認定調査で実態を正しく伝えるコツ
「できるつもり」を防ぎ、普段の困りごとを漏れなく伝える準備。
「介護保険はどこから申請する?」「どんなサービスが使える?」を認知症を専門とする医師が整理してお伝えします。
相談する「お母さん、今日は調査の方が来るから、正直に話してね」と言い聞かせながら、中村ひろ子さん(47歳)は玄関先で深呼吸した。2024年の10月の朝、空気はひんやりと澄んでいたが、ひろ子さんの胸には何週間も前からくすぶる不安があった。
ひろ子さんの母、中村房子さん(78歳)がアルツハイマー型認知症と診断されたのは半年前だ。物忘れはもちろん、ひとりで料理すればガスを消し忘れ、夜中に朝と勘違いして玄関から出ようとする、同じ話を1時間に何十回と繰り返す——そんな毎日が続いていた。市の窓口で要介護認定の申請を勧められ、ようやく調査の日取りが決まった。
調査員の吉岡さんは穏やかな笑顔で上がり込み、房子さんに向かって「今日の日付は分かりますか」「今日の季節は何ですか」などと質問し始めた。すると房子さんは背筋を伸ばし、はきはきと答えた。「今日は……10月の、確か15日ですかねえ。秋ですよ、秋」。正確ではなかったが、口調は自信にあふれていた。
ひろ子さんは言葉を失った。普段の房子さんは「今朝ご飯食べたっけ」と3分おきに聞いてくるのに、調査員を前にすると人が変わったように受け答えをしている。「着替えはできますか」という質問にも「もちろん自分でやってます」と即答した。ひろ子さんは横で「でも……」と割って入ることもためらわれ、ただ頷いてしまった。
約1時間後、調査員が帰った。
2週間後、区から通知が届いた。判定は「要支援1」。
その結果を見た瞬間、ひろ子さんは力なくうなだれた。週に3回は深夜に起き出して廊下をうろうろし、ひろ子さんが声をかけて追いかけて連れ戻す。ズボンを前後ろ逆に穿いたまま外出してしまう。入浴を「昨日入った」と言い張って10日間拒否する。どの片りんも、調査の場では出てこなかった。
「要支援1って、デイサービスも週1〜2回しか使えないですよね」とケアマネジャー候補として紹介された事務所に電話したとき、担当者は優しく言った。「実際の状況と調査結果がかけ離れているなら、区分変更申請ができますよ。ただ調査員もお仕事ですから、やっぱり客観的な事実に基づいて判断するしかないんです。次は準備してから臨んでみてください」。
準備。その言葉がひろ子さんの頭に刺さった。
次の調査まで、ひろ子さんは徹底的に記録を取ることにした。スマートフォンのメモアプリに「困ったこと日記」を作り、日付・時間・状況・母の言動を短文で書きとめた。夜中2時に廊下で叫んだこと、昼食後30分で「まだ食べていない」と言ったこと、トイレの場所が分からなくなって居間で失禁しかけたこと——見えないところで起きている困りごとを可視化していった。
3週間後、区分変更申請の調査が行われた。
ひろ子さんはあらかじめ手書きのA4メモ2枚を用意して調査員に手渡した。「普段の状況を書いておきました。調査の場ではどうしても見えない所があると思うので、、、」と前置きした。調査員は「ありがとうございます、拝読いたします」とメモを受け取り、丁寧に目を通しながら質問を続けた。
「お母様、夜はよく眠れていますか」「ええ、ぐっすりですよ」と房子さんが答えたとき、ひろ子さんはすかさず「実際は週に3〜4回、まずは夜中の1時から2時ごろに廊下に出てきています。こちらのメモに日付を書いてあります」と静かに補足した。調査員はメモと房子さんの顔を交互に見ながらうなずいた。
結果は「要介護2」だった。
ひろ子さんは通知を受け取ったとき思わず涙が出た。「本当のことが伝わった」という安堵と、「介護お疲れ様です」と認められたような気持ちが混ざっていた。
認定調査で実態を正しく伝えるための実践ポイント
「できるつもり」に備えて第三者として補足する
