BPSD総合ガイド
BPSD(周辺症状)とは — その「困った行動」には理由があります
暴力的な言動、昼夜逆転、突然のせん妄——認知症の行動・心理症状(BPSD)は、家族を最も疲弊させる悩みです。同じ「困った行動」でも、原因や対応の仕方は一人ひとり違います。ここでは症状ごとの向き合い方を、医師の視点で整理しています。
まずは今、ご家族が直面している症状に近いものから読んでみてください。
症状別に読む
BPSDとは何か
BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)は、日本語では「認知症の行動・心理症状」または「周辺症状」と訳されます。記憶障害・見当識障害・判断力低下といった「中核症状」が脳の障害そのものによって直接起こるのに対し、BPSDは中核症状を土台としながら、環境の変化・体調不良・コミュニケーションのすれ違いなど複数の要因が重なって現れると考えられています。
認知症の人の80%以上に何らかのBPSDが出現するとされ[1]、決して珍しい症状ではありません。むしろ「認知症の介護がつらい」と感じる場面の多くは、記憶障害そのものよりもBPSDへの対応に起因していると言われています。中核症状は現状では進行を完全に止めることは難しい一方、BPSDは環境調整や対応の工夫によって軽減できる余地が大きいという点が、両者の大きな違いです。
同じ「暴言」「拒否」という行動でも、背景にある原因が違えば有効な対応も変わります。BPSDを「困った行動」ではなく「本人からのサイン」として捉え直すことが、対応の第一歩になります。
BPSDの現れ方は、基礎にある認知症の種類によっても傾向が異なります。
疾患別に見たBPSDの出現傾向
アルツハイマー型
約60-70%
物盗られ妄想・興奮が目立つ
レビー小体型
約80%以上
幻視・妄想・うつが強く出やすい
前頭側頭型
約70-80%
脱抑制・易怒性・常同行動が中心
※出現率は報告により幅があり、上記はおおよその目安です
なぜBPSDは起きるのか
BPSDの背景には、主に3つの要因が重なっています。単一の原因で起きることは少なく、複数の要因が組み合わさって症状として表面化するのが一般的です。
実は原因がある
脳の変化 → 前頭葉・辺縁系など感情や衝動をコントロールする部位の機能低下により、感情の調節が難しくなります。神経伝達物質(アセチルコリン・ドパミン・セロトニンなど)のバランスの乱れも関与すると考えられています。
環境因子 → 騒音、人の多さ、慣れない場所、介護者の焦りや口調などが不安や混乱の引き金になります。入院・入所・引っ越しなど環境が大きく変わった直後は特にBPSDが出やすい時期です。
身体因子 → 痛み、便秘、脱水、発熱、薬の副作用など、本人が言葉で伝えられない不調がBPSDとして表れることが多くあります。「言葉で説明できない不快感」が、暴言や拒否という行動でしか表現されないケースは珍しくありません。
体調不良が隠れているケースは特に見落とされやすく、行動だけを見て「性格が変わった」「わがままになった」と捉えてしまうと、本当の原因を見逃してしまいます。行動が変化したときは、まず「痛みはないか」「便秘や発熱はないか」「最近薬が変わっていないか」を確認することが、対応の出発点になります。
12の症状とその対応の方向性
まずはご家族が直面している症状に近いものから確認してください。「詳細」から関連コンテンツに進めます。
| 症状 | 主な原因 | 対応の方向性 | 詳細 |
|---|---|---|---|
| 暴言・暴力 | 感情制御の低下、介護への抵抗感 | 否定せず、刺激を減らし距離を取る | →詳しく見る / 相談事例 |
| 徘徊 | 見当識障害、不安、目的をもった行動の名残 | 安全確保を優先し、行動の目的を探る | →詳しく見る / 相談事例 |
| 妄想(物盗られ含む) | 記憶障害による自己防衛的な解釈 | 否定せず、一緒に探す姿勢を見せる | →詳しく見る / 相談事例 |
| 昼夜逆転・不眠 | 体内時計の乱れ、日中の活動不足 | 日中の光・活動量を増やす | →詳しく見る / 生活リズムのヒント |
| 介護抵抗(服薬・着替えなど) | 意図の説明不足、羞恥心、体調不良 | 手順を減らし、選択肢を渡す | →詳しく見る / 相談事例 |
| 入浴拒否 | 寒さ・羞恥心・手順の見通しが立たない不安 | 声かけの順番を変え、温度と手順を工夫する | →詳しく見る / 相談事例 |
| 幻覚(幻視・幻聴) | レビー小体型に多い視覚野の誤作動 | 否定せず安心させ、環境(照明・模様)を見直す | →詳しく見る / レビー小体型について |
| せん妄 | 感染症・脱水・薬剤など急性の身体要因 | 緊急度が高く、早期の医学的評価が必要 | →詳しく見る |
| 帰宅願望 | 不安、居場所の喪失感、夕方の疲労(夕暮れ症候群) | 否定せず、安心できる役割・活動を用意する | →詳しく見る |
| 食事拒否 | 嚥下機能の低下、味覚の変化、うつ | 形状・温度・雰囲気を見直す | →詳しく見る / 相談事例 |
