レスパイトケア(介護者の休息)の取り方
ショートステイ等で休息を確保する具体的方法。
「これ以上続けられない」と感じたとき、医師の立場から介護体制の見直しや施設選びの視点を提供します。初回500円。
相談する母のことが頭から離れない夜が、文字通り何百日も続いていた。
杉本恵子は54歳のとき、同居していた母・照子(83歳)の介護をひとりで引き受けることになった。夫は単身赴任中で、子どもたちはすでに独立している。認知症の診断が下りて1年が経った頃には、恵子の生活は完全に母を中心に回っていた。
午前3時に「どこにいるの」と起こされ、朝になれば朝食の支度、昼には服薬の確認、夕方には入浴の介助。夜中の徘徊が始まってからは、玄関にセンサーを取り付けたとはいえ、何かあってからでは遅いと、眠りが浅くなった。「少し横になろう」と思っても、すぐに母の声が聞こえてくる気がする。
ある夜、恵子は台所でぼんやりと立ったまま、いつの間にか30分が過ぎていたことに気づいた。自分が何をしようとしていたのかも、わからなかった。翌朝、かかりつけ医への送迎中に信号を2回見落とした。「これは危ない」と思ったが、今考えるとすでに体と気持ちは限界を超えていたのだろう。
担当のケアマネジャーに電話したのは、その翌日のことだった。「恵子さん自身が倒れたら、誰がお母様を支えるんですか」というひとことが、胸に刺さった。
ショートステイを初めて使ったのは、それから3週間後だった。「施設に預けるなんて、責任を放棄するみたいで、それこそ育児の時に母は休むことなく私を大切に育ててくれていたのに」と躊躇していた恵子を動かしたのは、ケアマネジャーの「先ずは一度だけ試してみましょう。気に入らなければやめればいいんですよ」という言葉だった。
最初の2-3日、恵子は何をしていいかわからなかった。夜中に目が覚めて、母のベッドを無意識に確認して、そういえば今はショートステイにいるんだったわ、と正直なところ休んだ気分になれなかった。それでも3日目には、7時間続けて眠れたことに自分でも驚いた。思い切って久しぶりに友人とランチをしたり、その帰り道でコンビニに寄って、好きなスイーツを買ったりもしてみた。たったそれだけのことで、涙が出た。
迎えに行った日、母は「ここのご飯、おいしかったよ。最初はどうかと思っていたけれど、存外ちょっとしたホテルみたいで悪くないわね」と言った。恵子が心配していた「拒絶」は起きず、笑顔まで。
それから1年、恵子は月に1回ショートステイを使い続けている。「使ってはいけないものだと思っていた」と彼女は振り返る。「でも仕事もあるし休まないと、私だけじゃなくて母まで巻き込んでしまう。それがようやくわかった気がしています」。
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レスパイトケアとは何か
レスパイトケアとは、介護をしている家族が一時的に介護から離れ、心身を回復させることを目的とした支援の総称です。「レスパイト(respite)」は英語で「休憩」「息抜き」を意味します。
介護者が燃え尽きてしまうと、介護の質が落ちるだけでなく、健康被害や事故につながります。介護保険制度はこの点を想定しており、介護者自身のための休息を「正当な目的」として認め、複数のサービスが利用できます。
大切な前提として、「自分が休みたい」という気持ちは弱さではありません。介護者の心身が健康を維持することは、被介護者にとっても最大の利益です。罪悪感を感じる必要はまったくありません。
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ショートステイの使い方
ショートステイ(短期入所生活介護)は、要介護認定を受けた方が数日から数週間、介護施設に泊まることができるサービスです。
申し込みまでの流れ
担当ケアマネジャーに相談し、ケアプランに組み込んでもらいます
利用する施設をケアマネジャーと一緒に選びます
施設の事前見学を行い、スタッフと情報共有をします
体調が安定している時期を選んで初回を設定します
費用の目安
介護保険が適用されるため、自己負担は1割から3割です。食費・居住費は別途かかりますが、低所得世帯には補足給付という軽減制度があります。1泊あたりの実費負担は施設によって異なりますが、一般的には2,000円から5,000円程度が目安です。
