ケアガイド医師査読済 · 2026年8月公開 2026年8月29日

BPSDが悪化する環境要因10選——見落としがちな引き金と整え方

暴言や不眠などのBPSDは、性格の変化ではなく環境からの刺激が引き金になっていることがあります。見落としがちな10の要因と整え方を解説します。

Yuya Kobayashi, MD, PhD

医療監修

Yuya Kobayashi, MD, PhD

認知症専門外来・在宅診療医


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島根県の山あいの町で暮らす石田久美子(56歳)は、母を看取った翌年から、父の正一さん(83歳、アルツハイマー型認知症、要介護2)とふたり暮らしを続けていた。診断から2年ほどは穏やかだった正一さんだが、ある時期から午後になると決まって落ち着きをなくし、「誰か来る」「うるさい」と言っては物を投げるようになった。


久美子は最初、「認知症が進んで性格が変わってしまったのだ」と思い込んでいた。介護記録アプリに感情の起伏を書き留めても、原因らしきものは見つからない。デイサービスの職員に相談しても「よくあることですよ」と言われるだけで、具体的な手がかりは得られなかった。次第に久美子自身も、父が荒れる時間帯が近づくと身構えるようになり、家の中から穏やかな時間がだんだんと失われていった。


転機は、地域包括支援センターの勧めで作業療法士の訪問を受けたことだった。作業療法士は正一さんの一日の行動を時間帯ごとに一緒に振り返り、「荒れる時間帯」と「家の中で起きていること」を照らし合わせるよう提案した。すると意外な共通点が見えてきた。荒れるのは決まって、デイサービスの送迎バスが家の前に停まり、エンジン音と運転手の声が響く時間帯だったのだ。さらに、その時間は西日が居間に強く差し込み、テレビの音量も無意識に大きくしていたこともわかった。


久美子は送迎の時間だけ居間のカーテンを閉め、テレビを消して静かな音楽に切り替えるようにした。あわせて、送迎バスが来る5分前には「もうすぐお迎えが来ますよ」と声をかけ、心の準備をしてもらうようにした。数週間後、荒れる頻度は目に見えて減っていった。「父の性格が変わったのではなく、私が父の感じている世界に気づけていなかっただけだった」と久美子は振り返る。


主治医からは「BPSDは本人の中で完結している症状ではなく、環境との相互作用で強まったり弱まったりするものです。原因探しは薬を減らす近道にもなりますよ」と説明を受けた。以来、久美子は「荒れたときにまず疑うのは環境」を合言葉に、部屋の中を見渡す習慣を続けている。荒れる回数がゼロになったわけではないが、「原因が分からず途方に暮れる」時間は明らかに減ったという。


なぜ「環境」がBPSDの引き金になるのか


感覚処理の変化により刺激への耐性が下がっている可能性があります → 認知症では音・光・温度などの感覚情報を脳が整理する働きが変化し、健康な人にとっては何気ない刺激でも、強い不快感や恐怖として受け取られやすくなることが指摘されています。


見当識障害があると、周囲の変化そのものが混乱の材料になりやすいです → 「ここはどこか」「何が起きているか」を把握する力が弱まっているところに、物の配置や動線の変化が加わると、状況を理解できないまま不安や焦燥感が強まることがあります。


ストレス脆弱性という考え方があります → 本人が処理できる刺激の総量には限りがあり、その許容量を超えたときにBPSDという形で表出しやすくなる、という捉え方です。刺激そのものをなくすのではなく、総量を許容範囲内に抑える工夫が助けになる場合があります。


この3つはいずれも「本人の性格や意思の問題」ではなく、脳の機能変化と外部刺激との組み合わせで起きている可能性を示しています。家族が「なぜこんなことをするのか」と本人の内面ばかりを探るより先に、「今、周りで何が起きているか」を確認する視点が役立つことがあります。


見落としがちな環境要因10選


1. 生活音・話し声の重なり → テレビ、掃除機、来客の会話などが同時に重なると、聞き分けようとする負担そのものがストレスになることがあります。一つずつ音源を減らすだけでも変化が見られることがあります。


2. 照明の明暗差 → 部屋の一部だけが明るく他が薄暗いと、影が人や物に見え間違われることがあります。部屋全体を均一な明るさに保つことが助けになる場合があります。


3. 室温・湿度の不快感 → 暑すぎる・寒すぎる環境は、言葉で訴えられないまま苛立ちとして現れることがあります。エアコンの設定を定期的に見直すことが有効な場合があります。


