「パレイドリア」とは何か——認知症の“見間違い”と幻視の違い
柄や影が顔や人に見える「パレイドリア」は、認知症の方によく見られる現象です。幻視とはどう違うのか、なぜ起こりやすいのかを知ることで、対応のヒントが見えてきます。
医療監修
Koba MD, PhD
認知症専門外来・在宅訪問診療に従事
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熊本県内の住宅街に暮らす前田智子さん(59歳、会社員)は、母の前田文枝さん(84歳、アルツハイマー型認知症、要介護1)と同居している。ある日の夕方、文枝さんが洗面所の壁にかけたタオルを見つめて「誰か立っとる」と怖がるように言った。智子さんが見ると、そこにあるのは折りたたんで掛けただけの無地のタオルだった。
最初は「気のせいだよ」と笑って済ませていた智子さんだったが、同じようなことが数日おきに起こるようになった。乾いた洗濯物のシワ、床に落ちた影、木目模様の戸棚——文枝さんはそのたびに「人がおる」「顔がある」と訴えた。智子さんが「本当だ、そう見えるね」と受け止めるようにしてから、文枝さんの不安はいくらか和らいだが、智子さんの中には別の疑問が残った。「これは母がよく話していた“幻視”と同じものなのか、それとも違うものなのか」。
次の受診の際にその疑問を医師にぶつけると、こんな説明を受けた。「今お話しされているのは、輪郭やシワ、影といった“実際にそこにある何か”を、脳が顔や人の形に読み違えている状態です。これは『パレイドリア』と呼ばれるもので、何もないところに見える幻視とは少し仕組みが異なります。ただ、ご本人にとっての驚きや不安の大きさは変わりませんし、対応の基本も同じです」。
その説明を聞いて智子さんは、母が見ているものには必ず「きっかけになった実物」があるのだと知った。以来、タオルの畳み方や照明の当たり方など、身の回りの「見え方」を意識するようになったという。「同じ現象でも、名前と仕組みを知っているだけで、次にどこを見直せばいいかが分かるようになりました」と智子さんは話す。
パレイドリアとは何か——幻視との違い
パレイドリアは「実在するあいまいな模様」を脳が読み違える現象です → タオルのシワ、床や壁の木目、洗濯物のシルエットなど、もともと形がはっきりしないものを、脳が経験や記憶をもとに「顔」「人」「動物」として補って認識してしまう現象です。健康な人でも、天井のしみが人の顔に見えたり、月の模様がウサギやカニやワニのように見えたりすることがあり、パレイドリア自体は誰の脳にも起こりうる働きです。
幻視との最大の違いは「きっかけになる実物があるかどうか」です → 幻視は、実際には何もない空間に人や動物の像が見える現象を指すことが多いのに対し、パレイドリアは必ず何らかの実在する視覚的な手がかり(シワ・影・模様など)が引き金になっています。レビー小体型認知症などで見られる幻視の仕組み[1]と重なる部分も多く、実際には両方が入り混じって起きている場合も少なくないと考えられています。
認知症で目立ちやすくなる理由は、あいまいな情報を「補う」働きが強まりやすいためです → 視覚情報を処理し意味づけする脳の働きが変化すると、はっきりしない視覚情報ほど、経験に基づく「補完」に頼りやすくなるとされています[1]。この補完がいつもより強く、鮮明に働くことで、健康な人なら気づかずに済むような模様や影も、はっきりとした像として認識されやすくなります。
「ただの見間違い」ではなく、本人にとっては現実の体験です → 引き金が実物であるぶん、パレイドリアは「錯覚」「見間違い」という言葉で軽く扱われがちですが、本人が感じる驚きや恐怖の大きさは、何もないところに見える幻視と変わりません。
家族ができる実践ポイント
否定せず、まず気持ちを受け止める → 「タオルだよ」と説明する前に、「驚いたね」「そう見えたんだね」と本人の体験を認める声かけを優先します。
きっかけになった「実物」を探して取り除く → パレイドリアは実在する模様や影が引き金になっているため、何が見えたかを本人に聞き、そのきっかけになった物(タオルの畳み方、カーテンの柄、床の木目に見える敷物など)を特定して、シンプルなものに替えたり配置を変えたりすることで、再発を減らせる場合があります。
照明を見直し、影ができにくくする → 夕方から夜にかけて影が濃くなる時間帯は、パレイドリアが起こりやすいタイミングのひとつです。部屋全体を均一に明るく保つだけでも、あいまいな視覚情報そのものを減らせる場合があります。
見えたもの・きっかけ・時間帯を記録する → 何を見て、それが何によって引き起こされたと考えられるかを記録しておくと、環境調整の手がかりになるほか、受診時に医師へ伝える情報としても役立ちます。
繰り返す場合や急に増えた場合は自己判断せず相談する → 環境調整で改善しない場合や、パレイドリアと呼べる範囲を超えて何もないところにも見えるようになった場合、体調の急変を伴う場合は、主治医に相談することが勧められます。
よくある失敗・NG対応
「ただの見間違いだから気にしなくていい」と取り合わない → 引き金が実物であっても、本人が感じている驚きや不安は本物です。軽く扱うと、不安を訴えても受け止めてもらえないという孤立感につながることがあります。
「ほら、タオルでしょう」と近づけて確認させようとする → 本人にとっては人や顔として見えているものを無理に確かめさせる行為は、疑われている・試されていると感じさせ、混乱や不信感を強める可能性があります。
見えたものすべてを「パレイドリアだから大丈夫」と決めつけてしまう → 視力低下や体調の急変、せん妄など、別の要因が隠れている場合もあるため、頻度や状況が変化したときは医療的な確認を後回しにしないことが大切です。
パレイドリアへの対応チェックリスト
「名前と仕組みを知っているだけで、次にどこを見直せばいいかが分かるようになった」と智子さんは振り返る。母が見ているものを否定するのではなく、そのきっかけを一緒に探す姿勢が、家庭内の落ち着きにつながっている。
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[1]: McKeith IG, et al. "Diagnosis and management of dementia with Lewy bodies: Fourth consensus report of the DLB Consortium" (Neurology, 2017) — 視覚処理の変化と視覚性の誤認・幻視について
[2]: NICE. "Dementia: assessment, management and support" (NG97, 2018) — 認知症における視覚性の症状への対応について
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