福祉用具レンタル・購入の介護保険活用
対象品目・自己負担・選び方と申請の流れ。
「介護保険はどこから申請する?」「どんなサービスが使える?」を認知症を専門とする医師が整理してお伝えします。
相談する母がベッドから転落したのは、夜中の2時過ぎだった。
吉川敦子が物音に飛び起き、廊下を駆けると、母の笹川照代さん(80歳)がフローリングにへたりこんでいた。「どこかに行かなきゃと思って」と照代さんはきょとんとした顔で言う。認知症の診断を受けてから1年半、夜間の徘徊は増える一方だったが、転倒は初めてだった。幸い骨折はなかったものの、敦子はその夜眠れないまま夜が明けた。
「ベッド柵が必要なのはわかってるんです。でも買ったら高いし……」
担当のケアマネジャーに相談すると、意外な答えが返ってきた。「吉川さん、それ介護保険でレンタルできますよ」。敦子は耳を疑った。自分で購入するしかないと思い込んでいたのだ。
翌週、福祉用具専門相談員という資格を持つスタッフが自宅を訪問した。部屋の広さを測り、照代さんの体格と寝返りの様子を確認して、特殊寝台(介護用ベッド)とサイドレールのセットを提案してくれた。月々のレンタル料は合計で4,200円ほど。介護保険が適用されているので自己負担は1割、実際に支払うのは420円だと聞いて、敦子は思わず「そんなに安いんですか」とおどろきの声を上げた。
設置当日はスタッフが背上げ・脚上げの使い方を丁寧に実演してくれた。照代さんは新しいベッドを不思議そうに触りながら「ホテルみたいね」と笑った。その夜から柵に守られた照代さんはゆっくり眠り、敦子も初めて熟睡できた気がした。
しかし問題はまだあった。浴室だ。照代さんは足元が不安定で、シャワーを浴びる間も壁をつかんでいる。ある日、洗い場の石けんで滑って壁に肩をぶつけ、あざができた。「お風呂を手伝うのが怖い」と敦子は感じるようになっていた。
再びケアマネジャーに相談すると、「浴槽台とシャワーチェアも貸し出しがあります。あと手すりは購入給付で補助が出ます」と教わった。敦子は自分がいかに「介護保険でできること」を知らなかったかを痛感した。介護保険で借りられるもの、買えるもの、給付が出るもの——それぞれに区分があり、申請の手順も異なる。ケアマネジャーに任せるだけでなく、自分でも仕組みを理解しなければ、必要なタイミングで動けないと気が付いた。
浴槽台とシャワーチェアが届いた日には、照代さんは自分でシャワーチェアに腰を下ろし、「これ楽だわ」とつぶやいた。敦子はその一言を聞きながら、次はトイレの手すり設置の見積もりを取らなくちゃねと考えていた。
福祉用具レンタル・購入給付の基本ポイント
レンタル対象13品目と購入対象6品目は明確に区分されています
介護保険で利用できる福祉用具は「貸与(レンタル)」と「特定福祉用具販売(購入給付)」の2種類に分かれます。レンタル対象は特殊寝台・車いす・床ずれ防止用具・手すり(工事不要)・歩行補助つえなど13品目。購入給付の対象は腰掛便座・入浴補助用具・簡易浴槽・移動用リフトのつり具など6品目で、衛生上レンタルになじまないものが対象です。照代さんのシャワーチェアもこの購入給付品目に含まれます。
自己負担は原則1割(一定以上所得者は2〜3割)
レンタルの場合、介護保険の自己負担割合に応じた金額のみを支払います。標準的な利用者は1割負担で済みます。購入給付は年間10万円を上限として9割が支給され、1割を自己負担します(先に全額支払って後から9割が戻る償還払いが基本ですが、受領委任払いに対応している事業者もあります)。
ケアマネジャーへの相談と「福祉用具貸与計画書」が出発点
利用開始のためにはケアプランに反映することが必要となります。ケアマネジャーに「○○が心配で△△が欲しい」と具体的に伝えましょう。例えば敦子が「夜間の転落が怖い」と伝えたことで、ケアマネジャーが速やかにベッド柵を提案してケアプランに組みこむことができたように、困っていることをはっきりケアマネジャーに相談することが一番の近道になります。
福祉用具専門相談員による自宅訪問・フィッティングを活用する
