ケアガイド医師査読済 · 2026年8月公開 2026年8月29日

介護者のバーンアウトとBPSDの悪循環——疲弊が症状を悪化させるメカニズム

介護者の疲弊がBPSDを悪化させ、悪化した症状がさらに介護者を疲弊させる悪循環。そのメカニズムと断ち方を解説します。

Yuya Kobayashi, MD, PhD

医療監修

Yuya Kobayashi, MD, PhD

認知症専門外来・在宅診療医


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埼玉県に住む三宅由美子(52歳)は、夫の父・三宅正一(84歳、アルツハイマー型認知症、要介護3)と同居しながら在宅介護を続けていた。パート勤務と介護を掛け持ちする毎日で、正一の「トイレに何度も付き添う夜」が続き、由美子はここ数ヵ月まともに眠れていなかった。


ある晩、正一が「財布がない、お前が盗ったんだろう」と繰り返し由美子を責め立てた。いつもなら「盗ってないよ、一緒に探そうね」と受け流せていたはずなのに、その夜の由美子は違った。「いい加減にして!」と声を荒げてしまい、正一はさらに興奮し、大声で怒鳴りながら杖を振り上げる仕草まで見せた。由美子は自室にこもり、しばらく涙が止まらなかった。


翌朝、由美子は自分の変化に気づいた。以前なら数分で収まっていた正一の物盗られ妄想が、ここ2週間ほど毎晩のように起き、しかも興奮の程度が強くなっている気がした。「もしかして、私がイライラしているのが伝わっているのでは」という考えが頭をよぎった。


思い切って地域包括支援センターに電話をかけると、担当のケアマネジャーから「介護者の方の疲れが本人の不安を強めることは珍しくありません。まずは由美子さん自身の状態を教えてください」と聞かれた。話しているうちに、自分がここ数ヵ月ほとんど休めていないこと、誰にも弱音を吐けずにいたことに、あらためて気づかされた。


ケアマネジャーの提案で、週2回のデイサービス利用に加えて、月1回のショートステイを試すことになった。最初は「他人に父を預けるなんて」という抵抗があったが、実際にショートステイの日に自分のための時間を作ってみると、数時間でも「介護から完全に離れる時間」があることの効果を実感した。あわせて、正一の言動を否定せず「そうなんだね、心配だね」と気持ちを受け止める声かけを意識するようにした。


それまでの由美子は、正一の妄想がひどくなるたびに「認知症が進行しているのだろう」と受け止め、自分にできることはもうないのだと諦めかけていた。しかしケアマネジャーと話す中で、正一の興奮の強さと自分の睡眠時間・イライラの度合いがほぼ連動していることに気づいた。夫にも状況を共有し、休日は夫が正一の対応を引き受ける時間を作ってもらうようにした。誰かに頼ることへの抵抗感は簡単には消えなかったが、「一人で全部やらなくてもいい」と思えたことが、少しずつ由美子の気持ちを軽くしていった。


3ヵ月後、正一の夜間の興奮は明らかに減り、由美子自身も「以前より短気にならずに済んでいる」と感じるようになった。以前は正一の些細な一言にも身構えていたが、心に余裕が生まれたことで、同じ訴えを聞いても「またか」と受け流せる場面が増えた。「父の症状が悪化しているとばかり思っていたけれど、実は私自身の余裕のなさが影響していたのかもしれない」と由美子は振り返る。


介護者の疲弊がBPSDを悪化させる悪循環のメカニズム


介護者のストレスが本人に伝わりやすい → 認知症の人は言語的な説明を理解する力が低下していても、表情・声のトーン・体の緊張といった非言語的なサインを敏感に感じ取ることがあると言われています。介護者が疲弊し余裕を失うと、その緊張感が本人の不安を強め、結果としてBPSDが誘発されやすくなる可能性があります。


睡眠不足が対応の質を下げる → 介護者の睡眠不足は、些細な言動への苛立ちや、いつもなら流せる訴えへの過剰な反応につながりやすくなります。対応の変化そのものが、本人にとっては「いつもと違う」不穏なサインとして受け取られ、症状の悪化を招く一因になりうると考えられています。


疲労が「いつもの対応」を難しくする → 疲れきっているときは、普段なら自然にできていた「共感してから話す」「否定せず受け止める」といった対応を維持する余力そのものが失われがちです。結果として、とっさに強い口調になってしまったり、説得や訂正で押し切ろうとしてしまったりしやすくなり、それが本人の混乱や興奮をさらに強めてしまうことがあります。


悪循環が固定化していく → BPSDが悪化すると介護の負担がさらに増し、介護者はますます疲弊します。疲弊がさらに対応の余裕を奪い、それがまたBPSDを悪化させる——このループが続くと、介護者・本人双方にとって出口が見えにくくなっていきます。しかも、渦中にいる介護者ほど「自分が疲れているせいかもしれない」とは気づきにくく、「本人の病状が進んでいる」とだけ捉えてしまいがちです。早い段階でこの循環の存在を知り、外部の力を借りて断ち切ることが重要とされています。


