できることを見つけて感謝の言葉を伝える
残存能力に注目し、自己効力感を維持する
医療監修
Yuya Kobayashi, MD, PhD
認知症専門外来・在宅診療医
介護をしていると、つい「できなくなったこと」に目が向きがちですが、本人にはまだ多くの「できること」が残っています。それを見つけて感謝を伝えることは、本人の自己効力感や意欲を支える力になります。
体験談
母(80歳、アルツハイマー型認知症)の介護を始めてから、私はいつの間にか「できなくなったこと」ばかりに目を向けるようになっていました。「もう料理はできない」「一人で着替えられない」「さっき言ったことを忘れてしまう」。母への声かけも、自然と「危ないからやめて」「それはもうできないでしょう」という否定的な言葉が増えていきました。
ある日、母が食後の食器を、危なっかしい手つきではありながらも、自分でシンクまで運ぼうとしているのを見て、いつものように「危ないから座ってて」と止めようとしました。しかし、たまたま居合わせたヘルパーさんが「お母様、お皿運んでくださってありがとうございます、助かります」と、母に声をかけたのです。母は少し照れたような、それでいて誇らしげな表情を見せました。
その表情を見て、私は自分がどれだけ母の『できないこと』にばかり注目し、『まだできること』を見過ごしていたかに気づきました。それから、母が何か少しでもできたときには、危険がない範囲で見守り、「ありがとう」「助かるわ」と伝えるようにしました。すると母は、以前よりも家事の手伝いに積極的になり、表情も明るくなったように感じます。
— 80歳の母(アルツハイマー型認知症)を介護する51歳娘
詳しく知る
なぜ「できること」に注目することが大切なのか
なぜ「できること」に注目することが大切なのか
認知症になると、新しく覚えることや複雑な作業は難しくなる一方で、長年の習慣として体に染み付いた動作や、簡単な家事の一部などは、比較的長く保たれることが少なくありません。
しかし介護者は、安全面への配慮や効率を優先するあまり、「危ないから」「時間がかかるから」と、本人が自分でできることまで先回りしてやってしまいがちです。これが続くと、本人は「何もできない」「役に立たない」という感覚を強め、意欲や自己効力感(自分にはできるという感覚)の低下につながることがあります。
逆に、本人ができることを見つけ、それを認め、感謝を伝えることは、「自分はまだ役に立てる」「必要とされている」という感覚を支え、生活への意欲を保つことにつながります。具体的な工夫は下の実践のステップを参考にしてください。
💬 「できないことばかり見ていました」
💬 「できないことばかり見ていました」
介護経験者からのアドバイス
「振り返ると、母に対して『危ないから』『もうできないでしょう』と、否定的な言葉ばかりかけていました。でも、ヘルパーさんが自然に『ありがとう、助かります』と伝える姿を見て、はっとしました。
母はまだ、人の役に立ちたい、感謝されたいという気持ちを持っていたんです。できないことを数えるのではなく、できていることを見つけて言葉にするようになってから、母の表情が明るくなり、私自身の気持ちも楽になりました。」
実践のステップ
完璧にできていなくても、本人が関わっている部分に注目する
危険がない範囲で見守り、すぐに手を出さない
『ありがとう、助かったよ』など、何がどう役立ったかを具体的に伝える
新聞を取ってくる、テーブルを拭くなど、無理なくできる役割を日常に用意する
できなかった部分ではなく、できた部分だけに焦点を当てて声をかける
注意点
本人が疲れている、体調が優れない、特定の作業に強い抵抗を示す場合は、無理に役割を担わせず休息を優先してください。役割を持たせること自体が目的化し、本人の負担にならないよう注意しましょう。
こんな場合は当てはまらないことも
以前できていたことが急にできなくなり本人が強い焦りや落ち込みを示している場合、または意欲の低下が急激で食事や身の回りのことにも影響が出ている場合は、うつ症状など他の要因の可能性も含めてかかりつけ医に相談してください。
応用・バリエーション
言葉での感謝が伝わりにくい場合は、笑顔でうなずく、軽く手を握るなど、非言語的な表現で気持ちを伝える方法も効果的です。本人が達成感を得やすい単純な作業(洗濯物を畳む、野菜を洗うなど)から始めるのもよい方法です。
まとめ
このヒントのポイント
介護では『できなくなったこと』に注目しがちだが『できること』も多く残っている
先回りして手を出しすぎると自己効力感の低下につながる
危険がない範囲で見守り、具体的な感謝の言葉を伝える
無理のない簡単な役割を日常に用意すると感謝の機会が増える
急激な意欲低下や焦りが見られる場合は専門家に相談する
関連するヒント
根拠について:残存能力に注目し感謝を伝える関わり方が自己効力感や意欲の維持に資するという考え方はパーソン・センタード・ケアの理念に基づく実践知として広く共有されているが、効果を厳密に検証した比較研究は限定的である。