
「同じ話を三回聞いても、初めて聞いたみたいに相槌を打つ」
「昨日の夕飯は思い出せないのに、四十年前の結婚式のことは涙ぐみながら話す」
このひとりごと手帖では、そんな「記憶にまつわる、ちょっと不思議で、ちょっと切ない場面」について、これまでも何度か書いてきました。書くたびに、自分の中で同じ疑問が繰り返し湧いてきます。記憶って、いったい何なのだろう。なぜ消える記憶と、消えない記憶があるのだろう。
そこで今日から、「記憶」だけをテーマにした連載を始めることにしました。名付けて「記憶の四季」。
春は記憶がどう生まれるかという素朴な仕組みの話から始まり、夏は何十年経っても色褪せない楽しい記憶、秋は認知症によって記憶が静かに離れていく戸惑い、そして冬は、それでも最後まで残るものについて——四つの季節をめぐるように、全28回にわたって綴っていく予定です。
正直に言うと、秋の章はいちばん書くのが難しいだろうと、今から思っています。「あなたは誰?」と聞かれる悲しさ、同じ話を繰り返されるもどかしさ——きれいごとだけでは済まない場面が続きます。それでも、記憶が消えていく「仕組み」を知ることで、ほんの少しだけ気持ちが軽くなる瞬間があると、私は信じています。
以前、記憶の空白を「10年ぶりの同窓会」に例えて書いたとき、「腑に落ちました」という声をいただいたことがありました。あの感覚を、もっと丁寧に、もっと長く、届けたい。それがこの連載を始めようと思ったきっかけです。
対象は、ご家族の物忘れに戸惑っている方はもちろん、まだ何も起きていないけれど「記憶ってどういう仕組みなんだろう」と純粋に気になる方も歓迎です。医学的な正確さよりも、「知ってちょっと楽になる」を大事にして書いていくつもりです。
更新は毎日ではなく、週に1〜2本くらいのペースになると思います。気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。
次回、まずは「記憶はどこに仕舞われているのだろう」という、いちばん素朴な問いから始めます。
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