好みの色や柄で個性を尊重
自己表現の機会を保つ
医療監修
Yuya Kobayashi, MD, PhD
認知症専門外来・在宅診療医
介護のしやすさを優先するあまり、本人が長年大切にしてきた色や柄の好みを無意識に奪ってしまうことがあります。実用性とのバランスを取りながら、好みの色や柄の服を選択肢に残すことは、自己表現の機会と自尊心を保つことにつながります。
体験談
母(80歳、アルツハイマー型認知症)は、若い頃から洋裁が趣味で、花柄や鮮やかな色の服を好んで選ぶ人でした。しかし介護が始まってから、私は「汚れが目立たない」「洗濯しやすい」という理由で、地味な色のシンプルな服ばかりを用意するようになっていました。
ある日、施設のショートステイから帰ってきた母が、いつになく元気のない表情をしていました。理由を聞くと、職員さんが「お母様、最近お洋服を選ぶときも、あまり反応がなくて……前はどんな服がお好きだったんですか?」と聞いてくれたことがきっかけで、はっとしました。
思い返せば、私が「効率」を優先して地味な服ばかり用意するようになってから、母が服について何か言うことも減っていました。単に症状が進んだからだと思い込んでいましたが、そもそも選ぶ楽しみを与えていなかったのかもしれないと気づきました。
それから、母が昔好きだった花柄のブラウスや、明るい色のカーディガンを買い足しました。洗濯のしやすさなど実用面は多少妥協しても、「これ、素敵ね」と母が久しぶりに服を選ぶ様子を見せてくれたときは、涙が出そうになりました。
— 80歳の母(アルツハイマー型認知症)を介護する52歳娘
詳しく知る
なぜ「好みの服」が大切なのか
なぜ「好みの服」が大切なのか
服装は、その人らしさを表現する手段の一つです。何十年も好んできた色や柄には、その人の人生や個性が反映されています。認知症になっても、こうした美的な好みや、長年培われた感覚は比較的保たれやすいとされています。
一方で、介護者は「汚れが目立たない」「着替えさせやすい」「管理しやすい」といった実用面を優先しがちです。これ自体は介護を続けるために大切な視点ですが、行き過ぎると、本人の個性や好みを表現する機会を奪ってしまうことがあります。
服を選ぶ機会そのものが減ると、意欲の低下や、自分らしさの喪失感につながることもあります。具体的な工夫は下の実践のステップを参考にしてください。
💬 「管理のしやすさを優先していました」
💬 「管理のしやすさを優先していました」
介護経験者からのアドバイス
「私も『どうせ本人はもう気にしていないだろう』と、勝手に判断して地味な服ばかり選んでいました。でも、施設の職員さんに指摘されて初めて、それは思い込みだったと気づきました。
実際に好きな色柄の服を用意するようになってから、母の表情が明らかに変わりました。『これ着てみようかな』と、久しぶりに自分から服を手に取る姿を見て、こちらが勝手に選択肢を狭めていたんだと反省しました。
完全に元通りにする必要はなく、少しでも好みの要素を残すだけで、本人の反応は大きく変わることがあると実感しています。」
選ぶ機会そのものを保つ工夫は下の実践のステップを参考にしてください。
こんな時は無理をしない
こんな時は無理をしない
本人がすでに服の色柄に強いこだわりを示さなくなっている場合、無理に好みを聞き出そうとする必要はありません。その場合は、家族が把握している過去の好みを参考にしながら、家族が選んだ服を「素敵ですね」と前向きに提示する形でも十分です。
実践のステップ
本人が若い頃から好んでいた色・柄・ブランドを家族の記憶や写真から思い出す
好みの色柄で、洗濯しやすい素材のものを探して選択肢に加える
普段着はシンプルに、外出時や特別な日は好みの服を着られるよう使い分ける
服自体を変えるのが難しい場合は、スカーフや髪飾りなど小物で彩りを加える
クローゼットに2〜3着の候補を並べ、本人に選んでもらう機会を作る
選んだ服には『似合っていますね』と肯定的な声かけをする
注意点
特定の色や柄に対して本人が強い不快感や恐怖を示すようになった場合は、無理にその色柄を勧めず、本人の反応を優先してください。判断が難しい場合はケアマネジャーや医師に相談しましょう。
こんな場合は当てはまらないことも
特定の色や柄に対して本人が強い不快感・恐怖・拒否反応を示す場合は、好みを尊重する目的であってもその色柄を勧めるのは避け、本人の反応を優先してください。判断に迷う場合はケアマネジャーや医師に相談しましょう。
応用・バリエーション
本人がすでに色柄への強いこだわりを示さなくなっている場合は、無理に好みを聞き出そうとせず、家族が把握している過去の好みを参考に、家族が選んだ服を前向きな声かけとともに提示する形でも構いません。
まとめ
このヒントのポイント
服装はその人らしさを表現する手段の一つ
介護のしやすさを優先しすぎると好みを表現する機会が失われる
好みと実用性を両立させる素材・使い分けの工夫がある
小物で彩りを加える方法もある
選ぶ機会自体を残すことが自尊心を保つことにつながる
関連するヒント
根拠について:個人の好みや自己表現の機会を保つことが認知症のある方の自尊心・意欲維持に資するという考え方はパーソン・センタード・ケアの理念に基づく実践知として広く共有されているが、衣服選択に関する効果を直接検証した研究は限定的である。