4. 家具配置や生活動線の急な変更 → 模様替えや家具の買い替えは、慣れた空間の記憶を頼りに移動している本人にとって、大きな混乱の原因になることがあります。トイレや寝室までの通路に物を置くだけでも、迷いや転倒不安からくる焦燥感につながることがあります。


5. 人の出入りの多さ → 訪問介護・訪問看護・来客が同じ日に重なると、対応する人数の多さ自体が疲労と緊張を招くことがあります。予定を分散させる調整が助けになる場合があります。


6. 慣れない場所への急激な移動 → 入院やショートステイ先など、見慣れない環境への移動は、その場での混乱や興奮のきっかけになりやすいとされています。使い慣れた物を持参するなどの工夫が挙げられます。


7. 身体的な不快感の見落とし → 便秘、脱水、痛み、尿意などの身体的な不調は、言葉で説明できないままBPSDのような形で表れることがあります。特に発熱や急激な体調変化を伴う場合は、せん妄が隠れている可能性もあるため、行動の変化に気づいたらまず体調面を確認することが勧められています。


8. 生活リズムの乱れ → 食事・入浴・就寝の時間が日によってばらつくと、体内時計の乱れを通じて夜間の不眠や日中の落ち着きのなさにつながることがあります。


9. 複数の刺激が同時に重なること → テレビをつけながら話しかける、複数人が同時に声をかけるなど、刺激が重なる場面は特に混乱を招きやすいとされています。食事や着替えなど本人が集中してほしい場面では、テレビやラジオを消して静かな環境を作ることが助けになります。


10. 持ち物や部屋の配置の変更 → 財布や眼鏡などの置き場所を家族の判断で変えてしまうと、探し物ができない焦りが妄想的な訴えにつながることがあります。定位置を決めて動かさないことが基本になります。


よくある失敗・NG対応


症状だけを見て「性格が変わった」「進行した」と決めつけてしまう → 環境要因を確認する前に本人の内面の問題と結論づけると、改善の糸口を見逃しやすくなります。


環境を疑わずにすぐ受診・薬物療法だけを検討する → 環境調整を試す前に薬に頼ると、根本的な引き金が残ったままになる場合があります。


一度に部屋の模様替えや大きな環境変化を行ってしまう → 良かれと思って環境を大きく変えることが、かえって新たな混乱の原因になることがあります。


荒れている本人に対して「なぜ落ち着かないの」と説明・説得を試みる → 原因が環境にある場合、説得よりも先に刺激そのものを取り除くことが優先されます。


一度の観察で「原因はこれだ」と決めつけてしまう → 一日単位の記録では偶然の一致のこともあるため、数日〜数週間かけて傾向を確認することが望まれます。


家族だけで抱え込み、専門職への相談を後回しにしてしまう → 環境調整は家庭内でできる工夫が多い一方、原因の見立てそのものが難しい場合もあります。作業療法士やケアマネジャー、地域包括支援センターなど、生活環境を一緒に見てくれる専門職の力を借りることも選択肢のひとつです。


環境要因チェックリスト

  • 症状が出やすい時間帯と、そのとき家の中で起きていること(音・光・人の出入り)を記録してみる
  • 部屋の照明・室温・音量を見直し、極端な差がないか確認する
  • 便秘・脱水・痛みなど身体的な不調がないか、行動の変化があったときにまず確認する
  • 家具や持ち物の配置を急に変えていないか振り返る
  • 訪問・来客の予定が同じ日に集中していないか確認する
  • 改善が見られない場合や急激な悪化がある場合は、自己判断せず主治医や地域包括支援センターに相談する

  • 「父の困った行動」ではなく「父を取り巻く環境」に目を向けるようになってから、久美子は自分を責める時間が減ったという。「原因が見えると、次に何をすればいいかが分かる。それだけで気持ちがずいぶん楽になりました」。


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    [1]: 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」— BPSDの評価と非薬物的対応の位置づけについて

    [2]: NICE. "Dementia: assessment, management and support" (NG97, 2018) — 環境調整を含む非薬物的介入の推奨について

    [3]: International Psychogeriatric Association. "The IPA Complete Guides to Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia (BPSD)" — 環境要因とBPSDの関連について

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    本記事は認知症専門外来・在宅診療医 Yuya Kobayashi, MD, PhD による監修・査読を経て公開しています。 査読日: 2026年8月

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    参考文献

    1. [1]日本神経学会認知症疾患診療ガイドライン2017 (2017)
    2. [2]NICEDementia: assessment, management and support (NG97) (2018)
    3. [3]International Psychogeriatric AssociationThe IPA Complete Guides to Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia (BPSD) (2015)

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