ケアガイド医師査読済 · 2026年7月公開 2026年7月7日更新 2026年7月23日

通院・受診を嫌がる人の受診の工夫

受診拒否の理由別対応と、訪問診療という選択肢。

Koba MD, PhD

医療監修

Koba MD, PhD

認知症専門外来・在宅訪問診療に従事


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「もう病院なんか行かへん」と、義母の春子は玄関先で腕を組んだ。


義母の北野春子(78歳)は、昨年秋から物忘れが目立ち始め、かかりつけ医から認知症の疑いを指摘されていた。しかし診察の予約を入れるたびに「体はどこも悪くない」「あそこの待合室は冷える」「バスに乗ると疲れる」と、さまざまな理由を挙げて玄関から一歩も出ようとしなかった。


同居する息子の嫁である北野光恵(46歳)は、義母の介護を一手に担っていた。夫は単身赴任中で、平日に義母を連れ出せるのは自分しかいない。「今日こそ」と気合いを入れて朝から声をかけても、玄関前で1時間粘った末に断念する日が何度も続いた。


転機は、地域包括支援センターに相談したときだった。担当の相談員が「嫌がる理由を一つひとつ分けて考えましょう」と言い、光恵は初めて義母の「なぜ」に向き合ってみた。待合室が寒い→ひざ掛けを持参する。バスが疲れる→タクシーで行く。検査が怖い→「血を抜いたりしないよ」と事前に説明する。すると義母の抵抗が少し和らぎ、ある朝「そこまで言うなら行ったるわ」と靴を履いてくれた。


それでも毎月の通院は体力的にきつく、冬場はとくに「外に出たくない」と言う日が増えた。相談員のすすめで訪問診療に切り替えると、義母の表情が変わった。「先生がうちに来てくれるの、なんか気楽やわ」。自宅のリビングで行われる診察は、待ち時間もなく、義母がいちばんくつろげる場所で完結した。光恵は「最初からこの選択肢を知っていれば」と思いながらも、あの試行錯誤の時間が義母を理解するきっかけになったことに気づいていた。


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brain 受診を嫌がる理由の分類


認知症の人が受診を拒否するとき、その背景には複数の要因が重なっていることが多い。大きく分けると次の4つに整理できる。


1. 身体的な負担


バスや電車への乗降、待合室での長時間の着席は、認知症の人にとって予想以上に消耗する。移動中に方向感覚が乱れたり、体温調節がうまくいかなかったりして、「病院に行くと疲れる」という印象が強く残りやすい。


2. 待ち時間と環境の不快感


見知らぬ人が多い待合室、机と椅子の配置、呼ばれるまでの見通しのなさ、これらがすべて不安の源になりうる。「いつ名前を呼ばれるかわからない」状態は、認知症の人に強いストレスをかける。


3. 検査・処置への恐怖


採血、血圧計、MRIの音など、医療機器や処置が「痛い」「怖い」という記憶として残っていると、次回からの拒否につながりやすい。記憶障害があっても感情の記憶は比較的残るため、「病院=嫌な場所」という感情だけが強化されることがある。


4. 「自分は病気ではない」という認識


認知症の中核症状である病識の低下により、「自分に問題はない」と信じていることがある。この場合、「受診すべき理由」をいくら説明しても理解されにくく、正論で押しても逆効果になりやすい。


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lightbulb 拒否を和らげる具体的な工夫


声かけのタイミングと言葉を変える


「病院に行く日だよ」と直接伝えると身構えやすい。「ちょっとそこまで付き合って」「先生に挨拶するだけ」など、ハードルを低く感じさせる言葉に変えるだけで反応が変わることがある。また、朝のごはんの後や、本人が機嫌のよい時間帯を選ぶことも重要だ。


「目的」をすり替える


受診そのものを目的にせず、「帰りにあの和菓子屋に寄ろう」「近所のカフェでコーヒー飲もう」と別の楽しみをセットにする。受診の記憶が薄れても、楽しみの記憶は残りやすく、次回の拒否感を和らげる効果がある。