種目が決まったら、福祉用具専門相談員が自宅を訪問して実際の生活環境を確認し、適切な製品を選びます。廊下の幅、床材の素材、本人の体格や動き方によって最適な品目・機種は異なります。カタログだけで選ばず、必ずフィッティング訪問を依頼することで、使いにくさや転倒リスクを減らせます。
要介護度によって利用できる品目が変わります
要支援1・2の人は利用できるレンタル品目が制限されており、特殊寝台や床ずれ防止用具などは「軽度者への貸与制限」の対象となっています。ただし、主治医の意見書などによって例外的な利用が認められる場合もあります。また要介護認定の更新時には必ずケアマネジャーと品目の見直しをしましょう。
レンタル品は状態変化に応じて交換・解約ができます
購入と違い、レンタルは状態の変化に合わせて品目を変更したり返却したりできます。本人の身体機能が変わったとき、新たなリスクが生じたとき、施設入所が決まったときなど、状況に応じて見直せる点が購入にない強みです。定期的に必要性を評価することが安全な介護環境の維持につながります。
よくある失敗パターン
この記事についてもっと詳しく知りたい方へ
記事の内容についての疑問や、ご自身・ご家族の状況に合わせた相談を、認知症を専門とする医師に直接お聞きいただけます。
初回500円・48時間以内に医師が回答
「自分で買うしかない」と思い込んで高額品を購入してしまった
介護ベッドや車いすを介護保険の存在を知らずに全額自費で購入するケースは今も多いです。特殊寝台は定価で15万〜30万円を超えるものが多く、レンタルなら月1,000〜5,000円程度で使えることを知らないまま購入すれば大きな損失になってしまうので、福祉用具に限らず何かしようと思ったら、事前に必ずケアマネジャーへ確認する習慣をつけたいところです。
ケアプランに反映する前に使い始めて給付が受けられません
介護保険の給付を受けるには、事前にケアプランへの反映が必要です。「急いで必要だったからとりあえず業者に直接頼んだ」というケースでは、後から申請しようとしても給付が認められないことがあります。どうしても緊急の場合は、やはり事前にケアマネジャーに一報を入れ、少なくとも口頭の合意を取ることが重要です。
要介護度と品目の対応を確認しないまま申請する
要支援や要介護1の利用者が「軽度者への貸与制限」の対象品目を申請したものの、条件を満たせず認められなかったというケースがあります。特殊寝台や体位変換器などは要介護2以上が原則となっています。事前にケアマネジャーへ要介護度と品目の組み合わせを確認しておくことで、手続きのやり直しを防げます。
価格の安さだけで選び、身体に合わない用具を使い続ける
複数の事業者を比較して「一番安いプラン」を選んだ結果、体格や動作に合わない車いすやシャワーチェアを使うことになり、むしろ転倒や褥瘡のリスクが上がってしまうと本末転倒です。もちろん価格は重要な要素ですが、専門相談員によるフィッティングを省いて選ぶと却って高い買い物になってしまう可能性があり注意しましょう。
購入給付の「先に全額支払う」仕組みを知らず資金繰りで詰まる
特定福祉用具販売の多くは一度全額を支払い、後日9割が払い戻される償還払いの仕組みになっています。まとまった現金が必要になることを事前に知らず、購入に際して請求金額の大きさに戸惑うケースも。受領委任払いを扱っている事業者を選べば一時的な全額負担を避けることができます。
福祉用具レンタル・購入を始めるためのチェックリスト
あれから半年、吉川敦子の自宅には介護用ベッド・シャワーチェア・浴槽台に加え、玄関の上がり框に取り付けた工事不要の手すりが加わった。毎月の福祉用具レンタル費用は自己負担で1,000円を少し超える程度だ。照代さんは手すりにつかまりながら自分で靴を脱ぎ、「これがあると全然違う」と毎回言う。敦子は、最初に転落を経験したあの夜があったから今の環境があると複雑な気持ちになることもある。それでも「知ったその日から動ける」という手応えが、これからの介護を続けていく力になっている。
この記事についてもっと詳しく知りたい方へ
記事の内容についての疑問や、ご自身・ご家族の状況に合わせた相談を、認知症を専門とする医師に直接お聞きいただけます。
初回500円・48時間以内に医師が回答
関連する介護の相談事例
コメント
まだコメントはありません。最初のコメントを投稿しましょう。