事前見学のポイント
本人への伝え方
例えば「私の仕事都合で2~3日帰ってくることができない。その間何かあったらどうしよう、例えば怪我をして動けなくなったり、急に体調が悪くなったりしていないだろうかと心配になってしまうので、お母さんの生活をしっかり守ってくれる環境で過ごしてほしい」など施設への不安を軽減できる言葉を選びましょう。声かけの方法に正解があるわけではありませんが、例えば、「預けられる」という表現に敏感な方の場合は、その類似表現を避け、本人が前向きに受け入れられるよう工夫することが大切です。
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ショートステイ以外のレスパイト方法
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デイサービスの長時間利用
通所介護(デイサービス)は日帰りですが、朝9時から夕方5時前後まで利用できます。週3〜5回の利用で、介護者の日中の時間を確保することができます。「連続した自由時間」が必要な場合はショートステイが適していますが、「日中だけ休みたい」という場合はデイサービスで十分なこともあります。
訪問介護・訪問入浴の活用
身体介護や生活援助を訪問介護員(ホームヘルパー)に委託することで、特定の作業から解放されます。入浴介助は介護者の負担が大きいため、例えば訪問入浴を週2回入れるだけでも体力の消耗が大幅に減ることがあります。
家族・親族との分担
「遠方だから」という理由で兄弟や子どもたちが関与しないケースが多くありますが、週末の1日だけ交代する、月1回訪問して介護者が外出できる時間を作る、などの形でも多少は休息になります。
行政の緊急・一時預かり事業
多くの自治体では、介護者が急病になった場合や冠婚葬祭が入った場合に利用できる緊急短期入所や一時的な見守りサービスを設けています。ケアマネジャーに「緊急のときの選択肢」として確認しておくと安心です。
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よくある失敗パターン
「本人が嫌がるから」とサービスを使わないまま限界を迎えた
認知症の方は、どうしてもその病気の性質上、なじみのない場所や変化を嫌うことが多く、最初は強い抵抗を示すことがあります。しかし適切に慣らしていくと受け入れが進むケースは多く、「最初に嫌がった」という一点だけで利用を断念すると、介護者が先に倒れることになりかねません。本人の「嫌がり」と「利用できない」は別の問題として考える必要があります。
初回の失敗体験が「二度と使わない」につながった
施設との相性が悪かった、体調不良で帰ってきた、本人が泣いていたと聞いたなど、初回に何らかのトラブルがあると「やっぱり無理だった」と結論づけてしまうことがあります。初回は試行錯誤の段階です。施設を変えたり、短い日数から始め直したりすることで解決できるケースは多くあります。
「使うべき状況」になってから初めて動いた
ショートステイは空き状況によっては予約が取りにくいことがあります。「まだ大丈夫」という段階から登録・見学を済ませておくと、いざというときにスムーズに使えます。限界が来てから慌てて探すと、施設が当人のことをよく把握できていないという不安定な事態になりがちです。
介護者自身の疲弊を「たいしたことではない」と過小評価した
「自分より大変な人がいる」「まだ動けるから」という思考が、適切なサポートを求めることを遅らせます。睡眠が慢性的に不足している、食欲がない、気力がわかないといったサインは、すでに支援が必要な状態です。
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家族が知っておきたいチェックリスト
介護は、終わりが見えない長距離走です。最初から全力で走り続ければ、どこかで必ず倒れます。レスパイトケアは「サボること」でも「逃げること」でもなく、長く走り続けるための給水地点です。「もう少し頑張れば」と思い続けてきた方ほど、一度立ち止まって、自分の体と気持ちを確認してみてください。あなた自身が回復することが、介護される方への最善のケアにつながります。
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