同行者を変えてみる


子どもや配偶者への抵抗が強い場合、孫やきょうだい、顔なじみの友人に同行を頼むと素直に従えることがある。「あの人には逆らいたくない」という関係性が意外な突破口になる。


病院側に事前に連絡しておく


受付に「本人が不安を感じやすいので優先的に案内してほしい」と伝えておくだけで、待ち時間が短縮されたり、個室や落ち着ける場所に誘導してもらえたりすることがある。多くの医療機関が認知症対応の配慮を行っている。


持参物で安心感を作る


ひざ掛け、本人のお気に入りの飲み物、小さなお菓子などを持って行くと、慣れない場所での不安が和らぎやすい。「自分のものがある」という感覚が、その場所への安心感につながる。


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stethoscope 訪問診療という選択肢

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訪問診療とは何か


訪問診療は、医師が定期的に自宅を訪れて診察を行う医療サービスだ。通院が困難な高齢者や疾患を抱える人を対象としており、認知症の人も利用できる。単発の往診とは異なり、月に1〜2回程度の定期的な訪問が基本となる。


費用の目安


訪問診療は健康保険の適用対象で、自己負担は通常1〜3割(年齢や所得により異なる)。75歳以上・後期高齢者医療の場合、月2回の訪問で自己負担が月数千円程度となるケースが多い。具体的な金額はかかりつけ医または地域包括支援センターに確認すること。


始め方:かかりつけ医への依頼


まず現在のかかりつけ医に「通院が難しくなってきた。訪問診療に切り替えられますか」と相談するのが最初のステップだ。かかりつけ医が訪問診療を行っていない場合は、「訪問診療を行っている医療機関を紹介してほしい」と依頼できる。地域包括支援センターや市区町村の窓口でも、訪問診療を行う医療機関の情報を提供している。


訪問診療でできること


診察、処方箋の発行、血液検査(採血した検体を持ち帰って検査)、一部の処置まで対応できる医師も多い。「病院に行かないと処方薬がもらえない」という心配は、訪問診療に切り替えることで解消される。


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alert よくある失敗パターン


「強引に連れて行こうとして関係が壊れた」


腕を引いたり、「絶対に行かなければいけない」と声を荒げたりすると、本人が激しく抵抗したり、その後の介護全般を拒否するようになったりすることがある。一度壊れた信頼関係の修復には時間がかかる。力での解決は長期的に逆効果だ。


「毎回同じ説明を繰り返して疲弊した」


「この前も言ったでしょう」という伝え方は通じない。認知症の人は直前の説明を忘れているため、毎回初めて聞く話として受け取る。同じ説明を繰り返すこと自体は避けられないが、相手の反応に苛立って感情的になると、本人も不安定になり拒否が強まる。


「通院できないまま症状が悪化した」


「嫌がるから仕方ない」と先送りにしているうちに、薬が切れて症状が悪化したり、新たな身体疾患が見つかるのが遅れたりすることがある。認知症の人は痛みや体調不良をうまく言葉にできないことが多く、定期的な受診・診察は予防的な意味でも重要だ。


「家族だけで解決しようとして限界になった」


受診拒否の問題を家族だけで抱え込むと、介護者が先に燃え尽きる。地域包括支援センター、ケアマネジャー、かかりつけ医への相談を後回しにせず、早い段階でチームに入ってもらうことが、長期間の介護継続につながる。


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家族が知っておきたいチェックリスト

  • 受診を嫌がる具体的な理由(移動・待ち時間・処置・病識)を一つひとつ書き出した
  • 病院の受付に、本人が不安を感じやすいことを事前に伝えた
  • 受診の目的を直接伝えず、別の楽しみとセットにした声かけを試みた
  • かかりつけ医または地域包括支援センターに訪問診療の相談をした
  • 一人で抱え込まず、ケアマネジャーや相談員に現状を伝えた

  • 受診拒否は、認知症の人が「自分を守ろうとしているサイン」でもある。無理に連れて行くことより、なぜ嫌なのかを丁寧に探ることが、長く続く介護関係の土台になる。訪問診療という選択肢も含めて、「家から出なくても医療を受け続けられる」仕組みを早めに知っておくことが、家族の選択肢を広げてくれる。

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