(心配な気持ちに共感)
- 「もう仕事に行かなきゃ」→「今日は少しゆっくりしていってもいいんじゃない?」(訂正せずやんわり誘導)
💬 「嘘をつくようで、罪悪感があります」
💬 「嘘をつくようで、罪悪感があります」
介護経験者からのアドバイス
「私も最初はすごく抵抗がありました。『本当のことを言わないなんて、母をだましているみたいだ』と。でも、ケアマネさんに『正しさより、お母様の心の平穏を優先してあげてください』と言われて、考えが変わりました。
実際に話を合わせるようになってから、母が深く悲しむ場面が激減しました。事実を伝えることは、私にとっての『誠実さ』だったのかもしれませんが、母にとっては『繰り返し傷つけられること』だったんだと気づきました。今は、母が安心していられることを一番大切にしています。」
具体的な工夫は下の実践のステップを参考にしてください。
実践のステップ
事実と異なる発言をされても、すぐに訂正せず、まず言葉をそのまま受け止める
本人が今感じているであろう感情(心配・寂しさ・不安など)を想像し、その気持ちに共感する言葉をかける
『遅いわね、心配ね』など、事実を作り込まずに共感だけを伝える言い回しを使う
必要であれば、別の話題や活動に自然に注意をそらす
安全や重要な手続きに関わる場合は、感情に配慮しつつ簡潔に事実を伝える
繰り返される悲しみの反応が強い場合は、対応方法をケアマネジャーや医師に相談する
注意点
本人の安全に関わる場面(危険な行動につながる誤解など)では、感情への配慮だけでなく、必要な事実を簡潔に伝えることが必要です。話を合わせる対応と事実確認が必要な場面の見極めに迷う場合は、ケアマネジャーや医師に相談してください。
こんな場合は当てはまらないことも
本人の安全に直接関わる場面(危険な行動につながりうる誤解、服薬や外出に関する重要な判断など)では、感情への配慮だけでなく必要な事実を伝える必要があります。バリデーションの対応をしても強い不安・興奮・混乱が頻繁に続く場合は、ケアマネジャーや医師に相談してください。
応用・バリエーション
死別以外にも、『仕事に行かなきゃ』『子どもを迎えに行く』など、過去のある時点の記憶で生きているような発言全般に、同じ『訂正せず気持ちに寄り添う』考え方を応用できます。強く動揺している場合は、別の活動や話題に自然に注意を移す方法も有効です。
まとめ
このヒントのポイント
事実の訂正が本人に繰り返し深い悲しみを与えることがある
事実より、本人が感じている感情に寄り添う(バリデーション)
共感の言葉で応じ、訂正せずに話を合わせる工夫が有効
安全や重要な手続きに関わる場合は例外的に事実を伝える
強い動揺が繰り返される場合は専門家に相談する
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根拠について:本人の世界観を否定せず感情に寄り添う関わり方(バリデーション)は認知症ケアの手法として広く実践されているが、その効果を厳密な比較試験で検証した研究は限定的であり、場面や本人の状態に応じた柔軟な判断が必要である。