通院・受診を嫌がる人の受診の工夫
受診拒否の理由別対応と、訪問診療という選択肢。
「薬を飲んでくれない」「どう管理すればいい?」という医療的な疑問を認知症を専門とする医師に相談できます。初回500円。
相談する「もう病院なんか行かへん」と、春子は玄関先で腕を組んだ。
義母の北野春子(78歳)は、昨年秋から物忘れが目立ち始め、かかりつけ医から認知症の疑いを指摘されていた。しかし診察の予約を入れるたびに「体はどこも悪くない」「あそこの待合室は冷える」「バスに乗ると疲れる」と、さまざまな理由を挙げて玄関から一歩も出ようとしなかった。
同居する息子の妻である北野光恵(46歳)は、義母の介護を一手に担っていた。夫は単身赴任中で、平日に義母に対応できるのは自分しかいない。「今日こそ」と気合いを入れて朝から声をかけても、玄関前で1時間粘った末に断念する日が何度も続いた。
埒が明かないと地域包括支援センターに相談してみたところ、担当の相談員が「嫌がる理由に対応してみましょう」と言い、光恵は初めて義母の「わがまま」に向き合ってみた。思い返せば春子のさまざまな訴えはすべて病院に行きたくないが故の言い訳に過ぎないと考え、訴えそのものにしっかり対応したことはなかった。待合室が寒い→ひざ掛けを持参する。バスが疲れる→タクシーで行く。検査が怖い→「寝転んでいるだけで終わるよ」と事前に説明する。すると義母の抵抗が少し和らぎ、ある朝「そこまで言うなら行ったるわ」と靴を履いてくれた。
それでも毎月の通院は体力的にきつく、冬場はとくに「外に出たくない」と言う日が増えた。相談員のすすめで訪問診療に切り替えると、義母の表情が変わった。「先生がうちに来てくれるの、なんか気楽やわ」。自宅のリビングで行われる診察は、待ち時間もなく、義母がいちばんくつろげる場所で完結した。光恵は「最初からこの選択肢を知っていれば」と思いながらも、あの試行錯誤の時間も義母を理解するきっかけだったわねと独り言ちた。
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受診を嫌がる理由の分類
認知症の人が受診を拒否するとき、その背景には複数の要因が重なっていることが多いです。大きく分けると次の4つに整理できます。
1. 身体的な負担
バスや電車への乗降、待合室での長時間の着席は、認知症の人にとって予想以上に消耗します。移動中に方向感覚が乱れたり、体温調節がうまくいかなかったりして、「病院に行くと疲れる」という印象が強く残りやすいです。
2. 待ち時間と環境の不快感
見知らぬ人が多い待合室、机と椅子の配置、呼ばれるまでの見通しのなさ、これらがすべて不安の源になりえます。「いつ名前を呼ばれるかわからない」状態は、認知症の人に強いストレスをかけます。
3. 検査・処置への恐怖
採血、血圧計、MRIの音など、医療機器や処置が「痛い」「怖い」という記憶として残っていると、次回からの拒否につながりやすいです。記憶障害があっても感情の記憶は比較的残るため、「病院=嫌な場所」という感情だけが強化されてしまうことがあります。
4. 「自分は病気ではない」という認識
病識の低下により、「自分に問題はない」と信じていることがあります。この場合、「受診すべき理由」をいくら説明しても理解されにくく、正論で押しても逆効果になりやすいです。
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拒否を和らげる具体的な工夫
声かけのタイミングと言葉を変える
「病院に行く日だよ」と直接伝えると身構えやすいです。「脳梗塞や脳出血がないか画像で調べることが年を取ると大切だってテレビでニュースを見たよ」とか「同年代の方と比べて脳が元気か調べることができるんだって」など、ハードルを低く感じさせる言葉に変えるだけで反応が変わることがあります。また1日の中で本人が機嫌のよい時間帯を選ぶことも作戦のひとつです。
「(第2の)目的」を作る
受診だけを目的にせず、「帰りにあの和菓子屋に寄ろう」「近所のカフェでコーヒー飲もう」と別の楽しみをセットにします。受診をすると孫に会えるからそれが楽しみという方もいらっしゃいます。受診の記憶が薄れても、楽しい等の感情に関する記憶は残りやすく、病院受診=嫌なことという図式が成立しないような工夫をしてみましょう。
同行者を変えてみる