実践ポイント——悪循環を断つための具体策


「疲れている自分」を責めずに認める → 介護者が疲弊するのは能力や愛情の問題ではなく、構造的に負荷が積み重なった結果です。まず自分の状態を客観的に認めることが対処の第一歩になります。


レスパイトケア(デイサービス・ショートステイ)を早めに検討する → 「まだ大丈夫」と思っているうちから短時間でも介護から離れる時間を確保しておくことで、疲弊が深刻化する前に予防できる可能性があります。


感情を言葉にして誰かに話す → 家族会・地域包括支援センター・ケアマネジャーなど、安心して弱音を吐ける相手を持つことが、孤立による疲弊の蓄積を防ぐ助けになります。


睡眠時間を最優先で確保する工夫をする → 夜間対応を家族内で交代する、訪問介護やショートステイで夜間だけでも休む選択肢を検討するなど、睡眠不足を放置しない工夫が大切です。


BPSDの記録をつけて「症状」と「自分の状態」を切り離して見る → 症状が出た時間帯・状況とあわせて、自分自身の睡眠時間や疲労度も簡単に記録しておくと、「疲れている週ほど症状が強く出ている」といった悪循環のパターンに気づきやすくなります。数値化しなくても、手帳やスマートフォンのメモに一言残すだけで十分です。


完璧な対応を目指さない → 毎回冷静に受け止められなくても、それは介護者の失敗ではありません。「できないときがあって当然」という前提を持つことが、自責感による消耗を減らします。うまく対応できなかった日を責めるより、「今日はどこが疲れの原因だったか」を振り返るほうが次につながります。


地域の[相談窓口](/consultations/new)を「症状が悪化してから」ではなく早めに使う → 地域包括支援センターやケアマネジャーへの相談は、危機的な状況になってから使うものと思われがちですが、疲弊の初期段階でこそ効果的な場合が多いとされています。「まだ相談するほどではない」と感じる段階での相談こそ、悪循環を早期に断ち切る鍵になります。


介護者自身の休息を「後回しにしない予定」として組み込む → 「時間が余ったら休む」という考え方では、忙しい介護生活の中で休息は永遠に後回しになりがちです。デイサービスの日や家族が交代する日をあらかじめ予定に組み込み、休息そのものを介護計画の一部として扱うことが有効とされています。


よくある失敗・NG対応


一人で抱え込んでしまう → 「家族の問題だから自分たちで解決すべき」という思い込みが、介護者を孤立させ、疲弊を深める要因になりやすいです。


「もっと頑張らなければ」と完璧を目指してしまう → 高い基準を自分に課すほど、うまくいかなかったときの自責感が強まり、悪循環から抜け出しにくくなります。


サービス利用を「本人がかわいそう」と先延ばしにする → デイサービスやショートステイの利用を後回しにするうちに介護者の疲弊が限界に達し、結果として共倒れに近い状態に陥ることがあります。


自分の不調のサイン(不眠・食欲低下・涙もろさなど)を見過ごす → 介護者自身の心身の変化は、悪循環が進行しているサインであることが少なくありません。早めに気づくことが重要です。


本人の言動の変化を「症状の進行」とだけ捉えてしまう → 症状の変化の背景に介護環境や介護者の状態が影響している可能性を考えず、対応を諦めてしまうことがあります。


介護者バーンアウトとBPSDの悪循環チェックリスト

  • ここ数週間、自分の睡眠時間や食欲に変化がないか振り返ったか
  • デイサービスやショートステイなど、介護から離れる時間を確保する手段を検討したか
  • 弱音を話せる相手(家族会・ケアマネジャー等)を持てているか
  • 本人のBPSDの変化と、自分自身の疲労度を両方記録してみたか
  • 「完璧に対応できなくて当然」と自分に言い聞かせられているか
  • 地域包括支援センターなど、早めに相談できる窓口を把握しているか

  • 由美子は「症状だけを見ていたら悪化の理由が分からなかった。自分の疲れにも目を向けてよかった」と話す。介護者の余裕を取り戻すことは、本人のためでもあり、自分自身を守るためでもある。


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    [1]: 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」——BPSDの発症・悪化に関わる環境要因について

    [2]: 厚生労働省「認知症施策推進大綱」——家族介護者の負担軽減とレスパイトケアの位置づけについて

    [3]: NICE, "Dementia: assessment, management and support" (NG97, 2018) — 介護者のストレスと本人の行動・心理症状との関連について

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    本記事は認知症専門外来・在宅診療医 Yuya Kobayashi, MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年8月

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    公開日:

    参考文献

    1. [1]日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン2017 (2017)
    2. [2]厚生労働省認知症施策推進大綱 (2019)
    3. [3]NICEDementia: assessment, management and support (NG97) (2018)

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