認知症の幻視はなぜ“本当に見える”のか——レビー小体型認知症と脳のメカニズム
レビー小体型認知症の幻視は、本人には紛れもない現実として見えています。なぜ脳がそう見せるのか仕組みを知ることで、否定せず安心につなげる対応のヒントが見えてきます。
医療監修
Koba MD, PhD
認知症専門外来・在宅訪問診療に従事
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長野県松本市に住む宮田陽子さん(56歳、パート勤務)は、実父の宮田一さん(81歳、レビー小体型認知症、要介護2)と二人で暮らしている。診断から半年ほど経ったある晩、居間でテレビを見ていた一さんが、ふいに縁側を指差して「あそこに小さい子が座っとる」と言い出した。陽子さんが目をやっても、そこには座布団が置いてあるだけだった。
「お父さん、誰もいないよ」。そう言うと、一さんは苛立った様子で「お前には見えんのか、ちゃんとおるだろう」と声を荒げた。それ以来、夕方になると決まって「タンスの陰に知らない男の人が立っている」「廊下を猫くらいの大きさの動物が歩いていく」と訴えるようになった。
陽子さんは最初、「認知症が進んで、頭の中で変なことを考えるようになったのだろう」と思い込んでいた。何度説明しても伝わらないもどかしさに、つい語気が強くなることもあった。「ちゃんと見て、誰もいないでしょう」と一さんの手を引いてタンスの陰を確かめさせようとしたこともあったが、一さんはますます興奮し、「馬鹿にするな」と怒鳴って部屋にこもってしまった。夜中に何度も同じ訴えを繰り返す父に付き合ううち、陽子さん自身もほとんど眠れない日が続いた。
疲れ果てた陽子さんは、担当のケアマネジャーに相談した。「お父様には本当にそう見えている可能性がありますよ」という言葉に半信半疑のまま、勧められてかかりつけの神経内科を受診したところ、医師からこんな説明を受けた。「レビー小体型認知症では、目から入った情報を脳が処理する仕組みそのものに変化が起きていて、本人には本当にそこに人や動物が“見えて”いる可能性があります。嘘をついているわけでも、認知症が急に悪化したわけでもありません」。
その言葉を聞いて、陽子さんは自分がこれまでしてきた対応——否定し、説得し、確かめさせようとしたこと——が、かえって父を追い詰めていたのだと気づいた。医師の助言を受け、「そう見えるんだね、驚いたね」と気持ちを受け止める声かけに変え、夕方になる前に照明を早めにつけ、縁側にかけていた柄物のカーテンを無地の厚手のものに替えた。タンスの前に置いていた姿見も別室に移した。
数週間後、一さんが幻視を訴える回数は目に見えて減り、訴えたときも「いるね、でも大丈夫だよ、一緒にいるから」と応じると、以前ほど興奮せずに落ち着いて過ごせる時間が増えていった。「父は嘘をついていたわけでも、頭がおかしくなったわけでもなかった。そのことを知っているだけで、私の受け止め方はまったく違うものになった」と陽子さんは話す。
それでも陽子さんの中には、まだ引っかかることがあった。「見えている」と言われても、実際どういう仕組みでそう見えるのか、感覚としてはやはり理解しづらかったのだ。次の診察の際、思い切って「本当に脳の中で何が起きているのか、もう少し詳しく知りたい」と医師に尋ねてみた。医師は図を描きながら、視覚情報が目から脳に伝わり、意味のある像として認識されるまでの流れと、その途中の働きがレビー小体型認知症でどう変化しやすいかを説明してくれた。「治す・治さないという話の前に、まず“なぜそう見えるのか”を知っておくと、日々の対応がずっと楽になりますよ」という言葉が、陽子さんの中で一番印象に残ったという。
なぜ「本当に見える」のか——脳で起きていること
視覚情報を処理する脳の働きが変化する → レビー小体型認知症では、後頭葉を中心とした視覚関連の脳領域や、注意・覚醒に関わる神経伝達物質(アセチルコリン)の働きが低下しやすいことが報告されています[1]。目から入った情報そのものは正常に近くても、それを脳内で「何であるか」と意味づけする段階に変化が生じやすく、この変化が、実際にはないはずのものを鮮明な像として認識してしまう一因になっていると考えられています。
あいまいな視覚情報を脳が「補って」しまう → 影・模様・洗濯物のシルエットなど、もともと形がはっきりしない視覚情報を、脳が経験や記憶に基づいて「人」や「動物」として補完的に解釈してしまうことがあります。健康な人の脳でも、暗闇の中で木の枝を人影と見間違えるような補完は起きますが、レビー小体型認知症ではこの働きが強く出やすく、しかも像が長く・鮮明に留まりやすいとされています。本人にとっては、脳が実際に組み立てた像を見ているため、単なる見間違いという自覚を持ちにくい場合があります。