| 弄便 | 排泄後の不快感、失禁への羞恥心 | 排泄リズムの把握と早めの介助 | →詳しく見る / 相談事例 |
| 易怒性 | 前頭葉機能低下による感情コントロールの困難 | 刺激を減らし、生活リズムを整える | →詳しく見る |
とくに相談の多い4つの症状
12症状の中でも、特にご相談の多い4つの症状について、もう少し詳しく解説します。
暴言・暴力
「なぜ怒るの!」という叱責は恐怖心・羞恥心をかき立て、症状をさらに悪化させやすい対応です。本人にとって暴言・暴力は、介護への抵抗感、体調不良、あるいは「自分の尊厳を守ろうとする防衛反応」であることが多く、まずは刺激源(声のトーン・急な接触・急かすような態度)を減らすことが優先されます。前頭側頭型認知症では衝動制御そのものが障害されるため、この症状が特に出やすい傾向があります。安全が確保できない場合は無理に一人で対応しようとせず、いったんその場を離れる・距離を取ることも有効な選択肢です。
血管性認知症の夫の暴言・暴力に限界を感じていた妻が、5つの原因に分けて対応を組み立て直すまでの経過は、暴言・暴力が続く夫への対応を[医師に相談した事例](/qa/stories/bpsd-kogeki)に、医師の回答とあわせて記録しています。
徘徊
「目的のない行動」に見えても、本人の中には「仕事に行かなければ」「子どもを迎えに行かなければ」「実家に帰らなければ」といった、その人にとって切実な目的があることが多くあります。行動そのものを力づくで止めようとすると抵抗が強まりやすく、まずは安全(転倒・交通事故・行方不明のリスク)を確保しながら、気持ちに寄り添って一緒に歩く、話を聞くといった対応の方が効果的とされています。GPS端末や見守りサービス、近隣への事前周知も実践的な備えになります。
とくに夜間の徘徊は家族の睡眠を直撃し、対応の持久力そのものを削ります。夜中に何度も外に出ようとする父に家族がどう向き合ったかは、夜間徘徊が続く父と家族が眠れるようになるまでの相談事例をご覧ください。
妄想(物盗られ妄想など)
記憶障害によって「自分が置いた場所を忘れた」という事実を、自尊心を守るために「誰かに盗まれた」と解釈し直してしまう、防衛的な心理が背景にあると考えられています。特に日頃から身の回りの世話をしている家族が疑われやすいのも特徴です。正面からの否定・論理的な説得はかえって疑いを強めやすく、「一緒に探しましょう」という共同作業の姿勢を見せることが有効です。見つかった際は「良かったですね」と本人の気持ちを立てる声かけを添えると、その後の関係が安定しやすくなります。
一人暮らしの母がヘルパーや近隣住民まで疑い、警察沙汰になりかけた家庭もあります。同居家族がいない中でどう関係を立て直したかは、物盗られ妄想で周囲を疑うようになった母の相談事例に記録しています。
せん妄
せん妄は、急激な意識の混濁・注意力の低下・幻覚などを伴う急性の症候群で、数週〜数年かけて緩やかに進行する認知症とは経過が大きく異なります。感染症(尿路感染症・肺炎など)、脱水、便秘、薬剤の副作用、環境の急激な変化(入院・手術後など)が引き金になることが多く、数時間〜数日という短い期間で急激に症状が悪化する場合はせん妄を疑う必要があります[2]。認知症の進行と混同されやすいものの、せん妄は原因を取り除けば改善が期待できる病態であるため、早期の医学的評価が欠かせません。
家族の対応3原則
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症状ごとに具体的な工夫は異なりますが、根底にある考え方は共通しています。多くのBPSDへの対応に応用できる3つの原則を押さえておくと、初めて直面する症状にも落ち着いて向き合いやすくなります。
3原則チェックリスト
原則1: 否定しない・訂正しない → 「それは違う」と正すことより、本人が感じている不安や不快感をまず受け止めることを優先します。事実の訂正よりも、感情の受け止めを優先する発想です。
原則2: 感情に寄り添う(共感→安心→行動) → まず気持ちを言葉にして受け止め、安心を感じてもらってから、次の行動を一緒に考えます。この順番を逆にすると、本人は「分かってもらえない」という孤立感を強めてしまいます。
原則3: 環境を先に変える → 本人の性格や行動を変えようとするのではなく、騒音・照明・生活リズム・声かけの仕方など、周囲の環境を先に調整する発想を持ちます。同じ症状でも環境が変われば現れ方が変わることが多くあります。
受診・相談のタイミング
BPSDの多くは自宅での工夫で軽減が期待できますが、次のようなサインがある場合は速やかに医療機関やオンライン相談を検討してください。
受診サイン
すぐに受診を検討 → 暴力によって本人または周囲が怪我をした、徘徊で行方不明になった(なりかけた)、数時間〜数日で急に混乱が強まった(せん妄の疑い)、水分や食事がほとんど取れていない。
早めに相談を検討 → 睡眠障害や食事拒否が1週間以上続いている、拒否行動が以前より悪化してきている、介護者自身が「もう限界」と感じ始めている。