認知症の方は調査員という「よそ行きの場」で普段以上に取り繕うことが多いです。本人の答えが終わったあと、家族が「実際はこういう状況です」と静かに補足するのが最も効果的な方法です。感情的にならず、事実を短く添えるだけでよいです。
困りごとを日付と時刻付きで記録しておく
「何となく大変」では伝わりません。「10月3日 深夜2時、廊下で転倒しかけた」「10月7日 昼食後10分で食べていないと主張、合計3回」のように具体的な記録が調査員の判断材料になります。調査の2〜3週間前から意識的につけ始めましょう。
調査前にA4メモ1〜2枚を用意して手渡す
調査員は短時間でさまざまな項目を確認します。メモを渡すことで「本人の発言と実態のギャップ」を調査員が意識しながら質問を進めてくれます。例えば排泄・食事・入浴・移動・睡眠・安全管理の様に項目別に整理すると読みやすくなります。
一番大変な「24時間の中の1場面」を具体的に描写する
「大変です」より「毎晩11時から翌1時にかけて眠れず付き添っています。介護者の睡眠は平均3時間程度です」と伝える方が格段に実態が伝わります。数字と時間帯を意識して記録・発言しましょう。
「したくない」のか「できない」のかを区別して考えましょう
入浴拒否・服薬拒否・通院拒否など、「したくない」から「しない」のか「できない」のかは判定上重要な区別です。「10日間入浴を拒否しており、私が声かけや誘導を試みているが応じない」と介助の関わりを含めて伝えましょう。
主治医の意見書と方向をそろえる
調査結果は主治医の意見書と合わせて審査されます。普段の困りごとをかかりつけ医にも伝えておくと、意見書に実態に即した記述が反映されやすいです。調査前に受診の機会があれば、「認定調査があります、生活上の困りごとを先生にも知っておいてほしい」と一言伝えましょう。
よくある失敗パターン
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本人任せで横から補足しなかった
「本人が答えているのに口を挟むのは失礼」と遠慮してしまうケースが多いです。しかし認定調査は本人の「その日のパフォーマンス」ではなく「日常の平均的な状態」を確認する場です。補足は批判ではなく情報提供であり、むしろ調査員は求めています。
「しっかりしているところ」だけが目に入った
調査当日に本人が受け答えをうまくこなすと、家族も「意外と大丈夫かも」と感じてしまい、言うべきことを言わず終わることがあります。記録を持参していれば「今日はたまたまよい日だった」と客観的に伝えられます。
「できているかどうか」だけで答えてしまった
「着替えはできますか」に対して「一応できています」と答えてしまいますが、「30分かかる」「前後ろ逆でも気づかない」「毎朝声かけしないと始めない」なら一部介助が必要な状態です。できているかどうかより「どのように、どれくらいの関わりで」を伝えることが重要です。
「いつも通り」が実は大変だと気づいていなかった
毎日のことになると感覚が麻痺し、「うちではこれが普通」になってしまいます。記録をつけ始めると「これ、週5回起きていた」と、いつも通りは必ずしも普通であることを意味しないのだと気付く家族は少なくありません。立ち入り調査は家庭の実態を棚卸しするよい機会でもあります。
認定調査 準備チェックリスト
区分変更の判定が「要介護2」に変わってから約4か月が経つ。房子さんは今、週3回デイサービスに通い、その日はひろ子さんも仕事に集中できるようになった。夜間の徘徊も、担当ケアマネジャーのアドバイスで午後に軽い運動を取り入れたことで週1回程度に減った。「認定調査って、準備で全然変わるんですよ」——ひろ子さんは最近、同じ境遇の友人にそう話すようになった。介護の実態を正しく伝えることは、より良いサポートにつながる第一歩です。
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