本人の意思を尊重し、家族が決めすぎない
自己決定権を守り、尊厳を保つ
医療監修
Yuya Kobayashi, MD, PhD
認知症専門外来・在宅診療医
認知症と診断されても、多くの方は日常のさまざまな選択を自分で行う力を保っています。家族が先回りして決めすぎると、かえって意欲の低下や自己肯定感の喪失につながることがあります。できることは本人に選んでもらう関わり方が、尊厳を保つ鍵になります。
体験談
父(76歳、アルツハイマー型認知症・要介護1)が診断されてから、私は「もう自分で決めるのは難しいだろう」と思い込み、服も食事も外出の予定も、すべて私が決めて父に伝えるようになっていました。「今日はこれを着てね」「お昼はこれね」という具合です。
父は最初は素直に従っていましたが、次第に表情が乏しくなり、何を聞いても「なんでもいい」「お前が決めて」と言うようになりました。趣味だった囲碁も誘わなくなり、一日中テレビの前に座っているだけの日が増えました。私は「症状が進んだせいだ」と思い、ますます先回りして色々なことを決めるようになっていました。
かかりつけ医の診察で、この様子を伝えたところ、「要介護1でしたら、日常のちょっとした選択は十分にご自身でできる方が多いですよ。すべて先回りして決めてしまうと、かえって『自分で決める力』を使わなくなり、意欲が落ちてしまうことがあります」と言われ、はっとしました。
その日から、なるべく「AとB、どちらがいいか」という形で選んでもらうようにしました。「今日は青いシャツと白いシャツ、どっちにする?」「お昼はうどんとおにぎり、どっちがいい?」。最初は戸惑っていた父も、次第に自分から「今日はこっちにする」と言うようになり、囲碁も「たまにはやるか」と自分から言い出すようになりました。すべてを本人任せにはできませんが、「決められることは、本人に決めてもらう」というだけで、父の表情が明らかに変わっていきました。
— 76歳の父(アルツハイマー型認知症・要介護1)と同居する46歳息子
詳しく知る
なぜ「先回りして決める」ことが問題になるのか
なぜ「先回りして決める」ことが問題になるのか
認知症と診断されると、家族は「本人には難しいだろう」と考え、良かれと思って様々なことを代わりに決めてしまいがちです。しかし、認知機能の低下は「すべての判断力が一律に失われる」ことを意味しません。
記憶力や複雑な計画を立てる力は低下しても、「AとBのどちらが好きか」といった、その場での単純な選択をする力は、軽度〜中等度の段階では比較的保たれていることが多いとされています。
本人の選択の機会を家族が奪い続けると、次のような影響が生じることがあります。
1意欲・自発性の低下
「どうせ聞いても無駄」「自分で決めなくていい」という状況が続くと、本人は自ら選ぶこと自体をやめてしまい、無気力(アパシー)が強まることがあります。
2自己肯定感の喪失
何を着るか、何を食べるかといった些細なことでも、自分で選べないことが積み重なると、「自分は何もできない」という感覚につながり、尊厳が損なわれます。
3BPSD(行動・心理症状)の悪化
自分の意思を尊重されない状況が続くと、不満やストレスがイライラ・拒否・抑うつなどの形で表れることがあります。具体的な関わり方の工夫は下の実践のステップを参考にしてください。
💬 「本人に任せて大丈夫か不安です」
💬 「本人に任せて大丈夫か不安です」
介護経験者からのアドバイス
「私も最初は『間違った選択をされたらどうしよう』と不安でした。でも、実際にやってみると、そこまで大きな間違いは起きませんでした。多少季節に合わない服を選んでも、命に関わることではないですよね。
コツは、選択肢をあらかじめ絞っておくことです。『何が食べたい?』のような自由回答は本人も答えにくいですが、『うどんとおにぎり、どっちがいい?』のように2つに絞ると、選びやすくなります。
安全に関わることだけは家族が判断し、それ以外の『どちらでも構わないこと』は、できるだけ本人に委ねる。この線引きを意識するようになってから、父も表情が明るくなり、私自身も『全部背負わなくていいんだ』と少し肩の力が抜けました。」
実践のステップ
安全に関わることと『どちらでもよいこと』を家族内で整理する
『どちらでもよいこと』は、二択・三択の形で本人に選んでもらう
開かれた質問より『AとB、どちらがいい?』という聞き方を使う
選ぶまでに時間がかかっても急かさず待つ
本人が選んだ結果は、多少意に沿わなくても基本的に尊重する
将来の医療・介護方針など重要な事項は、症状が軽いうちに本人の意向を確認しておく
注意点
安全や健康に直結する判断(服薬、金銭管理、危険物の扱いなど)まで本人にすべて委ねるのは適切ではありません。任せてよい範囲かどうかの判断に迷う場合は、自己判断せずケアマネジャーや医師に相談してください。
こんな場合は当てはまらないことも
服薬・金銭管理・危険物の扱いなど、安全や健康に直結する事項については、判断をすべて本人に委ねることは避け、家族や専門職の関与が必要です。本人の判断能力の程度が分からない場合や、選択を委ねても無気力・無反応な状態が続く場合は、自己判断せず、かかりつけ医や地域包括支援センターに相談してください。
応用・バリエーション
判断力の程度は日や時間帯によって変動することがあります。調子の良い時間帯を選んで選択を促す、選択肢を絵や写真で視覚的に示すなど、本人の状態に合わせて聞き方を調整すると、より選びやすくなることがあります。
まとめ
このヒントのポイント
軽度〜中等度では日常の単純な選択をする力が保たれていることが多い
先回りして決めすぎると意欲低下や自己肯定感の喪失につながりうる
『安全に関わること』と『どちらでもよいこと』を分けて考える
二択・三択の聞き方で選びやすくする
重要な将来の方針は、症状が軽いうちに本人の意向を確認しておく
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根拠について:認知症の初期〜中期段階でも意思決定能力は部分的に保たれているとする考え方は、近年の意思決定支援(サポーテッド・ディシジョン・メイキング)の議論で重視されているが、個人差が大きく、どこまでの判断を委ねられるかを一律に判定する確立した基準はない。