体調不良がBPSDの引き金になっているケースは多く、行動面だけで「性格の問題」「認知症の進行」と判断せず医師に相談することで、感染症や薬の副作用など、対応可能な身体的原因が見つかることもあります。判断に迷うときほど、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
BPSDを悪化させる4つの落とし穴
良かれと思って行っている対応が、かえって症状を悪化させてしまうことがあります。次の4つは特に注意したい落とし穴です。
陥りやすい対応
正面から否定する → 訂正しようとするほど本人の防衛反応が強まり、症状が悪化しやすくなります。事実関係より、本人が納得できる着地点を探すことを優先しましょう。
完璧な介護を目指す → 「全て正しく対応しなければ」という思い込みが介護者を追い詰め、余裕のない対応につながります。うまくいかない日があって当然という前提で臨むことが長続きのコツです。
家族だけで抱える → 情報や負担を共有できないまま孤立すると、介護者自身の心身の限界が早まります。ケアマネジャー・医師・地域包括支援センターなど、頼れる窓口は複数用意しておきましょう。
薬に頼りすぎる → 向精神薬は有効な場面もありますが、まずは環境調整・非薬物的対応を優先することが基本方針です[3]。特に高齢者では過鎮静・転倒リスクが上がるため、薬物療法は医師の判断のもとで慎重に検討します。
よくある質問
BPSDについて、ご家族からよく寄せられる質問をまとめました。
よくある質問
Q. BPSDは治りますか?
A. BPSDの症状そのものが完全に消えるとは限りませんが、原因となっている環境要因・身体要因を調整することで軽減するケースは多くあります。中核症状と異なり、対応次第で改善が期待できる部分が大きい症状群です。
Q. 薬でBPSDを抑えることはできますか?
A. 向精神薬が有効な場面もありますが、まずは環境調整・非薬物的対応を優先することがガイドラインの基本方針です。薬物療法を検討する場合も、副作用(特に高齢者での過鎮静・転倒リスク)を踏まえて医師と相談しながら進める必要があります。
Q. 一人の介護者だけで対応できますか?
A. BPSDへの対応は継続的な負担が大きく、家族だけで抱え込むと介護者自身が心身の限界を迎えやすくなります。ケアマネジャーや医師への相談、デイサービスなど外部サービスの活用を早めに検討することをおすすめします。
Q. BPSDと認知症の進行は同じ意味ですか?
A. 異なります。中核症状(記憶障害など)は進行性ですが、BPSDは環境や体調の調整によって増減する症状です。急に症状が悪化した場合、認知症の進行ではなくせん妄や体調不良が原因のこともあるため、区別して考える必要があります。
Q. 物盗られ妄想を否定してもいいですか?
A. 正面からの否定は自尊心を傷つけ、かえって症状を悪化させやすい対応です。「一緒に探しましょう」という姿勢で寄り添い、見つかった際に本人の気持ちを立てる声かけをすることが有効とされています。
Q. 夜間の徘徊が心配です。GPSは使うべきですか?
A. 行方不明のリスクを減らす手段として有効です。日中の活動量を増やし生活リズムを整えることと併用することで、夜間の徘徊自体が減るケースもあります。まずは安全確保を最優先に考えてください。
Q. 急に様子がおかしくなりました。認知症が進行したのでしょうか?
A. 数時間〜数日という短い期間で急激に混乱が強まった場合は、認知症の進行ではなく「せん妄」の可能性があります。感染症・脱水・薬剤の副作用が原因になっていることが多く、早めの医学的評価が必要です。
Q. 入浴や食事を拒否されて困っています。どこから対応すればいいですか?
A. まず痛みや体調不良など身体的な原因がないかを確認し、次に声かけの順番や環境(温度・雰囲気・食事の形状など)を見直します。改善しない場合は医師やケアマネジャーに具体的な状況を相談してください。
Q. 介護抵抗が強い場合、無理にでも対応させるべきですか?
A. 無理に説得・強行すると抵抗がさらに強まりやすいため推奨されません。手順を簡素化する、選択肢を渡す、タイミングを変えるなど、本人が受け入れやすい形に対応を工夫することが基本です。
Q. 易怒性と暴言・暴力の違いは何ですか?
A. 易怒性は身体的な攻撃を伴わない、継続的な感情の不安定さを指します。一方、暴言・暴力は実際の攻撃的行動を含む点で区別されます。どちらも前頭葉機能の低下が関わっていることが多い症状です。
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本記事は認知症専門外来・在宅診療医のKoba MD, PhDが監修しています。
出典
- [1] 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」
- [2] NICE guideline NG97「Dementia: assessment, management and support」(2018)
- [3] 日本老年精神医学会「BPSDの薬物治療ガイドライン」
- 厚生労働省 認知症施策推進大綱
- 国立長寿医療研究センター「認知症の行動・心理症状(BPSD)に関する情報」