子どもや配偶者への抵抗が強い場合、孫やきょうだい、顔なじみの友人に同行を頼むと素直に従えることがあります。「あの人には逆らいたくない」という関係性が意外な突破口になることもあります。
病院側に事前に連絡しておく
受付に「本人が不安を感じやすいので優先的に案内してほしい」と伝えておくだけで、予約時間を工夫したり、待ち時間が短縮されたり、個室や落ち着ける場所に誘導してもらえたりすることがあります。多くの医療機関が認知症対応の配慮を行っています。
持参物で安心感を作る
ひざ掛け、本人のお気に入りの飲み物、小さなお菓子などを持って行くと、慣れない場所での不安が和らぎやすいです。「自分のものがある」という感覚が、その場所への安心感につながります。
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訪問診療という選択肢
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訪問診療とは何か
訪問診療は、医師が定期的に自宅を訪れて診察を行う医療サービスです。通院が困難な高齢者や疾患を抱える人を対象としており、認知症の人も利用できます。単発の往診とは異なり、月に1〜2回程度の定期的な訪問が基本となります。
費用の目安
訪問診療は健康保険の適用対象で、自己負担は通常1〜3割(年齢や所得により異なる)です。75歳以上・後期高齢者医療の場合、月2回の訪問で自己負担が月数千円程度となるケースが多いです。具体的な金額はかかりつけ医または地域包括支援センターに確認してみましょう。
始め方:かかりつけ医への依頼
まず現在のかかりつけ医に「通院が難しくなってきた。訪問診療に切り替えられますか」と相談するのが最初のステップです。かかりつけ医が訪問診療を行っていない場合は、「訪問診療を行っている医療機関を紹介してほしい」と依頼ができます。また地域包括支援センターや市区町村の窓口でも、訪問診療を行う医療機関の情報を提供しています。
訪問診療でできること
診察、処方箋の発行、血液検査(採血した検体を持ち帰って検査)、一部の処置まで対応できる医師も多いです。「病院に行かないと処方薬がもらえない」という心配は、訪問診療に切り替えることで解消されます。
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よくある失敗パターン
「強引に連れて行こうとして関係が壊れた」
腕を引いたり、「絶対に行かなければいけない」と声を荒げたりすると、本人が激しく抵抗したり、その後の介護全般を拒否するようになったりと信頼関係に悪影響を及ぼします。一度壊れた関係性の修復には時間がかかるので、力での解決は長期的に逆効果です(そもそもそれ以前に毎回そんなことしているとお互いの精神衛生に悪いことは明白です)。
「毎回同じ説明を繰り返して疲弊した」
「この前も言ったでしょう」という伝え方は通じません。認知症の人は直前の説明を忘れているため、毎回初めて聞く話として受け取ります。同じ説明を繰り返すこと自体は避けられませんが、相手の反応に苛立って感情的になると、本人も不安定になり拒否が強まります。
「通院できないまま症状が悪化した」
「嫌がるから仕方ない」と先送りにしているうちに、薬が合わなくなって症状が悪化したり、新たな身体疾患が見つかるのが遅れたりすることがあります。認知症の人は痛みや体調不良をうまく言葉にできないことが多く、定期的な受診・診察は予防的な意味でも重要です。
「家族だけで解決しようとして限界になった」
受診拒否の問題を家族だけで抱え込むと、介護者が先に燃え尽きます。地域包括支援センター、ケアマネジャー、かかりつけ医への相談を後回しにせず、早い段階でチームに入ってもらうことが、長期間の介護継続につながります。
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家族が知っておきたいチェックリスト
受診拒否は、認知症の人が「自分を守ろうとしているサイン」でもあります。無理に連れて行くことより、なぜ嫌なのかを丁寧に探ることが、長く続く介護関係の土台になります。また、訪問診療という選択肢も含めて、「家から出なくても医療を受け続けられる」仕組みを早めに知っておくことが、家族の選択肢を広げてくれることもあります。
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