覚醒レベルの変動やレム睡眠との関連 → レビー小体型認知症では、睡眠と覚醒の切り替えが不安定になりやすく、うとうとした状態と覚醒した状態が入り混じることがあります。この状態の変動が、夢の内容に近い映像が覚醒時にも入り込みやすくなる一因ではないかとも考えられています。実際、レビー小体型認知症ではレム睡眠行動障害(睡眠中に大きな声や動きが出る症状)を伴うことが多く、睡眠にまつわる神経の働き全体が変化しやすい疾患であることが指摘されています[2]。
視力や眼の疾患も関係しうる → 白内障や加齢黄斑変性などで視力が低下していると、あいまいな視覚情報が増え、幻視が起きやすくなる場合があります。「認知症の症状だから」と決めつけず、眼科的な要因が重なっていないかを確認することも大切です。
家族ができる実践ポイント
否定も説得もせず、まず気持ちを受け止める → 「いないでしょう」と正そうとするより、「そう見えるんだね、驚いたね」と本人の体験そのものを認める声かけを優先します。
本人に「確かめさせる」ことを避ける → 手を引いて陰を覗かせたり、触らせて確認させたりする行為は、本人にとっては「疑われている」「試されている」という不信感につながることがあります。ただし実際にご本人が「触ろうとしても触れない」ことを確認することで幻視であることを確かめることが有効に働く場合もあります。
部屋の明るさと陰影を整える → 夕方から夜にかけて早めに照明をつけ、部屋の隅に強い陰影ができないようにするだけでも、誤認のきっかけを減らせる場合があります。
誤認の原因になりやすい物を見直す → 柄物のカーテンやじゅうたん、姿見、複雑な模様の壁紙などは幻視の引き金になりやすいため(パレイドリア)、可能な範囲でシンプルなものに替えます。
幻視の内容・時間帯・状況を記録する → いつ、どんな場面で、何が見えたと訴えたかを記録しておくと、受診時に医師が状態を把握する手がかりになります。
新しい薬剤や体調変化との関連に注意する → 薬の変更後や発熱・脱水などの体調変化のあとに幻視が増えた場合は、自己判断で対応せず主治医に相談してください。
視力や眼の状態も一度確認しておく → 白内障などが幻視を助長している場合、眼科的な治療で症状が軽くなることもあります。認知症の症状と決めつける前に、眼科受診も選択肢に入れてみてください。
よくある失敗・NG対応
「そんなのいない」と強く否定・論破しようとする → 本人には間違いなく現実の体験であるため、否定されるほど混乱や孤立感が強まることがあります。
本人を試すように確認・検証させようとする → 「じゃあ触ってみて」「近くまで行ってみて」といった対応は、本人を追い詰めてしまう可能性があります(ただし上述の通り時と場合によっては有効に働く場合もあります)。
家族自身が一緒になって過度に驚く・怖がる → 家族の反応が本人の不安をさらに増幅させ、幻視への恐怖感を強めることがあります。
自己判断で薬を増減・中止する → レビー小体型認知症では薬剤への感受性が高い方が多く、独断での対応は思わぬ副作用につながる可能性があるため、必ず医師の指示に従ってください。
一度うまくいかなかっただけで関わり方を諦めてしまう → 環境調整や声かけの工夫は、効果が出るまでに数週間かかることも珍しくありません。
レビー小体型認知症の幻視への対応チェックリスト
「父は嘘をついていたわけではなく、脳がそう見せていただけだった。そう知ったことで、怒りではなく寄り添う気持ちで父と向き合えるようになった」と陽子さんは振り返る。
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[1]: McKeith IG, et al. "Diagnosis and management of dementia with Lewy bodies: Fourth consensus report of the DLB Consortium" (Neurology, 2017) — レビー小体型認知症における視覚処理の変化と幻視について
[2]: 日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」より
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