月1回のモニタリング訪問を活かす準備
訪問前に用意する記録と、変化を漏れなく伝えるコツ。
ケアマネとの情報共有に医師の所見が役立ちます。認知症を専門とする医師が48時間以内に回答します。初回¥500〜。
相談する母の和田トシが「今日は何月何日?」と聞いてきたのは、もう五回目だった。和田美津子は洗い物をする手を止めずに「7月4日よ、お母さん」と答えたが、内心では焦っていた。トシが認知症と診断されてから半年、要介護2の認定を受けて、月に一度ケアマネジャーの佐々木さんが自宅を訪ねてくるようになっていた。
初めてのモニタリング訪問の日、美津子はリビングを片付け、お茶を用意して佐々木さんを迎えた。「この一ヶ月、お変わりないですか」と聞かれ、美津子は少し考えてから「はい、特には…変わりないです」と答えた。実際のところ何をどう話せばいいのか分からず、漠然と「大丈夫」という言葉でその場をやり過ごした。佐々木さんは「そうですか、よかったです」とメモを取り、15分ほどで訪問は終わった。
ところがその晩、トシが夜中の2時に台所に立ち、鍋を火にかけたまま居間に戻ってしまっていたことを美津子は思い出した。焦げ臭さで目を覚まし、慌てて火を消した夜だった。他にも、薬を飲んだかどうか分からなくなり一日に二回分を飲んでしまった日があったこと、玄関の段差でよろけて壁に手をついたことがあったこと――思い返せばこの一ヶ月、小さな「変化」はいくつもあった。なのに訪問のときには何も浮かばず、「特にない」と答えてしまっていたのだ。
翌月の訪問前夜、美津子は不安になって佐々木さんに電話をかけた。「実はこんなことがあったんですが、今更伝えてもいいものでしょうか」。佐々木さんは電話越しに優しく言った。「もちろんです。むしろそういう小さな出来事こそ、私たちが一番知りたいことなんですよ。次回からでいいので、気づいたときにメモしておいてもらえますか。特別なノートじゃなくて、台所のカレンダーの隅にひとこと書くだけでも十分です」。
その日から美津子は、キッチンのカレンダーに「7/2 夜中に火をつけたまま就寝→注意」「7/9 薬2回分飲んでしまう」「7/15 玄関でよろけた」と短く書き留めるようになった。スマホのメモアプリにも、トシが混乱した様子を見せた時刻と状況を残した。最初は面倒に感じたが、10日もすると習慣になり、書くこと自体が「今の母の状態を客観的に見る」機会になっていることに気づいた。
次のモニタリング訪問で、美津子はカレンダーを見せながら「実はこんなことがあって」と具体的に伝えた。佐々木さんは真剣な表情でメモを取り、「火の不始末と服薬管理、この二つは特に重要な変化ですね」と言い、その場でケアプランの見直しを提案した。IH調理器への切り替えの相談、服薬カレンダーの導入、デイサービスの利用回数を週2回から3回に増やす案――具体的な対応が次々と決まっていった。美津子は「先月ちゃんと伝えていれば、もっと早くこうなっていたのに」と少し悔しさを感じながらも、記録を取ることの大切さを実感した瞬間だった。
モニタリング訪問を活かすための準備ポイント
普段からその場でメモを残す
美津子がそうだったように、人は一ヶ月分の出来事を訪問直前に思い出そうとしても大半を忘れてしまう。台所のカレンダーやスマホのメモに、日付と一言だけでいいので気づいた瞬間に書く習慣をつける。
「困った」「危なかった」を優先的に記録する
すべてを詳細に書く必要はない。火の不始末、転倒しかけ、服薬ミス、徘徊、暴言や興奮など、安全や生活に直結する出来事を優先してメモする。
体調・食欲・睡眠の変化も一言添える
「今週は食欲がない」「夜間に何度も起きている」など、認知症の症状そのものではない体調面の変化もケアマネジャーが把握したい情報の一つ。
訪問前日にメモを見返して要点を3つにまとめる
当日その場で思い出そうとすると焦って抜け落ちる。前日に記録を見返し、「一番伝えたいこと」を3つほどに絞っておくと話がスムーズになる。
家族間で情報を共有しておく
美津子のように主に介護している家族以外にも同居家族がいる場合、気づいたことをその都度共有し、一つの記録にまとめておくと訪問時の説明に漏れが出にくい。
サービス利用中の様子も聞いておく
デイサービスやヘルパー利用時の様子は本人からの伝聞だけでなく、事業所からの連絡帳や送迎時の会話も参考にし、家庭内以外での変化もあわせて伝える。
よくある失敗パターン
この記事についてもっと詳しく知りたい方へ
記事の内容についての疑問や、ご自身・ご家族の状況に合わせた相談を、認知症を専門とする医師に直接お聞きいただけます。
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「特に変わりないです」で済ませてしまう
美津子の最初の訪問がまさにこれで、実際には重要な出来事があったのに漠然とした返答で終わらせてしまい、必要な支援が遅れる原因になる。
訪問直前まで何も記録していない
記憶だけに頼ると、印象の強い出来事しか思い出せず、日常的に繰り返されている小さなリスクが抜け落ちてしまう。
深刻な出来事ほど「言いにくい」と黙ってしまう
火の不始末や失禁、暴言など家族として気まずさを感じる内容ほど、実は支援を見直すために重要な情報であることが多い。
訪問時間を世間話だけで終えてしまう
佐々木さんとの関係が良好なほど雑談が中心になりがちだが、限られた15〜30分を有効に使うには、伝えたいことを先に話す意識が必要。
ケアプラン変更の提案をその場で判断できず先延ばしにする
記録があっても、いざ提案されると迷って返事を保留しがちだが、次回まで一ヶ月空くため、判断材料を事前に家族内で話し合っておくとよい。
モニタリング訪問前チェックリスト
あれから半年、美津子のキッチンのカレンダーには所々に小さな書き込みが見られるようになった。トシの様子は相変わらず一進一退だが、モニタリング訪問のたびに具体的な変化を佐々木さんに伝えられるようになり、ケアプランは実情に合わせて少しずつ調整されている。「メモを取るようになってから、『特に変わりないです』という機会がほぼゼロになりました。意外と日常で起こったことって忘れてしまうものなんですね」と美津子は思う。
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